目指すべきエンディング
怜華が言葉を失って呆然と立ち尽くす反面、ラムは魅惑のお尻をフリフリと揺らし、メェーメェーと言いながら許劭へと歩み寄った。
当然、名付け親たる俺もそれに従うのが責任というもの。
両手に花ならぬ、両手に毛状態となった許劭。
彼は俺達の心の準備が整ったと見るや、やや遅れてカミングアウトをする。
「ここは仮想の大陸、280年じゃ」
「うん知ってるーーー」
二人して無表情を作り、許劭の言葉に即答した。
許劭は別段気にする様子もなく話を続ける。…………少しは反応しやがれ。
「さて、お主等がこの大陸に召喚されたのは他でもない。実はな――」
次に発せられる言葉を前に、俺と怜華は思い煩った。
間違って俺の家に雷を落としてしまいゲームと一緒に俺達の人生まで強制終了させちゃったとか、ラム・マトン先生の授業を積極的に受けていなかった罰だとか、簡単に武力と知力をチートさせて無双するのが気に入らなかったからゲームの神様が怒ってゲームの世界に閉じ込めたとか。
兎に角、一瞬の間に想定できた理由が頭の中に浮かび上がり、今後どうなるのかが楽しm…………いや、心配になったのだ。
「ただの暇潰し――のおぉっふ!?」
言って、怜華が許劭の腹に見事な掌底打ちを喰らわした。
ここがゲームの中ではなく現実世界であれば犯罪だぞ、まったく。俺は許劭の後頭部を思いっきり殴ってそう思った。
「ねぇおじ様、冗談はよしてくださいますぅ? 今なんて言いました? ……た・だ・の?」
「暇潰――シィーーーイング・ボムッ!?」
高威力の打撃を受けてもピンピンしている許劭は尚も主張。
怜華はボクシング選手顔負けのコークスクリュー・ブローを放って許劭を吹き飛ばす。
相手は初老の男性なんだから、せめて平手打ち程度に済ましておきなさいよ。俺は倒れた許劭にボディ・プレスをかましてそう思った。
然し、それでも許劭は平然として立ち上がった! こやつ、やりおるぞ!
ラム・マトンによるメェーメェーカウントが一回も鳴く間もなく、観客(居ないけど)の大歓声を受けて(いないけど)再びリングという名の草原に立ったのだ。
そして彼は何食わぬ顔で普通に話を再開したではないか。
「まぁまぁ、そんなに怒らんでも。別段お主等の世界に干渉する事はないし、お主等の生きる世界での一瞬の夢みたいなもんじゃから。今まで何百時間もこのゲームをプレイしてくれた事に対する、ゲームの神様からのプレゼントみたいに思ってくれ」
「むっ……むぅぅ……」
そういう事ならと、半信半疑ながらも俺と怜華は手を引いた。
許劭は俺達の様子から話し合いができると見るや否や、いけしゃあしゃあと話を進める。
「取り敢えず落ち着いたところで、先ずはお主等の目標を選択するぞい」
来た。このゲームに於ける許劭の一つ目の役割、それがこの目標選択だ。
プレイヤーが選択した担当武将の身分が在野(ニート又は旅人)である場合、許劭は何処からともなく現れて、プレイヤーもとい武将に尋ねてくるのだ。お前は何を目指しているのかと。
それに対する選択肢は三つ。一つ目は勢力を興して君主となること。二つ目はどこかの勢力に仕官すること。三つ目はお前に構っている暇はないのだよ三日月髭男爵…………だ。
因みに三つ目を選ぶと、許劭は上記二つのどちらかを選ばない限り定期的に貴方をストーカー。何処へ逃げようが必ず探知して現れ、同じ質問を繰り返して貴方の精神を狂力サポート。一人旅となる在野武将の貴重なパートナー(笑)になってくれます勿論無料で…………好い人なのか変人を極めた変人なのか分からなくなってきたが、連続打撃を受けても青筋一つ浮かせないところを見ると多分好い人。
因みの因みに、許劭が持つもう一つの役割というのは、都市で話し掛けた際に他武将の内面(義理堅さや野望の高低、勇猛か冷静なのか等)を教えてくれること。所謂人物評だ。
「お主等はこの乱世に於いて、いったい何を求めるのじゃ?」
許劭は決まり台詞とともに、自らの頭上に選択肢を表示させた。
『放浪軍を結成して全勢力滅亡後に放浪軍解散。これでBad endを迎えられるよ! やったね!』
たがそれは、選択肢とは言えない、強制的で……可憐で……目を引く、ゴーマニズムだった。
「あのさ…………選択肢、これだけ?」
無表情を極めし怜華が問い返し、俺と許劭とラムは同時に首肯する。
「私はちょっと仕官しに――」
「逃がさんぞ」
「逃がさんぞい」
「メェーー!」
踵を返して逃げようとする怜華の左手を俺が、右手を許劭が、後ろ髪をラムが掴む。
彼女の事だ。きっとソウソウとかリュウビとかソンケンとかの公式チート勢力に仕官して、持ち前の知力の高さを活かして俺の覇道を全力で阻むつもりだろう。
そこで先手必勝を期し、俺は彼女の逃亡を全力で阻止。三位一体の連携を示したのだ。
「ちょっと!? なんで止めんのよ!? それも許劭まで!! あんた普通は仕官するか、勢力を興すか、構ってる暇はない、っていう選択肢を提示して大概無視されて翌年になってまた無視されて延々と無視される存在でしょうが!!」
「…………何もそこまで言わんでも……」
怜華による酷評は意外と高い精神ダメージを与えた。
流石に人物評を得意分野とするだけあって、自分の評価が無視されるだけの存在というのには傷付くんだろうな。
「あぁ……その、ごめん。因みに……因みにだけどさ、もし全勢力滅亡end以外のエンディングを迎えたら……どうなるの?」
怜華はちょっと言い過ぎたかと思い、謝罪を兼ねて許劭の話に合わせた。
それに対する許劭の返答がこちら。
「帰れません」
即っっ答!! 悪びれもせずに威風堂々・三日月髭キラキラとした、毅然たる様を以て……。
「…………はぁ……でしょうね」
それ以上に言葉が出ないのか、怜華は大きな溜め息を吐いて項垂れた。
「まあ話は分かった! 要はバーチャル世界で戦い抜けって事だな! ……流血とかはありか?」
「全年齢対象のこのゲームに、流血描写があったかの? 要はそういう事じゃ。儂等の暇潰しじゃから、お主等が敵に捕まっても処断されない様に弄くってある。安心せい」
「それは助かるよ。…………なら最後に二つだけ……あんた誰だ。なんで俺達を暇潰しの相手に選べて、なぜゲーム内の一キャラである存在がこんな事をできる。…………あんた、このゲーム内の許劭じゃないな」
凄んで見せる俺に対し、許劭は先程とはまるで違う気配と声音を以て、不敵に笑う。
「……ふっ……転生させる者が神しかおらぬとは、決まっておるまい。敢えて言うならば、儂等は何処にでも出現する事が可能な、関わる者…………といったところかのぉ?」
「関わる者ぉ?」
質問を飄々とかわす初老の男性。だが最後の一言は、先程までの許劭その人だった。
奴は全てを言い終えると踵を返し、俺達に背を向けようとして――
「あっ、それとその羊。儂等の友達であり、お主等の情報端末じゃから。粗野な扱いは仮に天が許しても儂が許さぬからな。酷い接し方をすると儂がまたストーカーしに現れて、このムッチリラリアットを喰らわすからの」
袖を捲った奴の腕は意外にもムッチリしていた。
無駄なく整い、顔や声音に似合わぬビルダーっぷりを誇る豪腕。きっと相当に着痩せするタイプだ。腹筋は十以上に割れ、大胸筋はピクピクと独自の意思を以て敵を抱擁でき、並の兵士なら上腕二頭筋の唸り声だけでノックアウトするだろう。後学の為に、是非とも見せてほしい所だ。
然し、奴は本当にすべてを言い終わったらしく、改めて背後を向けるや周囲の認識をずらし、懐中時計を模した光の粒子とともに姿を消していった。