転移直後
2020/01/01
一年での完結目指して気紛れ投稿開始。
西暦280年の中国と言えば、魏を簒奪して蜀を滅ぼした晋帝国が、呉を滅ぼして三国時代に終焉を告げ、世に言う三国志の物語が終わった年である。
これ以降の年代は晋帝国による一瞬の治世に次いで、皇帝の一万人ハーレム時代からの晋帝国の半壊及び、乱世復活というシナリオの為、三国志関連のゲームや雑誌は280年すら越えないことが多い。というか殆どが数行で終わらせたり、1ページで解説するに留まっている。
たが、この物語は違う。
これより記すものは、歴史ゲームのオマケシナリオ「280年だよ全員集合」に転移した、武力値100の少年と知力値100の少女による、あったかもしれない280年以降の話……
280年1月個人ターン 陳留
俺の名前は殿路秋渓。中国史が大好きな一般的な男子高校生。
夢か幻か……俺は目が覚めたら草原の上に大の字で寝そべっており、俺の体の上には大量の羊が折り重なってメェーメェー鳴いている。
ついさっきまで自宅のリビングで、女友達と一緒にゲームをしていただけと言うのに、いつの間にかウール100%の掛け布団を手に入れていた。
「これは、新手のドッキリだろうか……気を失った間に放牧地へなんとやら的な。…………こら止めなさい。俺の髪の毛は草じゃありません。そんなに目をウルウルさせても駄目なものは駄目です。オーガニックシャンプーを使っているからって美味しくとも何とも…………やめろぉぉー!?」
羊達は可哀想な目が俺に効かないと分かるや、一斉に髪の毛をモシャモシャし始める。
やはり羊には羊語を話すしかないようで、こんなことになるなら羊語専門教師ラム・マトン先生の特別授業をしっかりと聞くべきだった。
「…………ねぇ秋渓。何してんの?」
「見て分からないか?」
「分かりたくない」
羊の山を迂回して現れ、身動きのとれない俺の顔を覗き込む少女。
腰辺りまで続くストレートな黒髪に、切れ長の目と細くしなやかなカモシカ脚が特徴的な、ツッコミと知略戦担当の女友達・姫崎怜華だ。
「俺は今、輪廻転生を直に体験し、この世の生たる生に感謝を示している最中だ」
「あっそう。………………で、本音は?」
「助けてください」
怜華の助力を得た俺は何とか脱出に成功。全身が羊毛まみれになり、顔面は羊のキスマークだらけになったものの、剥げる事だけは阻止できた。
「……ありがとう、助かった。……それはそうと、何でそんな格好してるんだ?」
礼を述べ様に、怜華の服装を尋ねる。
俺の家に遊びに来た時、彼女の服装は桃色のパーカーにホットパンツだった筈。
それが今はカボチャみたいにボリュームのある白い帽子を被り、上下が一体となった浴衣の様な桃色の服を纏い、邪魔だったのか下の方は太腿辺りまで捲り上げていた。
「気付いたらこんなんだった。そう言う秋渓だって……羊毛の中は…………羊毛で、その中は…………羊毛なのね」
「モッフンモッフンだろ? 寝るときは気持ち良いぞ」
「抑々なんで背中にまで羊の毛が……って羊がくっついとるーー!?」
「おっと、まだ一匹居たのか。うむ! その気骨に免じて、そなたを俺の一の子分に任命しよう! 名前は……そうだな。ラム・マトンで」
「あの変人教師の名前を付けてやるな! それより後ろ髪、食べられてるって!」
ここにラム・マトンが仲間に加わった。
然し、怜華の手によってラムは引き離され、早くも俺はモッフン装備を解除させられた。
身が軽くなった俺はラムの頭を撫でながら、怜華に向き直って現状把握に努める。
「ここが何処なのか、私達が何でこんな格好なのか……全くといっていい程に分からない。ただ一つ言える事は、私達がゲームをしていて、自分達に見立てた武将を選択した段階で気を失って今に至るって事」
怜華の言う通りだった。
たまには変わった遊び方をしたいと言う彼女の要望に応え、それならば自分達の武将をゲームに登場させ、ついでにBADエンディングを目指してみるのも一興と提案。
BESTエンディングが良いと主張する怜華を何とか説得し、サクッとクリアしたい為に自分の武力値と彼女の知力値を限界に設定。
二週目以降で登場するオマケシナリオ「280年だよ全員集合」を選び、次の武将選択で自分達の登録武将を選択した時に、強烈な眠気に襲われてバタンキュー…………今に至る。
「うぅん……俺が思うに、これは夢か幻で、都合良くチート性能を設定した事でゲームの神様が怒ったのかもな。それで、放浪軍を率いて大陸上から自分以外の全勢力を滅亡させた後、放浪軍を解散してBADエンドを目指せとの御告げを……」
「ゲームの神様って何よ。それとまだBADエンディングを目指すつもり? 大体、ここがゲームの世界なのかどうかも……」
「いや、怜華の服装さ……登録武将にそっくりじゃん」
「…………」
自分の服装と俺が作成した新規武将のグラフィックを思い出した怜華は押し黙る。
にわかには信じがたいが、ここがゲームの中であると思わせる物的証拠が正にそれだ。
「お二人さん、ちょっと良いかの?」
「はい? …………はっ!」
俺達が僅かな沈黙を生んだ時、不意に羊の群れから声が聞こえた。
その声がする方に向き直ると、そこには下向きの三日月髭が特徴的な初老の男性が。
俺も怜華も、このナイス三日月髭紳士を知っている。
(許劭だ!)
許劭とは人物評価に優れた人物であり、彼の英雄・ソウソウを見て「君は平和な世の中なら優れた臣下だが、乱世であれば悪のヒーロー」と言ったとか言わなかったとか。
因みに人物評価の事を「月旦評」と言うが、これは許劭が月の始め(月旦)に人物評価会を開いた事が由来しているそうだ。
そしてゲーム内の登場人物が今、俺達の前に立っているということは…………
「……は……はは……マジ?」
怜華は俺に向かって苦笑を浮かべ、俺とラム・マトンは一様に首肯した。
ここは間違いなく、遊ぼうとしていた三国志のゲーム世界であり、何故かは分からないが俺達はこの世界に出現してしまったのだと。