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悪役令嬢は侍女にぎゃふんと言わせたい  作者: こたちょ
一章 令嬢と侍女編
14/86

14. ラッキース◯◯

 アルマのしっとりとした唇が私に触れ互いに目を見開く。

 しっかりと二人の口が合わさり、何故、と無言になること数秒。先に反応を示したのはアルマの方だった。

 顔を真っ赤に染め上げ、ガバリと私の上から飛び起きる。


「ちちちちちちが、今のは、わわわわざとじゃ」

「わかってるわ。落ち着きなさい」


 たった今までキスを強請っていた人の台詞とは思えない。

 実際事故だ。別に口が触れるのと、手が触れるのに大差はない。アルマとならば尚更。女の子同士なのだから遊びのようなものよね。さっきは勢いに飲まれて怖くて拒否したけど。


「したかったけど、こんな形でしたかったわけじゃ」

「事故よね。わかってる。それより重いわ、どいて」

「ご、ごめ……」


 上に乗るアルマを見上げ、視界の隅で何かが揺れた。


 え


 声に出すより早く、本棚の上に乗っていた空箱が落ちてくる。反応を示す間も無く、箱はアルマの頭を直撃し、


「…………」

「…………」


 間が悪すぎる。

 お互い話していたから口が開いていた。先よりも深く唇が合わさり、重力に負けて僅かに舌が触れる。ピリリと電気のようなものが走り、今度こそアルマは顔から火を吹き出した。

 辛い料理でも食べたかのように耳も首も全てを赤く染め、「……んぅ」と目を白黒させている。

 もうわかったから、早くどけ。いちいち反応が過剰すぎてうざい。くっつく彼女の顔を押し上げ、隙間から抜け出る。


「……あう、ロラちゃ……」

「何よ」

「………〜〜〜〜ッ!」


 言葉にならない叫び声をあげてアルマは部屋から飛び出して行った。若干泣いていた気がする。

 というかあの顔で飛び出して大丈夫だったか? また私がいじめたとか何だとか言われたらたまったものじゃない。風評被害も甚だしい。




 そわそわそわそわ。


 隣を歩くアルマを睨みつける。少し仮眠をとったアルマと共に今は登校している最中である。

 そわそわとそわつくアルマは周りに大輪の花を咲かせている。


「何なのよ、今度は。鬱陶しいわね」

「…………」

「ちょっと、聞いてるの?」

「…………」


 聞いちゃいない。

 アルマはただいま思考の海に潜行真っ只中で、主人の言葉一つ受け取ってはくれない。本気で侍女としての自覚がない。

 おもむろに自分の唇を指でなぞり「ふふ」と頬を染めて笑うのだから気味が悪い。考えていることも筒抜けだし。どこまでも真っ直ぐな彼女に呆れる。

 ため息をつくと、やっとアルマが私を見た。そしてまた顔を赤くする。うざい。でもちょっと可愛い。


「その、今朝はすみませんでした」

「事故って言ってるでしょ。忘れてあげるわよ」

「忘れられるのはショックなので、覚えていてください。僕は僕の心のアルバムに殿堂入りしました」

「あっそ。でも、女のアルバムは上書き式だからすぐ忘れるわよ」

「忘れませんよ。……忘れるといえば、何か僕は重大なことを忘れているような」


 アルマは何事か思い首をかしげる。私も倣ってアルマの忘れていることを考えてみたが思いつかなかった。

 侍女の仕事の中で忘れていることは掃いて捨てるほどあると思うがな。


「来週のスケジュールとかかしら? 来週末は現国王様の誕生をお祝いする祝日よね。貴女、その日休みをとっていたでしょう?」

「あ、そうでした」

「帰省するって言ってたわよね。別に一日と言わずゆっくりしてきていいのよ」

「それは僕に死ねと言っているのと同義なのですが。ドローレス様と離れるのは一日が限界です」

「大げさね」

「あ、妙案を思いつきました」


 アルマがポンと手を叩く。


「ドローレス様も一緒に帰ればいいのです。両親にも紹介できるし、外堀を埋めまくって結婚に持っていけます。どうでしょう、いい案でしょう」

「貴女、ほんっとうに、しっつこいわね」


 何度断られてもめげない。素直一直線のアルマは天使である。しかもこの何度も繰り返される実りのない応酬を楽しんでいる風すらある。打たれ強いというよりマゾなのではないか。


「まあ、僕の希望はさておき、ドローレス様は国王誕生祭はいかがお過ごしになるのです? 王宮でパーティーがありますがそちらに参加されるのでしょうか?」

「そっちには両親が行くわ。私は従姉妹の結婚式に呼ばれているの。国王様の誕生祭って縁起がいいでしょう? 験担ぎに挙式するカップルが多いのよね」

「え、もしかしてその中に僕らの挙式紛れてません? 忘れていたのはそのことかも」

「……はぁ。そう思いたいのなら、ご自由に」


 だんだん疲れてきたので返答も適当になってきた。アルマの顔は何故かつやつやと輝いているが、私の方が心が折れそうだ。精神的消耗が激しい。


「そういえば、ドローレス様は占いを信じますか? 僕今日の星座占い、恋愛運最高潮に良かったんですよ」

「プラシーボ効果程度には信じてるわ」

「いや、本当に今日は朝から最高についてます。これは星回りが良いからです」

「へー」


 気の無い返事をしても、アルマの機嫌はすこぶる良い。ウキウキしているのは星占いの結果が良かったからだったのか。つくづく少女のように純粋である。


「あら?」


 道を行き交う人と肩がぶつかり、バランスを崩す。踏ん張ることも出来たのに「ドローレス様!」とアルマが手を伸ばしたので変な力が加わった。

 腰を支えられ、くるりと体がアルマの方向に反転する。彼女の首筋に唇を押し当てる形で回転が止まった。


「…………ッ」


 ブワッと彼女の首に熱が走り、「あーあ」と半目になる。

 また碌でもないこと考えてそう。

 熱を帯び始めるアルマの瞳を見て、彼女の唇が降ってくる前に腰を抱く手を振り払う。


「往来よ。自重なさい」

「往来じゃなければ、では」

「……プラシーボ効果もここまでくると、厄介ね」


 私はため息を付いて彼女にNOを示した。

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