第六十九話 楽しい会話
「おじゃましまーす!」
「じゃまするぜぇ」
「くぅー腹ペコ腹ペコォ!」
「うーん……」
身支度を済ませた俺は、どのようにして椎名さんの部屋に行くのが一番カッコいいかを鏡の前で模索していた。
やっぱり、シンプルにお邪魔しますだろうか……?
だが、なんかこうインパクトのようなものが無ければつまらない男だと思われるんじゃないだろうか。
「むーん……」
今になって思えば、そんなことはどうでもいいことなのだが、その時の俺はとにかく真剣にどんな登場をするか考えていた。
そして、しばらくそんな事を考えていると、椎名さんから連絡が来た。
どうやらもう準備ができたようで、いつでも来て構わないと言う。
「よし……」
これだという登場を頭の中に浮かべつつ俺は椎名さんの部屋に向かう。
隣の部屋なので徒歩で数秒。
インターホンを押す。
「はーい」
ガチャリという鍵の音と共に椎名さんの綺麗な声が聞こえてきた。
俺はその瞬間まで、
「ぐおー、お前を食べにきたぞー」
という台詞を言おうと頭の中で考えていたのだが、幸いにも俺の中の何かがそれを阻止してくれた。
もしも言っていたら俺はその直後に13階のここから飛び降りていただろう。
「おじゃましまーす」
ごく普通にそう言った俺は、2度目の椎名さんの部屋に入った。
ふーーーーーん。
思わず匂いを嗅いでしまう。
女性の部屋に入ったことは椎名さんのところ以外にないから分からないけど、どうしてこんなにいい匂いなのだろうか。
科学的に何かあるに違いない。
そんなバカなことを考えているうちに、あれよあれよと料理は運ばれ、ご馳走になる。
そこからの時間は天国だった。
椎名さんの手料理は以前よりもかなり上達していて、普通に食べられるレベルだったし、話も弾んだ。
「いやー、ほんとありがとうございます。めちゃくちゃ美味しかったです」
食べ終えて片付けを手伝いながら俺はそう言った。
「いいのいいの!それよりほんとに美味しかった?」
「この前の肉じゃがの一万倍は美味しかったですよ」
「ふふ、大袈裟よそれは」
この前の肉じゃがの味を考えれば決して大袈裟ではないが、そんな無粋なことは言わない。
俺はにこやかに笑ってそのまま皿を洗い続ける。
そして片付けが全て終わって、俺もそろそろ帰った方がいいのかなぁなんて思っていると
「古森くんって飲めるっけー?」
椎名さんが冷蔵庫を開けながらそう尋ねてきた。
「まぁ、飲めるっちゃ飲める……かな」
「じゃあ……、これ!」
そう言うと、目の前の机に銀色の缶ビールが二つ置かれる。
あまり強くもないし、ビールはどちらかと言えば苦手だったが、椎名さんと飲めるのなら俺は泥水でも飲むだろう。
「いただきます!」
またしても笑顔でそう言った俺は缶の蓋を開け、
「「乾杯!!」」
同じく蓋を開けた椎名さんと缶を交わした。
それからどれぐらい話し続けただろうか。
とにかく楽しかった。
他愛のない話をし続けて、話題は気がつけば俺の冒険譚になっていた。
「で、俺は見つけたんですよ!それがあったから俺は今も冒険者としてやれてるってもんです!」
お酒で気分の良くなっていた俺は、あまり人には言わないようにしていた迷宮装備についてもペラペラと話す。
「へぇ〜、そんな凄いんだ。なんだっけ、迷宮…」
「装備!迷宮装備ですよ!」
「あぁ〜、それそれ!凄いなぁー!ねぇ、今それってどこにあるの?もしかして家にあったり?そんなに凄いならちょっと見てみたいかも」
「それがですねぇ……、ちょっと厄介な事になっちゃって、今はまぁ修理してるって感じなんですよ〜」
「ふ〜ん……」
本当は迷宮装備を持っているなんて話すと、妬みで襲われたりすることもあるからしないのだが、まあ椎名さんなら大丈夫だ。
冒険者じゃないしな。
それにしても、ビールは案外旨いなぁ。
喉越しなんて感じたことなかったけど、たしかにこうスッキリとする。
「ねぇ、それってどこかの専門的なところに修理に出してるって感じなの?やっぱり家具とか楽器みたいにそれ専門のお店?」
「んんー、まぁそんなとこです」
話し込んでビール缶をいくつも開けていた俺は、ほとんど椎名さんの質問を聞いておらず適当に答えた。
そうして、それからもう少しだけ話をして、気がつけば俺は自分の部屋のベッドで横になっていた。




