18. 王族の間
ルーベンと簡単に打ち合わせをして王族の間に入る。
私たちの到着が最後だったようで、各々ソファーに腰をかけ寛いでいた。長方形の部屋に沿ってコの字型にソファーが並んでいる。ソファーの前にはゆとりを持ってテーブルが設置され、上には色とりどりの甘味が並んでいた。アルマが見たら喜びそうである。
「随分遅かったな。何をしていた」
「申し訳ございません、御父上」
「そちらの女性は? 見ない顔だが」
「彼女の紹介は後ほど。では始めましょう」
ルーベンに誘われて、着席する。高貴な方々の中で私の存在が異質だ。品定めするかのような視線が痛い。
王族とその親族とで三十名程か。
突然この場に参会することになったので何の準備もしていない。母のようにエステに通ったり、父のように体を絞ってもいない。
とはいえ、あまり気にせずサクッと視線を無視をした。
言ってしまえばルーベンの采配ミスだ。私は悪くない。
始まったのは近況の報告会である。家族間で交わされる親しげな話題に耳を覚ましていると、ルーベンの手が後ろに回った。
私に触れるではない、ただソファーに腕をもたれ掛けただけだ。彼は顔を近づけ、小さく囁く。
「初見の者もいるだろうから簡単に紹介しよう。上座を見てみろ」
「?」
「上座に座っているのが俺の父上と母上。現国王とその妃だな」
「うふふ、バカにしすぎでは?」
嫌味をルーベンはしれっと流した。
「そして俺たちの隣にいるのが第二王子のリカルド」
「まあ、綺麗な女性たちに囲まれていらっしゃるのね。華やかですわ」
「リカルドは無類の女好きだ。君は近寄らないように。……もっとこっちに寄れ」
「へー」
「その奥が第三王子のアルマンド。幼い頃から甘やかされて育ったから非常に我儘だ。彼にも近寄らないように」
「はー」
「おい、男に対して態度があからさますぎるぞ。きちんと覚えたんだろうな」
「いざとなりましたら、ノリで乗り切りますのでご心配なく」
私もしれっと答えた。そもそも天上の方々がわざわざ一貴族に話しかけたりしないだろう。黙って適当な存在感を放って大人しく座っていれば良いだけだ。
早く終われ。
と、思っていたがバレたのか、対面の女性が私に笑いかける。ルーベンは母方の妹だと耳に囁く。
「そろそろ紹介頂いても良いのではなくて? みんなそちらの方がどなたなのか気になっているわ」
「彼女は俺の元学友です。ロラ、君からも紹介を」
ルーベンに促されて立ち上がる。
さっきと話が違うではないか。婚約者になれとか抜かしたから身構えていたが普通に事実の間柄だったので一気に肩の力が抜けた。
「ミラモンテス家長女のドローレスと申します。本日はこの場に招かれましたこと、光栄至極に存じます」
ドレスの裾を僅かに持ち上げ一礼する。チクチクと針のような視線を感じたが受け流す。もう少し場にふさわしいドレスを来てくれば良かった。ドレスは鎧だ。
今来ているドレスはちょっと窮屈なのでテンションが下がる。
「不躾で悪いけれどルーベン殿下とはどういったご関係かしら。随分親しいようだけれど」
「殿下のおっしゃる通り、ダブルスクール時代の後輩にあたります」
「まあ。お嬢さんは何を殿下と学ばれたのかしら。編み物のデザインかしら」
ふふふ、と女性は優雅に微笑む。
その言葉に含まれた意味にルーベンは眉を寄せたが、私は気づかなかった。王族ならではの些細な駆け引きに、「いいえ」と首を振る。
「ダブルスクール生は年齢関係なく受け入れてくれたので、同じゼミに在籍させて頂きました。専攻は経済産業だったかと記憶しております。ご存知の通り、我が国は地下資源が豊かですがそれを発掘する技術が不足しておりますでしょう。それ故他国に発掘権を売買し、国益を得ておりますがそれは未来のない施策でございます。地下資源があるうちが華で、いずれ枯渇するのが目に見えております。未来を担う子供たちが大きくなった際、国が国として機能しない事態も十分考えられますゆえ、新しい事業を国策として掲げられないかと、そんなことを話しておりました。出た案と言うのは」
ルーベンが「んんっ」と、咳払いをした。露骨に話を中断される。
「何でございましょう、まだ途中ですのに」
「空気を読め。その続きは後で二人でゆっくり」
「…………」
促されて座ると、みんな微妙な顔をしている。
思い当たって「あ、失敗したわ」とルーベンを見やる。彼も無表情で頷き、私の肩に手を置く。
こんな子供じみた話題を話す場ではなかった。さっきまでは大人しく座っていようと思っていたのについつい口が滑らかになってしまったのだ。
悔しくもルーベンの言う通りなので、黙って口をつぐんだ。
自分の行いに恥じて顔に手を当てると、庇うようにルーベンが私の耳を掌で覆う。これから飛ばされるであろう罵詈雑言から守ってくれるのだと知れた。
自分のしでかしたことだし叱責は当然だ。甘んじて受けると伝えたが、ルーベンは僅かに口角を上げただけで手を離してはくれない。
「私の婚約者がすまない。まだ気持ちが幼いのだ」
「あら、やっぱり」
「どうりで」
「入って来た瞬間、お似合いだと思ったのよ」
口々に何か言い合っているが、私の耳には届かない。
ルーベンの一言が神がかり的な一撃を食らわし、王族達の怒りを沈めたのだと思った。
ルーベンといると自分が酷く幼く感じるから嫌だ。高みを目指したいのに更に上からやんわりと宥められると歯がゆい気持ちになる。
ままならない気持ちが渦を巻き胸を抑えていると、ふと遠くから私を睨む金色の瞳と目があった。
なんだか誰かに似ている気がする。
なんて思いながらその憎悪に溢れた瞳から視線を外した。




