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悪役令嬢は侍女にぎゃふんと言わせたい  作者: こたちょ
一章 令嬢と侍女編
10/86

10. 余裕なんてない

アルマ視点

 時は少し遡る。


 ドローレスが風のように家を出て、呆然としていた僕は数分してやっと我に返った。扉の影から覗く従者たちのニヤけた笑みを見てぶん殴りたい衝動にかられる。

 いや、そんなことをしている場合ではない。

 まずは彼女を追いかけなければ。


 侍女の姿のまま僕は家を出る。従者たちも面白がってついて来るのでクッソ腹が立った。こいつらの口車に乗ったからバカみたいな展開になってしまったのだ。


「クソッ! 誰だよ。今プロポーズしたらイケるって言った奴!」

「こいつです」

「いや、普通にイケると思いますよ。ドローレス嬢普段から「アルマ、アルマ」ばかり言ってますし。殿下の好感度MAXに見えましたもん」

「確かにノリでイケそうな気もしましたね。めでたく婚約破棄が叶ってフリーになったドローレス嬢は、何と言うか」

「そうそう。押せばイケると思うよなー!」

「…………」


 楽しそうに従者たちは話すが、僕はちっとも楽しくない。むしろ取り返しのつかないことをしてしまった後悔で胃が痛い。

 もう元の関係にすら戻れない気がする。本気で泣きたくなってきた。

 そんな心情を知ってか知らずか無能な部下たちが後ろで小芝居を始める。


「『ドローレス、僕と結婚してください』」

「『え、でも貴女は女じゃない』」

「『本当は男なんです。ずっと好きでした!』」

「『そんな。……でも、実は私も貴方が好き!』」

「ここでクラッカー隊投入! 鐘だ、祝福の鐘も鳴らせ!」

「おめでとう殿下! おめでとうドローレス嬢!」


「……お前らまとめて縛り首に処す」


 そんなうまい展開あるはずがない。今ならばそう言える。

 なのに「婚約破棄」と言う四文字に浮かれ舞い上がり、まんまと良い方向に想像が傾いてしまった。ドローレスがそんな夢みたいなこと言うわけがない。

 彼女の男嫌いはまだ矯正できていないし、「アルマ」の立ち位置はあくまでも侍女止まりである。

 たかが一介の使用人と結婚したいと思うか? 答えは当然否。

 けれど一年の月日が我慢の針を振り切らせた。もう強引でも何でも良いからさっさと彼女を妻に迎え入れたい。


 たかが一年、されど一年の努力は想像を絶するものだった。

 彼女を狙うライバルが山ほどもいて、そいつらを蹴落とす案を一生懸命考えた。出た結論が違う路線の美少女を演じてドローレスから視線を外すと言ったものだった。

 ドジで間抜けな少女は総じて男の庇護欲をくすぐる。上に叱責を飛ばす悪役令嬢がいたら最高。その配役にドローレスが完璧にハマった。

 ドジなアルマに男子生徒の支持が集まり、反対にドローレスを想う男は数を減らす。

 性格がきつく男勝りで何でも一人でこなす、彼女の脇に立つ自分の姿が想像できなくなる。ドローレスに似つかわしくないと数々の男が脱落していった。


 元々どいつもこいつも力不足だ。彼女には僕だけがふさわしい。

 僕にとっても彼女だけだ。ドローレス以上に優れた女を未だかつて知らない。


 ……あー、もう。全部嫌になって来た。


「お前ら、時を戻せ。朝まで」

「殿下がご乱心だ! 薬師を呼べ!」

「目を瞑ったら朝になっていますように。ロラちゃんが隣で寝ていますように」

「呪い師も呼べ! 物の怪に取り憑かれておるぞ!」

「ロラちゃん、ロラちゃん、ロラちゃん……」

「殿下! お気を確かに!!」


 現実逃避しながら町中を探し回り、ある一角に来た時、従者の一人が「殿下! 姫です!」と声を荒げた。


 協会の前で子供と戯れている美しい女性がいる。彼女はとても楽しそうで、先ほどの憂いが綺麗さっぱり消えていた。

 心の底から僕との一件などどうでも良かったのだ。ちょっと街に出て気分転換すれば忘れてしまえる程度のことだったのだ。

 僕とは明らかに差のある熱量に、心臓がきりきりと悲鳴をあげる。


 小さな子供が手を伸ばし、彼女の柔らかな頬に唇を寄せる。


「あ!」


 子供相手に嫉妬か。僕の器はいつからこんなに小さく脆くなった。

 非難の声に、最愛の女性がふと顔をあげる。彼女は僕を見て「あら」と意外そうな顔を作った。



「別に追いかけて来なくても良かったのよ」


 すました顔で話すドローレスの隣に僕は座る。従者たちは音もなく街ゆく民衆の中に気配を溶かした。教会前の階段に揃って腰掛け、ドローレスの膝には幼子が「ママ」と言いながら乗っている。

 優しい掌が幼子の頭を撫でるのを、嫉妬全開に眺めた。彼女は僕の醜い感情に気づくことなく穏やかに笑う。


「ちょっと考えればわかることなのに。短気な性格でごめんなさいね」

「え、あ。あの?」

「さっきは怒ってしまったけれど、勢いに任せてアルマを利用した感があったわ。私、何か理由をこじつけてここに来たかったから」

「ここって孤児院?」

「そうよ。私の大事な家族なの」

「…………」


「だから帰りなさい。あなたの場所じゃないわ」と背中を押されて、おいそれとは帰れない。

 ここまで追いかけて来たのは謝るためだけじゃない。妙にボタンを掛け違うのは嫌で、きちんと気持ちを伝えたかったからだ。


「ロラちゃんと一緒じゃなきゃやだ。一緒に帰ろ」

「お構いなく。気を使わなくていいから一人で帰りなさい」

「一緒にいたい。じゃあ僕も一緒にここにいる」

「アルマが一緒じゃ休まらないのよ。考えがまとまらないし」

「……何それ。僕が嫌いになったの?」


 焦りのあまり責めるような口調になる。ドローレスは「いいえ」と緩やかに首を降った。


「こちらの都合よ。アルマのことは好きよ」

「僕もロラちゃんが大好き」


 愛を交わし合う言葉に、群衆の中からにゅっとクラッカーを持つ手がのぞいた。

 おい、やめろ。今のは明らかに男女の好きって意味じゃないだろ。頼むから面白がるな。


「誤解されるの嫌だからちゃんと言わせて。さっきのは遊びで言ったんじゃない」

「何かしら」

「ロラちゃんと結婚したいって、本気なんだよ。本当に君が心から好きだ」

「……まあ」


 ドローレスは目を見開き、暫し考える。この間はどう考えても了承される間じゃない。むしろ「アルマは両刀だったのね」と整理される間だろう。

 少し時間を置いてドローレスがふと僕を見て、「ありがとう」と笑う。


「気持ちは嬉しいわ。けれどごめんなさいね。そういう意味で好きではないの」

「…………」


 ほーらね。わかってたー。


 クラッカー隊が静かに群衆の中に消えた。

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