【番外編】エイプリルフール
脈絡なくエイプリルフール。時系列は(あってないようなものですが)無視です。
起床一番、アルマが私を見て固まった。
あら? 寝起きで見るには刺激が強すぎたかしら?
変なところがないかくるりと自分の体を見回すが至って普通だ。
……いや、そうでもないな。
普通だと思ってたけどバストに押し上げられて丈が短くなっている。アルマは綺麗に着こなしているのにどうして私が着るとこうなるのだ。
もしかして、私って、デ……。
煩いな。明日からダイエットしてシュッとしてやるんだから黙って見てなさい。
自分で自分に突っ込む。足りない丈を両手で伸ばしながら私はアルマの寝る寝台に一礼した。
「おはようございます。アルマ様」
「……へ、な、なに?」
「朝ですよ。洗面をお持ちしましたのでご利用ください」
「え、え、え」
狼狽えるアルマを見て内心ガッツポーズを決める。朝一のジャブは効果絶大だ。
挙動不審になりながら彼女はベッドから降りて洗面を済ませる。私からタオルを受け取り、軽く顔の水気を拭いて返してくれた。
なんか妙に手馴れてる。使用人のくせにまるで元からアルマの方が主人のようだ。やや眉を寄せて見ていたが、すぐにニッコリと笑みを作る。
いけないいけない。今の私は使用人よ!
「えーと、ロラちゃん?」
「何でしょう」
「それなに? 何で僕の服着てるの?」
「だってエイプリルフールですもの」
「……は?」
「今日くらいは主従関係を逆転させてみても面白いかと思って。アルマが私の主人で、私が使用人って設定ね。きっとみんな驚くわよ〜」
うふふ、と笑うとアルマは何故かひゅっと喉を鳴らした。顔を真っ赤に染め上げ両手で隠してしまう。なにかしら?
「ちょ、ちょっとその発想はわからないけど。とりあえず侍女姿のロラちゃん可愛いからもっとよく見せてください。どうか後生ですからお願いします」
「あら、もっと主人らしくしないとダメよ」
アルマが音を立てて息を飲んだ。咳払いをして間を開けると、ゆっくりと私に目を向ける。相変わらず顔は赤い。
「そのまま回ってみせろ、ドローレス」
「かしこまりました」
くるりと軸足で円を描く。一周回ってアルマの方を向き直ると一瞬のうちに彼女がいなくなっていた。どこ行った、あいつ。
キョロキョロと辺りを見回し思わぬところにアルマの姿があった。
今まで立っていたくせに急に床に伏せったので視界から消えたのだ。転んでしまったのか床に蹲ったまま悶絶している。
「アルマ様? 如何なされたのです。ご気分が優れないのでしょうか」
「違う。……でも待って、今は触らないで。汚れる」
「え?」
アルマの肩を抱き、顔色を伺うと抑えた指の隙間から出血している。転んだ拍子に顔を打ったのだろうか? つくづくドジである。
タオルで顔を抑えながら、アルマは私から視線を外した。
「今の、僕以外の前ではするなよ」
「何のことです?」
「っていうかそんな短いスカート履くな。触りたくなるだろ」
「アルマ様ならばいくら触っても良いんですよ」
瞬間彼女の顔が真っ赤になって弾けた。「ヒイィ」と悲鳴をあげながらタオルが赤くなっていくので私も「ヒイィ」となった。
何で?! なんか今日のアルマ怖くない?! 何でこんなスプラッターな光景になるの? 何かの病気かしら?!
それはさておき、さっきからアルマの言動に違和感が半端ない。
主人らしくしろとは言ったが何故男言葉なのか。フリルがふんだんに使われたネグリジェを着ながら、口から吐かれる言葉は随分と高圧的だ。
アルマの中で「主人」のイメージはこういうのなのだろう。私をイメージするのかと思ったけどそうではないらしい。
服装と合っていないから違和感があるのだと、私は男物の着替えを準備した。
「アルマ様、どうぞお支度なさいませ。失礼します」
「…………ッ」
ボタンを一つ一つかけていき、布一枚の向こう側でアルマの心臓が跳ねる。呼吸を我慢しているのか苦しそうに唇を震わせていた。
滞りなく男物の衣服に着替えさせて、満足して彼女の姿を見る。どこか変なところはないかしら?
瞬間、アルマの姿がぼやけた。
さっきまでアルマがいた場所に一人のジャガイモが立っていた。
あら、おかしいわ。あの可愛らしい天使はどこに行ったのかしら。また床に倒れてしまったのかしら?
キョロキョロと再度探すが床にも倒れていないし、部屋のどこにもいない。
熱の下がる瞳を前に、ジャガイモが「ヒィィ」と醜い悲鳴をあげた。シュバババババッと音を立ててジャガイモが服を脱いで、アルマの着ていたネグリジェを被る。
まあ不思議。ジャガイモがアルマになったわ。手品かしら?
うふふ、と笑うとアルマがげっそりと微笑みを返してくれた。
「ロラちゃん、もういい。これ結構疲れる」
「あらダメよ。エイプリルフールもそうだけど、この機会に侍女の振る舞いを覚えてもらわなくっちゃ」
「……それが目的だったのか」
「今日は私がお手本になるから見てなさい。朝から晩までの侍女の仕事を」
「…………」
ため息をつくアルマの姿を、扉の影で密かに見ている者がいた。
「ドローレス嬢、かなりやっベー女だな」
「殿下の気苦労が計り知れないッ……!」
などと、失礼極まりない暴言を吐かれているなんて、当然私は知らない。




