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悪役令嬢は侍女にぎゃふんと言わせたい  作者: こたちょ
一章 令嬢と侍女編
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17. 王子様との取引

 男の名前は、ルーベン・リ・シルヴェニスタ。

 我がシルヴェニスタ王国の第一王子で、私より何個か年上だ。

 数年前に他国に留学に行って、先日帰国した。


 彼に関する情報は以上。


「お前は、考えていることが雑だな」


 無表情で腕を組み、ルーベンは壁に凭れかかる。呆れたような色を瞳に滲ませ、けれど纏う雰囲気は柔らかい。

 まさか、思考を読まれた? うふふ、そんなまさかね。


 そういえば彼は非常に美形らしく、王国中の女性に絶大な指示を集めている。抱かれたい男性ナンバー何とかだったとか、何だったとか。

 追記も以上だ。


「まあいい。俺としてもロラくらいの距離感である方が楽だ」

「恐れ入ります、ルーベン殿下」

「二人の時は殿下はいらないと。……何度目だ、これを言うのは」

「うふふ、四年ぶりでございますものね」

「何度会っても初めましての顔をするな。手紙も送っていたのだから久しいわけでもないのだぞ」


 小さくため息をついたルーベンは「ついてこい」と人差し指で示す。


「別にロラを叱るために呼んだのではない」

「お呼びになった? 私は従姉さまに所用で馳せ参じたのですわ」

「俺が呼んでも来ないだろう。従姉殿に理由をつけるよう言付けしたのだ」

「成る程。……あら? 何だかバカにされている気が」

「実際バカだろう。男が関わると全て忘却の彼方に流してしまうのだから」


 うぎぎ。

 悔しいが見事に言い当てられて、前を歩く逞しい背中を睨む。

「睨んでいてもわかるぞ」と投げられ、吃驚した。背中に目でも付いているのか、この男。


 応接室に通され、「座れ」と促される。謝辞を述べて着席すると、テーブルに一枚の紙が置かれた。


「何でございましょう?」

「先週お前と話していただろう。俺の留学先に興味があるようだったから手配しておいた」

「…………」

「それなりに苦労したのだぞ。有り難く受け取れ」

「え」


 書面を見ていて、頭がどっと働く。記憶の隅に追いやっていたルーベンとの記憶が湯水の如く溢れて来た。

 先週、ルーベンの名前を思い出してから、話は留学先タリタンでの出来事に移行したのだ。

 貿易で栄えたタリタンは経済が非常に栄え、貧富の差があまりない。実際はあるのだが社会保障が充実しているため富の分配が絶妙なバランスで行われているのだ。

 我が国にはない制度に興味が募り、移住を願った。新しい拠点としてそこに住居を構えてもいいと目論んだのだ。……無論口には出さなかったはずだが。


 ルーベンが差し出した書面はタリタンの永住証明書であった。しっかりと私の名前が記載されている。たかだか留学生のルーベンの他国の国籍を取得するなんて、確かに容易ではないはず。

 どんな手段を使ったのだ。


 と言うか、ルーベンは私のことを知りすぎていないか。

 男嫌いも、忘却癖も、誰にも言っていない望みも。全て飲み込んだ上で嫌味なく先回りして私に接してくる。

 恐々と目をあげると、無表情の瞳がこちらを伺うように揺れる。


「どうだ。望みは叶いそうか」

「有難きお膳立て感謝いたします」

「それは良かった」

「しかし、これは流石に無償で受け取るわけには参りませんわ。然るべき金銭を用意いたしますので」


 ルーベンの眉がよる。


「いらん。見返りが欲しかったわけではない」

「それでは私の気持ちが収まりませんもの」


 借りは作りたくないと、言い募る私にルーベンは煩わしそうに視線を送る。そこへ彼の従者が入ってきた。

「ルーベン殿下、国王様がお待ちでいらっしゃいます」、と。

 了承を示したルーベンは、椅子から立ち上がる。いや、立ち上がりかけて奇妙な間をおいて私の方を見やる。

 数秒目を合わせながら考え込んだので、私も黙って彼からの反応を待った。少ししてルーベンの瞳に僅かな光が灯る。


「そうだな。やはり礼を寄越せ」

「何なりと、殿下。言い値で構いませんわ」

「金は要らない。一時ばかり、君の時間を寄越せ」

「かしこまりました」


 即座に返答した私に、ルーベンは無表情を崩さない。口元にゆるく組んだ拳を当て「うむ」と頷く。


「これから父上たちとの会合があるのだ。そこに俺と共に出席して欲しい」

「何故に。あ、給仕係が不足してらっしゃるのかしら?」

「俺の婚約者としてだ。最近前の彼女と破局してから周りが煩くて敵わん」


 さらっと言われた言葉に反応が遅れた。

 しかしそれも想定していたようでルーベンは表情を崩さずため息をついた。


「誤解するな。婚約者のふりをしろと言っているのだ」

「…………」

「ロラも嫌だろうが、俺だって君となんてご免だ。亭主の顔も覚えられない女を娶りたいわけがない」

「……な」

「バカは嫌いだ。しかし君の家系については外聞もいいから今の一瞬だけ利用させろ」


 何なのこの男、ムカつく!

 人のことをバカバカと一体何様のつもりだ。あ、王子様か。

 恩人だとしても口の悪さに腹が立つ。


「ルーベン殿下、お早く」

「すぐに行く」


 従者に声をかけると、ルーベンは私に手を伸ばした。

「触れるぞ」、と前置きしてから私の腰に手をかける。グイッと大きな手に引き寄せられてバランスを崩しかけた。


「いきなり何でしょう(ムカつく)」

「簡単に打ち合わせだ。よそよそしいと嘘だとバレる」

「触らないでくださる? (ムカつく)」

「ならロラは何処がいい。肩か?背中か?」

「そうではなく、もう少し距離を(ムカつく)」

「ハハ、感情がだだ漏れだぞ。本番では上手く隠せ」


 伸びてくる手を振り払って応戦していると、ルーベンが僅かに目尻を緩めた。何だか楽しそうである。


「そういえば、今王宮に沢山のご令嬢がいらっしゃってますわ。お連れいたしますので、殿下の好みを教えて下さいません?」

「確かにそうだった。好みか。……ロラ以外なら大差は無い。誰でも良いから連れてこい」


 ……本気で腹立つな、こいつ。

 私一人がバカだと言っているようなものだ。


 しかし扉を出るより早く、業を煮やした従者が声をかける。探しに行っている暇はなさそうだ。

「腹を括れ、婚約者殿」、とルーベンに面白そうに言われて、思わず手が出た。

 しかしあっさりとその手は絡め取られ、躓いた私は彼の胸の中に突っ込んだ。

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