1. プロローグ
「ドローレス! お前の悪行には殆愛想が尽きた! 今この時をもってお前との婚約を破棄する!」
しんと静まり返ったダンスホールに私の婚約者の声が響き渡った。
けれどそんなことより私含め会場全体の視線を集めているものが他にある。
なにやらごちゃごちゃ言い募っている我が婚約者よ、うるさい。貴方様の戯言云々にかまけている気概は一縷もない。
私の目の前には床に身を伏せっている超絶美少女が一人。
その美少女からはダイヤモンドを彷彿とさせる涙が一つ二つと溢れ落ち、思わず駆け寄って掬ってやりたい衝動に駆られる。もしこれが本当に宝石なのなら国家予算を軽く賄えそうなくらい美しい輝きを放っていた。
私はこの美少女にかなり怒り心頭に叱責を飛ばしているのだが、その慈悲のない行いに婚約者が異を唱えたのだ。
「アールーマー!」
「ふええ……。ドローレス様、どうかお許しください」
「許せるわけないでしょ! 貴女いい加減にしなさいよ!」
美しい顔の前に両の手を組んで私に懇願してみせる。この守ってあげたい庇護欲そそる存在に何人の男がダメになったのか数え切れない。
アルマに対して許せないのはその美貌だけではない。男をよりどりみどりに掻っ攫って行き学園の風紀を容易に乱してしまうところもだ。
「ドローレス嬢」
「そこまでだ」
「貴女はこの場に相応しくない」
「出て行きたまえ」
ほーらきたー。
こっちの訴えに耳も貸すことなく取り巻きの男どもがアルマの盾になるべく立ち塞がった。本物の騎士も吃驚するほどの用意周到振り。見苦しい男に囲まれて美しい少女の姿が見えなくなる。
この女が一体何をしたのか、まずは明らかにして私に謝罪しろ。でないといつもいつも私ばかりが悪者だ。
「アルマ! ……ちょっと、離しなさいよ!」
乱暴にどっかの男が私の腕を掴み、何かを言うことすらままならず、ダンスホールから放り出されてしまう。
ちょっと待て、おかしいおかしい。
何がおかしいって何故主人の私の方がぞんざいな扱いを受けるのだ。
扉が閉まるその隙間から、アルマの金色の瞳が私を射抜く。その金色は心配そうに揺れているが、もうね。本当にね。言葉にならない。
「なんで私の侍女の方が姫ポジなのよーーー!!」
誰もいない廊下に私の声だけが響き渡る。
しかし悲しいかな。誰一人私に駆け寄らず、アルマを除いて視線一つ寄こさない。
腹の中に納まりきらない怒りを抱えながら、私は廊下を走りだした。
あぁ、気持ち悪い! 早くこの汚れを洗い流さないと!