第七十話 修行スタート
「あぁ……頭が痛い……」
目が覚めて真っ先に感じたのは後頭部のとんでもない痛みだった。
ジンジンとするというか凄く頭が重い。
「完璧に二日酔いってやつだな……これ」
あんなにお酒を飲んだのは初めてだったから、対処の仕方がわからない。
だが、このままではずっと寝たままになると思った俺は意を決して立ち上がる。
そしてシャワーを浴びようと風呂場に向かおうとして、部屋の惨状が目に止まった。
「おいおいおいおい……、なんだよこれ……」
目に飛びついてきたのはそこら中にモノが散乱した自分の部屋。
一瞬、寝ている間に泥棒でも入ったのかと思ったが、机の上に無造作に置かれたコップと頭痛薬で理解する。
恐らく、酔った状態で明日の心配をした俺は何処かにあったであろう薬を探し回っていたのだろう。
にしても、こんなに散らかすことないだろ……。
余計に頭が痛くなる。
それでも、なんとかシャワーを浴びたら少しはスッキリした。
「ふぅ〜……」
息を吐きながらまたベッドに寝転がる。
今日は迷宮は無理そうだな……
バリアーのない状態での戦いは久しぶりだから、少し身体を動かしたかったが仕方ないな。
そう思いながら、俺はベッドに無造作に置かれていたスマートフォンを手に取った。
「川田さんからショートメール……」
この前の帰り際に川田さんに電話番号を伝えた。
それを利用してメールが送られてきたようだ。
なんだろうと思いながら読むと、どうやら俺の戦闘訓練の話らしい。
修行というかそういう鍛錬を全く積んでこなかった俺を案じて、良ければ話をしておくと言っていてくれていた。
どうやらその修行先と話がついたので、急だが明日か明後日に行けるかという内容だ。
「修行か〜……」
とうとう修行パートに来てしまったなぁ……
確かに強くなりたい。
冒険者として生計を立てられるレベルには強くなりたいが……。
「怖い人だったら嫌だな」
シンプルにそう思う。
苦しい事もあんまり好きじゃない。
が、そんな事も言ってられない。
人間、いつかは頑張らないといけない時が来るのだ。
「ありがとうございます、大丈夫ですよっと……」
そう思いながら俺は川田さんに返信メールを送る。
それから食料調達にスーパーに行って馴染みの弁当、昼間だから半額じゃなかったのが痛手だが購入して、適当に冷凍食品を買って帰った。
家に戻って買ってきたものを食べて、部屋を掃除しつつぼーっとする。
「あ」
暇だなぁと思いテレビをつけて思い出した。
あのギャルゲー、まだ途中だったよな。
「ふふ、俺の頭の痛みを取り除いてくれるのは恋の魔力ってな」
俺はやりかけだったゲームを思い出して少しテンションを上げながらそう呟いた。
ハードを接続し、電源を入れる。
前回のセーブポイントは5日前、入院明けで久しぶりに迷宮に行く前だ。
続きを選択し、画面が切り替わると
「もぅ!おにぃのバカ!ずっと待ってたんだぞ!」
という妹キャラのボイスと可愛い妹の姿が。
「ごめんなぁ、ユイ。待たせちまったな……?」
ボイスで反応する機能なんてないのに、すっかりテンションの上がった俺は妹に答えるようにそう呟く。
それから数時間、俺は妹を攻略することに没頭した。
そんな俺を現実に呼び戻したのはスマートフォンの通知オンだった。
「くそ、もう直ぐ結婚式なんだぞ!空気読んでくれよ!!」
妹との禁断の恋。
そんな禁断の恋のために2人でひっそりと行う結婚式を邪魔した通知音に俺は本気で苛立ちを覚える。
だが、送られてきたメールを見てすぐに冷静さを取り戻した。
メールは川田さんからで、内容は明日からの修行場所の住所だ。
幸いなことに自転車で20分ぐらいのところだった。
俺はそのメールに返事を送ると、またゲームに戻ろうとしたがダメだった。
「なんだか……、めちゃくちゃ緊張してきたぞ……」
冒険者相手の訓練を引き受けるところだ……、
きっと怖いところかもしれない。
いや、絶対怖いところだ。
強面の大男が木刀片手に大声を出しているようなところだ。
「あぁ……、こんなことしてる場合じゃねえ……」
急に熱の覚めた俺はそう感じて、すぐに明日の用意をした。
もう寝よう……。
メールによれば明日は朝の9時に行く予定になっているようだし……。
三十抹ぐらいの不安を覚えながら、俺はゲームを消して布団に潜り込む。
そうして眠りについて、あっという間に朝がやってくる。
「行きたくない行きたくない行きたくない」
目を覚ましてはじめにそんなことを思う。
冒険者として生きていくぞ!というこの前の決意はどこに行ったんだ。
だが、新しい場所に行くとなるとどうも緊張する。
俺の頭の中は木刀の大男で埋め尽くされ、このまま眠り続けたいという欲がどんどん強くなる。
「うおおおおおー!」
だが、そんな事じゃダメだ。
やるぞやるぞやるぞ……。
無理やり自分を奮起させ、起き上がり身支度を済ませる。
とりあえず装備はつけて行こう。
どうなるか分からないから取り敢えず財布も持って行こう。
そうあれこれ考えて全ての用意を済ませた俺は、玄関前の姿鏡をみた。
「俺ならやれる、俺ならやれるぞ古森中也」
自分にそう自己暗示をかけて、久しぶりに使う自転車の鍵を片手に家を出た。
そして漕ぐこと15分。
予想よりも早く着いた俺は、馬鹿でかい日本屋敷のようなところの門の前にいた。
「いかにもって感じだな……」
門には表札があったであろう跡がついていて、その下には若干似つかわしくない最先端式のインターホンが付けられている。
これを押したら、大男が木刀を持って出てくるのだ。
俺はそんな想像をしつつ、いつまでもボタンを押さないわけにもいかないのでゆっくりと押した。
すると
「はい」
という声が聞こえてくる。
おや?っと思った。
というのも女性の声だったからだ。
しかも何処かで聞いた気がする。
「あっ、あの、今日から、川田さんに言われて、そのここでお世話になることになってた、あれです……、古森です」
相手の声を聞いて、もしかすると大男は居ないのでは?と思ったが、それでもめちゃくちゃに緊張する。
「知ってるわよ。門、空いてるから勝手に入ってきて」
またしても、あれ?と思った。
相手は随分とフランクと言うか、なんか知ってる雰囲気の声だ。
そんなことを思いながらも、俺は返事をしてから門を開ける。
すると、だだっ広い庭とこれまただだっ広い日本屋敷、そしてなんと右端には離れのようなものまで見えた。
「す、すげ〜〜」
思わずそんな声が漏れる。
こんなでかい家、アニメ以外で見たことがない。
なんて思っていると、前方の日本屋敷のドアが開いて、中から人が出てきた。
俺は、その人を見てさっきまでと違う緊張を感じる。
「あぁっ、あぁ……、え?」
いやまさか、でもそうか……。
川田さんが紹介してくれる特訓場。
というか特訓道場。
その時に気がついてもおかしくなかった。
中から出てきた人は、俺のそんな驚きもいざ知らずと言った感じで近付いてくる。
1ヶ月前は腰の辺りまであった髪は肩までに短くなっていた。
だが、その人を殺すような目つきは1ヶ月前と変わらない。いや、強くなっている気さえする。
「久しぶりね」
目の前までやってきた女の子、甲賀陽奈はその目つきで真っ直ぐ俺を見据えてそう言った。
「そ、そうっすね……」
俺は思わず視線を逸らしてそう答えた。




