第七十三話 限界
「あぁあああ!!もういやダァああああ!やめてやめてやめて!!」
「うっさいわね!こんだけ手加減してんのにわざとらしく叫んでんじゃないわよ!」
「ああぁあああー!ぎゃあああああー!!」
甲賀の家で1ヶ月の泊まり込み修行が始まって一週間。
俺は血反吐を吐くようなきつい特訓に死に物狂いで耐えていた。
そして今、俺はベッドにうつ伏せに横たわり、そんな俺の上に跨る形で甲賀が座っている。
一見すると、中々良いシチュエーションというか、少し危ないシーンのように感じるが、
これは魔力をより感じやすくするために身体のツボ、神孔とよばれる所を刺激するためのマッサージだ。
大昔から甲賀の家に伝わる施術らしい。
1日の修行終わりはいつもこれなのだ。
これを聞いた人は、美少女にマッサージをしてもらえて尚且つ魔力を感じられやすくなるなんて大金を払ってでも体験したい!と思うかもしれないし、実際にこれを聞いた初日の俺はウキウキだった。
だが、それは甘かったと言わざるを得ない。
甲賀は手加減しているというが、その痛みは何とも耐えがたい痛みなのだ。
例えるなら、腹痛でもう我慢できないという時の100倍ほどの痛みが全身を駆け巡るのだ。
冷や汗は止まらないし、声も出る。
だが、俺が声を出すたびに甲賀はこうやって苛立ち気味に責めるので、あまり声を出すことも許されない。
声を出せば美少女が罵ってくれるなんて、とまたしても羨ましく思う人がいるかも知れないが俺はMではないので普通に怖い。
「はい、今日は終わり」
俺が痛みで感覚が麻痺してきて死にそうになりながらそんな事を考えていると、甲賀がそう言った。
「は、はぃぃ……」
俺の上から降りた甲賀が、呆れ顔で別の部屋、これから食事だからリビングに戻ろうとしている。
「こ、甲賀……」
俺はそんな甲賀を痛む体を無理やり起き上がらせて引き止めた。
「なに?もう由那が夜ご飯作ってくれてるわよ、早く行こうよ」
「あぁ……、それは楽しみなんだけど……」
俺はそう言って口籠る。
聞くべきかどうか、土壇場で踏みとどまったのだ。
俺はこの一週間、甲賀に修行をつけてもらって、ある懸念が湧き上がっていた。
それを聞くかどうか、最近ずっと悩んでいる。
「なに?どうしたの?」
呼び止めたくせにモゴモゴとしている俺に疑問を覚えたのか、甲賀は少し不思議そうな顔をする。
ある懸念、それを聞いてしまうとその返答次第では俺は残りの期間を耐えられるかわからない。
だが、聞くしかない。
これは聞いておかなければならないし、俺の命にも関わる重要なことだ。
「なんとなく思ったんだけどさ……、甲賀って、人にこんな感じで修行をつけたり、今みたいに神孔?を刺激するマッサージをした事とかあるのか?いや本当に何となく思っただけで深い意味はないんだけどね」
俺は、なるべく冷静を装って聞いた。
そう。
俺の懸念とは、もしかして甲賀は人に何かを教えたり、今みたいな特殊な施術だったりをした経験がないんじゃないかというものだ。
だって、あまりにも痛すぎる。
初日に腹パンチで気絶した時から何となく思っていた。
人に何かを教えるプロならば、ある程度の手加減的なモノは熟知しているのではないかと。
甲賀の家は一応忍術道場的なことを昔からやっていたと聞いていたが、それも随分昔から門下生はゼロだそうだ。
つまりは、ずっと人に教えていたのは甲賀の両親?であり、甲賀はそういった経験が無いのではないだろうか。
だから加減が分からないのではないだろうか。
もしも俺の推測が正しいのであれば、正直身が危ない気がする。
うっかり一生歩けない身体にされないとも限らない。
タダで修行をつけてもらった上に泊まり込みで食事まで出してもらって酷い言い草だが、
マジで甲賀の修行は辛いのだ。
鬼なのだ。
なんだったらお金を払ってでも逃げ出したいレベルなのだ。
「なんだか凄い改まってるから何かと思ったらそんな事?ビックリするじゃん」
どうやら俺のかなり真剣な気持ちが伝わってしまっていたのだろう。
甲賀はそう言うと、続けてあっさりととんでもない事を言った。
「実はないんだよね、でも大丈夫!ずっとパ……お父さんが門下生に教えてるの見てたし、私も教えてもらってたから!」
俺はそれを聞いて、膝から崩れ落ちた。
甲賀がお父さんの事をパパと言っていて、それが恥ずかしくて言い直したとかどうでも良いほど、俺は落胆した。
だめだ、このままじゃ死ぬ。
残り三週間、おそらく色々な特訓メニューがあるはずだ。
耐えられない、きっと耐えられないぞ……。
そんな落胆している俺を他所に、甲賀はキョトンとした顔で
「なにしてんの?早く行こうって。ご飯、もう出来てるって言ってるじゃん」
と、言ってスタスタと歩いて行った。




