七十一話 基礎力測定
「おえぇええええ……」
腹部に強烈な打撃を受けた俺は、そのまま体を丸めてうずくまり、激しく嗚咽した。
「まだ初めて5分も経ってないじゃん、何してんの」
甲賀はそんな俺をまるでゴミを見るかのような目で見つめる。
ギャルゲーをやっているところを見られてから会っていなくて、久しぶりの再会だ。
若干の気まずさはあるものの、あれ、髪切った?とか色々と話でもするのかなと思ったら早速始まった特訓。
まずはアンタの基礎力を測るから、と言われ中庭で始まった擬似的な一対一の戦いはお互いに木製の西洋剣を持っている。
そして俺の木製剣には剣先にインクがつけられていて、甲賀に当たった場合分かるようになっていた。
この基礎力測定は、俺の体力が尽きるか、甲賀に一太刀あびせる、つまりはインクを付ければ終わりだそうだ。
この話を聞いた時、正直余裕だと思ったね。
迷宮ならば魔力の使いこなしに長けている甲賀に勝つことは絶対に無理だろう。
だが、ここは迷宮じゃない。
迷宮外にもわずかに魔力があるというのは甲賀から聞いていたが、それでもそこまで使いこなせるとは思えない。
つまりは、17歳の少女と23歳成人男性の戦い。
俺は戦う前に、本当に大丈夫なのか?良いのか?と念を押したぐらい余裕だと思っていた。
が、それは大きな間違いだと開始10秒で気付かされる。
まず、甲賀の動きが早すぎた。
俺がうおーっと走り出した時には、すでに甲賀は俺の懐に入っていて木製剣の持ち手で思いっきり鳩尾を打たれた。
正直、その一撃で俺の自信と心は折れたと言って良い。
甲賀が忍者の末裔だというのは聞いていたし、昔から魔力を使う訓練をしていたというのも聞いていた。
だが、それを聞いた上でも信じられない。
まじで強すぎる、勝てるわけがない。
迷宮内の俺と迷宮外の甲賀ですら、甲賀の方が強いかもしれない。
いや、絶対に強い。
それほどの凄さだった。
「や、やぁあーーー!」
それでも、俺にだってプライドがあった。
6年も甲賀より長く生きているプライド。
なにより、男としてのプライドがあったのだ。
折れた自信と心を添え木で支えながら俺は立ち上がり、叫びながら立ち向かう。
「ぐへぇ……」
が、その瞬間にまたしても腹部に衝撃が走り、添え木もろとも俺の心はへし折れた。
ちっぽけなプライドも打たれた時に出た胃液とともに流れ出た。
「あっ……」
という甲賀の声がわずかに聞こえるが、俺は立ち上がる事が出来ない。
「あっと……、だ、大丈夫……?」
情けないなぁ、と思うがまじで立ち上がる事が出来ず、返事もできない。
そして気がつけば目の前が真っ暗になった。
「知らない天井……」
目を覚ますと、見知らぬ天井が広がっていた。
ゆっくりと体を起こすと、どうやら俺は布団で寝ているらしく、布団の下は畳だった。
こんな和風な部屋は俺のマンションにはない。
「甲賀の家……か?」
基礎力の測定で甲賀から受けた打撃で、情けなくも俺は気絶してしまったようだ。
そしてそんな俺を布団に運んでくれたのだろう。
「な、情けねぇ……」
付けていた防具は寝ていた横に置かれている。
着ていた服は流石にそのままだったが、開始10分で気を失って布団まで運んでもらうなんて情なすぎる。
「とりあえず、甲賀はどこにいるんだろう」
目を覚ましたことを伝えた方が良いだろうと思った俺は、そう呟きながら左手にあった襖を開けた。
襖の先は長い廊下になっていて、でかい窓から見える景色はもう暗くなっていた。
朝の9時に来たはずなのに、もう夜のようだ。
半日寝ていたのか……。
そうして少し廊下を歩く。
途中に似たような襖があったが、開けて良いか分からないのでとりあえず歩く。
どこか電気がついている場所があれば良いんだけどな……。
そう思いながらひたすら長い廊下を歩いていると、電気のついている和風な扉の前に出た。
中からはガシャンガシャンと皿を洗うような音が聞こえる。
誰かいるようだ。
「あ、あの〜……」
俺はとりあえず2.3ノックしてからゆっくりと扉を開けた。
するとそこには、料理を作っている甲賀の姿。
「あー」
甲賀は俺を見るなりそう言って手を止める。
そこでなんとなく違和感を覚えた。
なんか、甲賀が微妙に小さい気がする。
それに心持ち顔つきも幼い。
だが、それ以外はほとんど甲賀そのものなので、多分寝起きで寝ぼけているのかなと思い俺は話しかけた。
「す、すまん、甲賀。俺気絶しちゃってたみたいで、その、迷惑かけた」
とりあえずそう謝ると、何故だか甲賀は変な顔をした。
そして
「何寝ぼけてんのアンタ」
というセリフが帰ってくる。
それから
「お姉ちゃん!!ヒナねぇってばー!!」
と叫び出した。
何を言っているんだと思った。
ヒナはお前だろう、と心の中で思ったが、その数秒後
別の扉からもう一人甲賀が出てきた。
その甲賀は若干申し訳なさそうな顔をしてぽりぽりと頬をかいている。
あれ、俺まだ夢でも見てるんだろうか。
何故だか分からないが、目の前に甲賀が二人いる。




