第六十八話 休息
外の世界に着いたのは、迷宮装備の代わりに付けていた腕時計の針が3時を刺そうとしている時だった。
もちろん深夜の3時で、もうすぐ12月も終盤に入ろうかという冬の空は真っ暗だ。
俺は川田さんに迷宮装備の事をよろしくと伝え、1人帰路についた。
たったの二日と少しぶりぐらいだというのに、外の世界がやけに懐かしく感じる。
吐く息の白さが迷宮よりも一段と濃いなぁ、なんて思いながら、どうして迷宮に入るたびにこうも事件に巻き込まれてしまうのかと自問しつつ
気がつけばマンションの前まで来ていた。
エレベーターで13階まで登り、部屋に着くなり装備を脱ぎ捨てベッドに身を投げる。
「はぁ〜……」
そして、この二日の疲れをどっと感じつつため息をついた。
そして、あれやこれやとこれからの事を考えて、それから川田さんが迷宮で言っていた特訓場とやらがどんな所なのかをぼーっと想像し、気がつくと俺は眠りについていた。
そんな俺を眠りから目覚めさせたのは、スマートフォンの着信音だった。
「んん……」
半ば開いていない目と半ば覚醒していない脳で頑張ってスマホを探す。
手探りで見つけたスマホは、手に取る頃には鳴り終えていて、多分ラインかなにかだろうなと思いながら開くと
「ん……?」
そこには【さぎり】という人から不在着信があったという通知が表示されていた。
「さぎり……、さぎり……、ああっ!」
見慣れない名前に、そんな知り合いが俺に居ただろうかと、数件しか入っていない脳内アドレス帳を検索してみると、それが誰か思い出す。
「椎名さんだ……」
椎名さぎり、確か椎名さんのフルネームはそんな感じだった。
というか、ラインを交換した時に、下の名前で登録しているから覚えておいてね。的なことを言われた気がする。
そんな椎名さんが俺になんのようなのだろうか。
そう思いながら、微妙に残る眠気を押し殺してその不在着信にかけ直す。
すると、数コールもしないうちに椎名さんが電話に出た。
「あ!古森くん?」
「あはぁ……」
電話越しに聞く女性の声というのがかなり久しぶりすぎて、そしてなおかつ椎名さんのその可憐な声色に俺は思わずそんな声を出してしまった。
「ん、あれ、聞こえてるかしら」
「あぁ、はい!聞こえてます!どうしたんですか?」
「それがねー、今日の夜に私の料理の新作を振る舞うって約束したでしょ?実はちょっと作るのに手間取っちゃって、悪いんだけどもう少し時間もらえないかしら?」
「ああーー……」
そう言われて、俺の頭の中にはハテナがいっぱい浮かび上がる。
手料理を食べる約束……。
手料理を食べる約束……?
そんなリア充の中でも選りすぐりのリア充にしか結べない約束を俺が……?
「……」
完璧にその約束のことを忘れていた俺は沈黙してしまう。
二層での出来事が衝撃的すぎて全く思い出せない。
それに寝起きだから余計だ。
だが、そんなことを言ってられない。
くそ、思い出せ……、思いだ……
「あぁ!!」
そうして必死に頭を働かせること数秒。
完璧に思い出した俺は電話がつながっていると言うのにそんな声を出してしまう。
そうだ、火曜日だったか水曜日だったかにエレベーターの中でそんな会話をした。
完璧に忘れていた。
「あぁ!……って……、もしかして忘れてた?」
やっと思い出したは良いが、椎名さんにそう勘繰られた俺は咄嗟に
「いや、なんだったら作るところも見てみたいなぁと思ってたんで残念だなっと思いまして」
と、よくわからない言い訳をする。
「んー、作るところは流石にまだ恥ずかしいわ〜」
「はは、いやぁですよね!すいません。じゃあ何時頃に行けば良いですか?」
それでも、なんとかごまかせたようなので俺はそのまま話を進める。
「そうね、あと1時間ぐらいかしら!19時ごろに来てもらえると助かるかな」
「わかりました!じゃあ19時に。いやぁ楽しみだなぁ」
「ふふ、期待しててっ!」
そうして明るい声で椎名さんがそう言うと電話は切れた。
「……」
危なかった、椎名さんが電話をくれていなければ完璧に忘れていただろう。
にしてもこれは棚からぼた餅とかそんなやつじゃ無いだろうか。
帰ってきてからなにも食べてないしずっと爆睡していた。
喉もカラカラで腹はペコペコだ。
「よーし!」
俺はわざとらしくそんな声を出して立ち上がる。
とりあえずあと1時間で椎名さんの家にお邪魔するのだ。
帰ってきてすぐに寝たのでなんの用意もできていない。
体もどことなく匂う気がする。
そう考えた俺は、服を全て脱ぎ捨て少し小躍りしながらシャワーを浴びに行った。




