12. 流石は悪役令嬢、鬼です
アルマ視点
僕は目の前の光景に真顔になった。
先日ドローレスに誘われて街で買い物をし(誰がなんと言おうとこれはデートだ)、衣装を選ぶ。後日家に届けられ、他の侍女たちに手伝ってもらい身につける。
そしてどうしてこうなった。
僕が来ているのは純白のドレス。ドローレスは藤紫のドレスだ。
大胆に胸元と背中が開き、細い腰を絞ったデザインは女性らしさを強調している。長い髪を夜会巻きにまとめ、艶っぽい化粧が彼女らしい。
ちょっと待って、可愛い。何それ、もっと見せて。
「アルマ、近いわ。離れなさい」
「ドローレス様。お綺麗です、好きです」
「ありがとう。アルマもよく似合っているわ」
「好きです。結婚してください」
「近いと言っているでしょ。それに何度も断ってるわ。いい加減しつこいのよ」
「好きです。結婚してください」
「……何これ。壊れてるの?」
言い募る僕に呆れ、ドローレスは後ろの御者に尋ねる。彼は曖昧に微笑んだ。というか僕の必死さに若干引いている。
「まあいいわ、じゃあ行くわよ」
「どこへ行くのでしょう? 僕らの結婚式ですか?」
「現実に戻って来なさい。社交界に行くと言っておいたでしょう」
「何故に?」
「決まってるじゃない。貴女の配偶者を探しに、よ」
その瞬間、僕は足を踏み外し階段で盛大にこけた。
長いスカートが足にもつれ、うまく立ち上がれない。「ドジね」とドローレスがため息をつく。
「ちょっと待って。おかしいおかしい。ドローレス様が好きだと言っているじゃないですか」
「私は断ったわ。中々次に行かないようだから主人としてお相手を決めてあげると言っているの」
「それ、本気でおっしゃってるのなら相当鬼ですよ。好きな人に結婚相手を当てがわれる僕の気持ち、考えないんですか?」
「貴女こそ私の気持ち考えて? そんなに毎日言い寄られても迷惑だわ」
「……気持ちは嬉しいって言ってました」
「社交辞令よね」
「酷い!」
わーっ、となって泣くとドローレスの手がよしよしと頭を撫でてくれた。優しい。
って言うか落ち込むと彼女はいつも慰めてくれるのであえて気持ちを隠していない。もっと触れ。
階段を上り切ると目の前にダンスホールが広がる。簡単に受付を済ませ、一礼してホールへと進む。
ドローレス程になると顔パスだ。受付係の男女は彼女の美しさに見惚れ、男の方は彼女の胸元に視線を落とした。
おい、責任者はどこだ! 受付に不埒物がいるぞ! アイツを即刻クビにしろ!
ホールに進んだら進んだで、燕尾服に身を包んだ男たちがドローレスを囲んだ。
「随分久しいな。ドローレスがこんな場に来るとは珍しい」
「婚約破棄の件、聞いたぞ。気を落とすなよ」
「今日は相手を探しにきたのか? なら俺はどうだ」
「うふふ、お構いなく」
ドローレスが優雅に微笑む。瞳から熱が消えて、「あ、これは興味のない顔だな」と悟った。
哀れな男たちよ、今ドローレスの目にはジャガイモが三つ並んでいるように見えているだけだぞ。個々を認識していないぞ。
「そう言うな。少し付き合え」
「そうね」
「今日も君は美しい」
やや強引に腕を取られ、男の手が彼女の腰に伸びる。
そして開けた背中と布の境目を指でなぞり、うなじに口元を寄せたので僕の頭は爆発した。
「はわわ〜、ちょっとごめんあそばせ〜」
躓いたふりをして二人の間に倒れこみ、無理やりドローレスと男を引き剥がす。床に倒れた僕を「相変わらずドジねぇ」とドローレスが助け起こし、気づいた。
ロラちゃん、すっごい鳥肌立ってる。
手袋をしている男は気づかなかっただろうが、ドローレスは涼しい顔をした裏側で嫌悪感を露わにしていた。
興味もない、どこの誰かもわからない男にベタベタ触られたのだから当然だ。っていうかドローレスを囲む男はみんな敵だ。
男の品位をあまり下げないでほしい。ひいては僕が最終的に苦労するのだから、自重しろ。
男の一人が僕を見て頬を染めた。可愛くしてもらってるから当然の反応だな。
「ドローレス嬢、彼女は?」
「ああ、紹介が遅れましたわ。侍女のアルマと申しますの」
「随分可憐な女性だな」
「仰るとおりです。今日は彼女の配偶者を見繕いに来ましたのよ」
「……そっちか」
三人は落胆を示すが、やはり腐っても紳士だ。すぐに姿勢を正し、僕に手を差し伸べる。
「デビュタントなら慣れないことも多いだろう。俺がまずエスコートしよう」
「ふええ〜、光栄です〜」
男は自己紹介をし、僕の手を握ってリードをする。
言っちゃ悪いがリード凄く下手。こんな男にドローレスを任せたら彼女の方がフォローに回っていただろう。
ダンスは楽しむものだ。気を使って相手に配慮するものではない。
あーあ。
少し離れたところでドローレスが別の男と配慮しながら踊っている。見かけは笑っているがすっごいつまらなそう。
面白くなくそちらを見ていると、僕と踊っている男も不愉快そうに彼女を見ている。その後僕に視線を落とし、にこやかに笑う。
「アルマ、と言ったな。ドローレスが侍女を連れてくるとは珍しい。君は彼女と親しいのか」
「ええ。ドローレス様には懇意にしていただいてますわ」
挑発を込めて言った台詞だったが、女の格好である今効果はない。言葉通りの意味となって、男は「そうか」と頷いた。
「ここだけの話だが、俺はドローレスが好きだ。いや、男は大抵君の主人に心寄せているな」
「…………」
「他の男たちを出し抜く何か良い案はないだろうか。親しい君ならば知っているのでは?」
「正面から正式に申し込めば良いのでは? 主人は裏で駆け引きするより真っ当な方法を好むと思われますが」
僕が言えた義理ではないが。実際ドローレスはちまちまとまどるっこしいことは嫌いだ。
「確かに、ドローレスとの結婚は夢に見る。しかしそれは無理だろう」
「……なら、出し抜く、とはどういう意味なのでしょう」
「遊び相手でも構わない、ということだ」
「…………」
うわー。
もー、そーいうとこだよ。そーいうとこ。
ドローレスの周りの男はどいつもこいつもこんなんばっか。負けを悟って次点の要望を飲ませようとする奴ばかりで反吐が出る。
ドローレスの婚約破棄事件はそんな意気地なしどもの釣り餌になってしまった。早く僕と身を固めるよう誘導しないと。
男と一通り踊り、ドローレスを探す。口直しに彼女と踊ろうと思った。
しかし彼女は一足先に何処かに消えてしまっていた。




