放浪軍結成
案内人たる許劭もどきが消え去り、残された俺と怜華とラムは顔を見合わせた。
もうどうでも良いとばかりに、いい加減な表情を浮かべる怜華が、俺に対して一言。
「…………ほら、さっさと放浪軍結成しちゃって」
「こういう事は都市に入ってからだ。先ずは都市に…………行くぞラム!!」
俺はラムを小脇に抱えて草原の向こうに見える、城壁で囲まれた都市を目指して駆ける。
そして五分ほど駆けてバテた。
「はぁ……! はぁ……! なんでだ……なんでこんな簡単に……!」
「ほらほら頑張れ頭領! 放浪軍結成までまだまだよ!」
「…………おい怜華……!」
抜群の運動神経を誇る俺の全力に、怜華がついてこれる筈がない。
そう思っていたが、彼女はどこで調達したのかソリに乗っており、気が付けば俺の腰に引き綱を巻き付けていた…………まったく、この女は――
「分かっているではないかァーー!! 二人ともしっかり掴まってろよーー!! イッツァ、ジンギスカァーーーン!!」
「ひゃっほー!! いっけーー秋渓号!!」
モンゴル皇帝大ハーン!! 何時の時代も人をやる気にさせるのは神速の勢いだ。
ラム・マトン教師はそう言っており、俺は漸く彼の言葉に一定の理解を示す事ができた。
もはや俺を阻む事は誰にもできない。羊だろうが少女だろうが象だろうが虎だろうが、誰であろうと乗り掛かってこい! 全員まとめて放浪軍と言う名の道連れにして面倒見てやる!!
「うわっ!? 誰だおま――アッヒージョッッ!?」
猛突進して来る俺を止めようとした門番(このゲームの役立たずその1)はあえなく吹き飛ばされ、スペイン料理が食べたいのか西洋へと旅行しに行った。
今頃あっちは軍人皇帝時代末期だ。三国志の物語が終わる様に、向こうも一つの物語が終わりを告げようとしていた。頑張れローマ帝国! 頑張れガイウス・アウレリウス・ウァレリウス・ディオクレティアヌス! 後どうでもいいけど、名前長ぇんだよお前!!
「……何事もなく都市に入る事ができたぞ。さてここは……陳留か。ソウソウ軍の領土で、確かシバイと彼の一族が主だって配置されていたな」
「全国マップ的にも中央だから動きやすいし、人口も比較的に多い方だから、「募兵」しながら周辺勢力を潰していくには丁度いいかもね」
「おっ、怜華もやる気になったな? やはり神速の勢いが大事という事か!」
怜華が言った単語「募兵」……それは放浪軍限定のコマンド。
正規勢力ならば軍議の時に「徴兵」コマンドを選んで都市人口の一部を兵士に変えられるのだが、土地を持たない放浪軍は残念ながら徴兵ができない。
だからこそ放浪軍でプレイする際は、都市で募兵する事で兵を得るのだ。
然し実際問題、このコマンドを多用する事はないだろう。
理由は登録武将でプレイする場合、初期の内は募兵量に影響する担当武将の名声値が著しく低く、大した数が集まらないと言われるからだ。
では逆に、名声がとても高くなった頃に行うかと言えば、それもないだろう。何せ多くの兵が集まる程の名声を持つ頃なら、充分な兵数を保有している状況が予想されるからだ。
「……私のやる気は、まぁ……置いておいて。確かに神速の勢いは大事だと思うよ」
「……と、言うと?」
「私達は軍装備の劣る放浪軍を率いて、並み居る正規軍を滅亡していくの。私達には国力もなければ、武将同士の階級もない。階級がなければ一人の武将が戦争の時に指揮できる最大兵数は5000人。一方、正規勢力に仕官して、時間経過とともに出世していく高能力武将達は余裕で12500とか、15500……元々の功績や名声が高い設定の武将なんかは18500人を指揮してくる。それも重装備でね」
「成る程な。つまり俺達は、他勢力が恐ろしい国力と兵数、それを率いるに相応しい武将達が成長しきる前に、速攻で叩きまくる!!」
「……それと私が一番恐れているのは、この地を治める……」
「ソウソウ軍か。チート級の武将を数多く揃え、徴兵可能な人口の多い許昌(ソウソウ軍の本拠地にして陳留の南隣。許劭ではない)を持っている……」
「そうそう。放っておくと、あいつらは恐ろしい速度で勢力拡大するからね」
「奴等は早々に滅亡させるに限るな! ラスボスだとか関係なしに!」
「そうそう、その通り」
「………………ソウソウ」
「………………そうそう」
「…………くっだらね」
最後は自然と口が揃った。二人とも、同じ事を考えていたのだ。
そしてよくある言葉遊びが飽きるのと同じく、俺はソウソウのラスボス説にも飽きている。
もっとマイナーな……こう……えっ、あいつがラスボスなの? みたいな地方勢力が能力バグと国力バグを起こして、最後に控えている方が好みだ。例えば北東のコウソンドとか南東のオウロウとか西南のモウカクとか北西のバトウとか……見事に大陸の四隅。
因みに日本の戦国時代であれば、家来衆からの人望がなさすぎて戦死した事にも気付いてもらえなかった大浦政信とか、無理な貿易介入で大損こいて元祖バカ殿と呼ばれた松浦隆信とか、まぁ松浦に至ってはちょっと江戸時代に入る訳だが……これも真東と真西か。
「兎に角、やる気出していかないとな! では早速、放浪軍! 結っ成!!」
街の中央で、拳を突き上げながら咆哮する俺に、周囲の目が痛く刺さる。
それでも全勢力滅亡endを目指す為、現実世界に怜華を戻す為、放浪軍頭領となる俺は、恥は一時のものとして耐えるのみだ。
「俺は今日ここに、放浪軍を結成しようと思う!! 同じ志を持つ者は、俺の拳に集え!!」
俺の咆哮が終わるや否や、傍にいた怜華の目前に選択肢が表示される。
『姫崎怜華殿、殿路秋渓の放浪軍に参加しますか?』『はい』『いいえ』……と。
この勧誘は、自身が滞在している都市の知己武将全てに対して行う事ができるのだが、残念ながら登録武将として転生した俺の知り合いは、現状怜華だけであり、ラムは只のアシストといった存在の様だ。
「ふぅ…………それじゃ、始めますか。私達だけの……物語を」
深呼吸した怜華は『はい』を選択。ここに、大陸を席巻する予定の放浪軍が結成した。
俺の頭上には実行したコマンドに対する行動力の推移が表示される。
『発起により行動力を100消費。秋渓殿の残り行動力は26です』
残り行動力が30を切れば、殆どの事は実行不可能となる。
まだ始めたばかりで、するべき事が多い今は、行動力の無駄遣いは厳禁。記念すべき俺の1ターン目はこれで終わりとしよう。