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悪役令嬢は侍女にぎゃふんと言わせたい  作者: こたちょ
一章 令嬢と侍女編
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19. 大嵐の夜

アルマ視点

 誕生祭が無事に幕を閉じ、その晩王宮に大嵐が巻き起こった。

 みな口々に第一王子の婚約者の噂をし、既に祝福ムードに包まれている。

 それもその筈。

 兄自ら婚約者を王宮に連れて来たことがなかったからだ。昔から女っ気のない兄は勉学に勤しみ、国政を考え、仕事一筋の人間であった。

 後継を憂う親族の声により、何人もの女性があてがわれ兄は特に抵抗もなく受け入れて来たが、兄の気持ちのなさに女性達の心が折れていく。

 義務を果たせばあとはどうでもいいと言う態度に、婚約者ばかりではなくその生家も気持ちが冷えていった。

 仕事は出来るのに、女性に対する配慮がない。

 兄に対する愛情も冷え切り、ついには相手方からお断りの書簡が届く。これがいつものパターンであった。


 仕事ばかりで無表情の権化が、今日は珍しく表情筋が緩やかだ。

 決して自分から女性に触れることのない手が親しげに彼女に触れる。その一連の態度にみな目が離せず、心からの祝福を祈った。

 ……僕を除いて。


「殿下、生きてください」

「息をしてください」

「涙を拭いて」

「……泣いてない」


 とても動く気になれず、僕は自分のベッドに伏せっていた。

 なぜ、どうしてこんなことになった。ロラちゃんはずっと僕と一緒にいたはずだ。なぜ今になって急に兄の横槍が入る。


「しかし、殿下。考えようによっては美味しい展開なのでは?」

「どう言う意味だ」

「だって、どう考えても殿下との未来は見えなかったわけですし。逆に考えればルーベン殿下のおかげで将来的にも一緒にいられると約束されたようなものですよ」

「?」

「まあ、義姉の立場にはなりますが」

「…………」


 瞬間、滝のような涙がダーッと流れ、従者達は「あ、苛めすぎた」と慌て始めた。アワアワ言いながらロラちゃんの写真を取り出して僕に渡す。

 これを見て元気を出せと言うのか。……確かに元気出た。可愛い。大好き。

 単純な思考回路な自分に自分で驚く。


「いや、殿下。冷静に考えてみてくださいよ」

「? 何をだよ」

「あのドローレス嬢がいきなり婚約なんてなりますか? これは本人にちゃんと聞いた方がいいのでは?」

「…………」

「殿下推しのドローレス嬢の両親を押しのけて、誰か手引きしたとでも? 不自然ですよね」

「…………」

「それにルーベン殿下とドローレス嬢の噂ですが、俺たちにしてみれば戯言もいいとこです」

「だよな。二人がいい雰囲気とか言うけど、うちの殿下とドローレス嬢との方はずっとずっと甘々だよな」

「あっちはビジネスって感じ? こっちはイチャラブな百合だし。勝利は我らの手にありますよ!」

「それ、本当に励ましてるつもりなのか?」


 実際に励ましているのだろう。従者たちは言葉も手法も軽いが一応僕を思ってくれている。

 ドローレスに対する僕の気持ちを純粋に応援してくれている。

 すくっと立ち上がると、従者の一人が「殿下?」と様子を伺った。

 大丈夫、結構落ち込んだからもう十分だ。自棄になんかなっていない。僕はベッドから抜け出て目的の場所に向かった。




「兄上、おられますか?」


 長兄の部屋に行きノックをすると、彼はすぐに扉を開けた。就寝前だったようでゆるくローブを羽織り、間から逞しい胸筋が覗き見えた。


「アルマンドか、どうした」

「夜分失礼します。どうしてもお伺いしたいことがございまして」

「ああ」


 ふと兄の唇が緩む。何かを思い出すような仕草に僕の心は捻れる。


「ロラの件だな。アルマンドでもう十人目だぞ」

「そうです」

「昼間話した通りだ。彼女はまだ幼い。いずれは王妃となる立場だが力不足の面もあるのでみなに手助けをしてもらいたい。以上だ」

「……なぜ、彼女なのですか。兄上と接点ありましたか?」

「それも話した。元学友だと」


 のらりくらりと話す兄にどんどん焦れていく。「もういいだろう」、と無表情に視線を流され、思わず僕は閉じそうになる扉に手をかけた。


「ロラちゃんは男が嫌いです。どうやって話を進めたのですか」

「……なに?」

「だいたいロラちゃんは僕のものです。兄上とはいえ譲れません」

「…………」


 僕を見てルーベンは瞳を細めた。数秒の間を置いて中に入るよう促される。

 部屋に入り扉が閉まるや否や僕の感情は爆発した。


「ロラちゃんはずっと僕と一緒にいました。結婚の申し入れも何度もしました。彼女と出会ってもう一年余り、ロラちゃんを見てきたので確実に言えます。その間兄上の影はなかった。名前も出てこなかった。考えるそぶりすらなかった。それなのに急にこんな展開はおかしいです」

「…………」


 兄は黙ってソファーに座り腕を組む。


「僕も彼女をあの場に連れてきたかったけど、了承を得られてなかったから。お互い心が通いあったらみんなに報告しようと思ってたから。ロラちゃんの気持ちを第一にしたかったから」

「わかった。もういい」


 ルーベンは片手をあげて僕を制した。

 軽く拳を口に当て、考えるように空中に目を向ける。


「アルマンドはロラと面識があったのか。どうりで昼間あんなに睨むような顔をしてこちらを見ていたわけだ」

「な、睨んでなどいません」

「しかし熱量が他のものと違ったぞ。アルマンドはロラが本当に好きなんだな」

「…………」


 黙ると、兄は小さくため息をつく。


「そうとは知らず悪かった。だが、安心しろ。昼間の一件は虚言だ。アルマンドだけに言うが、婚約者というのは嘘だ」

「……は?」

「結婚云々と周囲からの圧力が煩わしかったのだ。丁度一時ロラがいたので体良く利用させてもらっただけだ。嘘だとロラも知っている」

「……へ?」

「だから気にやむな。アルマンドが言う通りロラは俺を忘れていた。寧ろ今この瞬間も忘れているだろう」

「…………」

「おい、可哀想な目で俺を見るな。言っておくが俺だって別にロラをなんだとか思ってない。すぐ俺を忘れる奴にどう想いを寄せろと言うんだ」

「…………」

「わかったらもう行け。泣きそうな顔をするな。落ち込まなくてもいい。子供はさっさと寝ろ」

「失礼します」


 爆弾を抱えて突撃したはずが、あっさり消火されて僕はすごすごと部屋を出た。

 兄の言葉は一言一句明快な答え合わせであった。モヤモヤが一気に吹き飛び心が一瞬空っぽになる。

 自分は一体何に怒っていたのだ、何に不安を抱えていたのだ、と。


 それにしても今日の自分の呼び名は妙に擽ったい。

 いつも「アルマ、アルマ」とかの人から呼ばれていたので何だか慣れない。

 いつの日か「アルマンド」と呼んでくれる日があればいいなぁ、と密かに胸に願った。

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