20. ハッピーエンド
アルマ視点
翌朝ミラモンテス家に帰ると、愛しいドローレスはまだベッドの中だった。
愛らしい寝顔を見た途端愛情が爆発し、僕は思わず彼女の寝台に潜り込んだ。
三人は優に寝れる広い寝台の中をもぞもぞと進んで、ドローレスに手を伸ばす。
「…………」
触れた先が滑らな素肌だったので一気に血の気が引く。
彼女は全裸であった。僕がいないのをいいことに裸族生活を満喫している。
もし入ってきた男が僕でなかったらとどうするつもりだったのだ。警戒が無さすぎるのではないか。
まあ、ここはドローレスの自室なのだが。
「ん? ……アルマ?」
「おはよ。ロラちゃん」
「早いのね、おかえりなさい」
「……ただいま」
何かこの会話、夫婦っぽくない?!
ひえーと幸せの余韻に浸っていると、ゆっくりとドローレスが僕の方に寄ってくる。……全裸で。
「ロ、ロラちゃん?」
「ちょっと頼みがあるんだけどいいかしら?」
「な、なに?」
僅かに腰がひけた僕にドローレスは眉を寄せた。望んでいた返答ではなかったらしい。
「前々から思っていたけど、貴女ちっとも侍女の自覚ないわよね。主人に求められたら内容はさておき承諾を示すものなのではなくて?」
「それは、さすがに横暴」
「黙りなさい」
ピシャリと言われて身がすくむ。
悪役令嬢さながらの高圧的な態度に知らず震えた。こういう時のロラちゃんもまた可愛い。
ドローレスは疲労を含んだため息をついた。
「昨日は色々あって疲れたの」
「そうなんですね」
「だから、ちょっと私を癒しなさい」
「……へ、……え?」
反応に遅れた。命令と共にドローレスの腕が僕に伸びきゅっと体を寄せた。寝起きの暖かな体温と柔らかな肢体に僕の体は膠着する。
密着したままドローレスは安心するような息を吐く。
「……ロロロロラちゃん?」
「ごめんなさいね。ちょっと利用させてね」
「?」
「疲れた時は甘いものとか可愛いものとかがあると癒されるでしょ? 手近に可愛い貴女がいたから」
「…………」
うふふ、と無邪気に彼女は笑う。僕の気持ちを知っているくせにとんだ悪女である。いや、すみません、女神です。大好きです。
ドローレスの長い艶やかな睫毛がゆったりと閉じる。蝶のような優雅な動きに目が離せない。その奥に潜むのはどんな宝石よりも美しい紫水晶だ。淡く甘く熱を込めて、僕を瞳の虹彩の中に閉じ込めた。
桜色な頬も、柔らかな唇も至近距離にあり、僕の顔は自然に彼女の方に寄る。
「あの、キスしてもいい?」
体の奥から膨れ上がる熱を我慢できない。
胸の音が煩いくらいに高まり、思わず出た言葉は無様に掠れていた。覆いかぶさるように体勢を変えた僕に、ドローレスは「バカね」と優雅に笑う。
つまり拒否されたのだ。
「こんなの生殺しだよー。ちょっと触らせてよー」
「あら、ギュってしてるじゃない」
「僕から触りたいのー」
「どうぞ。今なら許すわ」
「……じゃあ服着て。裸は刺激が強すぎるから」
「わがままねえ」
そう言って体を離し、僕と距離を置いて自分の枕の位置に戻った。
つまり着替える気がないので寝直そうと言うことだ。僕の希望を叶えるつもりはないらしい。
僕に背を向け寝の体勢に入るドローレスに声をかける。
「あのさ、ロラちゃん」
「何かしら」
「大好きなんで、結婚してください」
「…………」
「うーん」と、顔をあちらに向けたままドローレスは小さく息を吐く。何かを数秒考えた後、再度僕の方を振り返った。
子猫のような無邪気さを湛えた瞳が愛らしい。
「考えたのだけれど、私もアルマが好きだわ」
「……え?」
「なんだかんだ腹が立つことも多いけれど、いつも貴女のことを考えてるもの。それってつまり、そういうことよね?」
「え、え……」
「好きだから貴女から目が離せないし、腹が立つほど心が揺れる。私と貴女じゃ好きの意味合いは違うかもしれないけれど、こう言う形があってもいいのではなくて?」
「…………」
急展開に気持ちがついて行かない。
つまり、僕たちは。いつのまにか、僕たちは。
「両思いってこと?」
「ゴールは違うでしょうが、途中までは一緒よね。それでも良ければ」
「…………ッ!」
ドローレスのあっさりとした言葉に頭の中で祝福の鐘が鳴り響いた。
二人の門出を祝うファンファーレが始まる。白い鳩が隊列をなして僕たちの周囲を飛び回り、市井の人からは色鮮やかな花びらを振りまかれた。
脳内で。
お父さん、お母さん、僕は今日から女として生きます!
突然のことに困惑されるでしょうが、これが僕たちの幸せの形です!
是非とも結婚式にはご参列ください。
いろいろ大変なこともあるけれど、僕は今日も元気です!
オルゴール調のメロディと共にエンディングロールが流れる。
黒い背景に白地のArialフォントが浮かび上がった。
出演
悪役令嬢:ドローレス・ミラモンテス
侍女:アルマンド・リ・シルヴェニスタ
スペシャルゲスト
ドローレスの両親、祖父母
アルマンドの両親、親戚一同
何のために出て来た?:ルーベン・リ・シルヴェニスタ
もう出てくるな:ドローレスを囲む男ども
みなさま、長らくお付き合いいただきありがとうございます。
僕とドローレスの愛の物語は以上です。またお会いする機会がございましたら何卒よろしくお願いします。
〜完〜
……。
…………。
………………。
って、んなわけあるか。
あまりの急展開に現実逃避してしまった。
って言うかゴール違ったらダメじゃん。やっぱ生殺しじゃん。鬼か。
随分な時間をかけて不満を示した僕にドローレスはゆったりと微笑む。
「あら? 流されないわね」
「流されたよ! 流されかけたよ! 危なかった!」
「ってことはこれまだ続くのね。ちょっと飽きてきたわ」
「酷い!」
悪役令嬢は悪役らしく優美で艶やかな笑みを浮かべた。




