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第六十話 男達の大浴場

「いぇ〜い、ひゃ〜い、ひゅ〜」


 部屋に到着してドアを開けると、はじめに目に飛びついてきたのはシングルサイズのベッドだった。


 俺は、それを見た瞬間すぐに装備を脱ぎ捨ててダイブした。


 何故だかわからないが、ホテルとかのベッドっていうのは妙に気分が上がる。


 日頃、家のベッドで飛び跳ねるなんて事しないのに、何故か俺は飛び跳ねて喜んでいた。


「ふぅ……」


 しばらく謎のテンションで舞い上がったのちに、我に帰ると俺は風呂に向かった。


 風呂は部屋には備え付けられていなくて、共有の大浴場がある。


 大浴場は宿泊施設の北エリア、部屋から少し歩くと到着した。


 男、女と書かれたのれんが、迷宮に不釣り合いに見えたが、日本らしいと思いながら中に入る。


 中では、屈強そうな男たちが全裸で歩いていた。


 俺が入った瞬間、チラッとこちらを伺う視線が来て少しびびってしまった俺は、そそくさと隅の方に行って服を脱ぐ。


「やっぱ、一層と違って強そうな人が多いな……」


 一層にはちょっとしたお小遣い稼ぎで来る人が多いが、流石に二層になるとそういう人もいなくなる。


 それに、この中には多分三層なんかにも行く中級以上の冒険者も混ざっているのだろう。


 少々、自分が場違いな気がしつつも、俺だって中級を目指す男だぜと心の中で思いつつ浴場の中に入った。


「結構広いな」


 浴場は、街にある銭湯よりも二回りほど大きくて、マッチョな男たちが居ても窮屈とは思わないほどだった。


 中は男たちでわいわいと賑わっている。


 俺は湯に浸かる前に、頭を洗おうと備え付けられた椅子に座った。


 そしてシャンプーで頭を洗いながら、これからの予定を考えた。


 とりあえず、まずはさっき貰ったガイド本を読んで二層の予習だ。


 そして、明日の目標は依頼の達成、上薬草の採取。


 ヨークというのがどんなモンスターなのかも、ガイド本を読めばわかるだろうし、しっかりと対処すれば大丈夫なはずだ。


 そうして、頭を洗いつつ考え事をしていると、浴場内の雰囲気が突然変わった。


 さっきまでわいわいと話し合っていた男たちの声がピタッと止まったのだ。


「あんら嬉しい、今日は人が多いわね」


 そして、そんな声が聞こえてくる。


 なんだ?何かあったのか?


 なんて思っていると


「「うぉぉお!ティーノさんだぜ!!」」


「「剣姫!剣姫!剣姫!」」


 という男たちの喝采が続いて聞こえ始めた。


「ティーノさん?」


 俺は、シャンプーをしていて周りの状況が見えていなかったので、すぐに洗い流した。


 そして周りを見渡すと、薔薇十字団のメンバー、ティーノ曽根さんの周りに男たちが集まっていた。


「ティーノさんだ……、って、な、なんだこの光景……」


 ティーノさんたちはお互いの胸板や腕を叩いたり、触ったりして何かを確かめ合っている。


「いい仕上がりね、でも三頭筋が少し足りないわ。これが私の三頭筋っ!」


「「うぉ〜〜、すげぇえ!!」」


「そしてこれが自慢の三角筋っ!!」


「「うぉおおー、やべぇええ!」」


 俺はティーノさんに声をかけようと思ったが、その光景を見て、今は声をかけない方がいい気がした。というか少し怖かった。


 体洗って出るとしよう……。


「さぁて、もう見てもらいたい子は居ないかしら?おや……?」


 俺は少し異様なその光景に気圧され、なるべく気配を消して猛スピードで身体を洗っていた。


「あらら?あら!チューヤちゃんじゃない!!」


「え……?」


 そして、もうすぐ洗い終わるというところで、ティーノさんに気付かれてしまった。


「「誰なんだあいつ、ティーノさんに名前呼んでもらってるぞ」」


 俺に気がついたティーノさんはゆっくりと近づいて来て、その後ろの男たちからはそんな声が聞こえる。


「チューヤちゃん!まさか二層で会えるなんて驚きだわ!」


「え、あぁ!ティーノさんじゃないですか!す、凄い偶然ですね……」


 俺は、もうどうすることもできないと思い、気付かなかったフリで答えた。


「ええホント偶然、元気だった?もう身体は大丈夫なの?」


 相変わらずティーノさんは優しくて、目の前まで来るとそう声をかけてくれた。


 しかし、後ろの男たちの嫉妬するような視線が地味に痛い。


「あ、もうめちゃくちゃ元気です、あの、今日も初めて二層に来て、もうめちゃくちゃ元気な感じで……」


 そんなよくわからない状況に心の準備ができていなくてめちゃくちゃぎこちなくなる。


 そして全てを言い終わる前にティーノさんが俺の肩を掴んだ。


「えっ」


「「おおっ」」


 それから勢いよく上に上げられ、俺は立ち上がる。


 ティーノさんの後ろの男たちから声が漏れる。


「良かったわぁ!はい、みんな注目!!」


 そして俺の身体を持ち上げつつ、ティーノさんがそう叫んだ。


「ええっ」


「「なんだなんだ」」


 状況が理解できていない俺と、それを見つめる男たち。


「この子は古森チューヤちゃんよ!私と平ちゃんのお友達!!今日初めて二層に来たらしいから!みんな仲良くしてあげてね!!」


 続いて、ティーノさんは目の前の男たちにそう言った。


「「ティーノさんだけじゃなくて、川田さんとも友達だって!?」」


「「なんて幸運な奴だ!!」」


「「筋肉はまるでダメだが、骨格はしっかりしている。鍛え甲斐のありそうなやつだ」」


 それに答えるように様々な声が聞こえてくる。


「え、あえ、ええ?」


 突然の紹介に、俺は困惑して何も言えなかった。


 ど、どういう状況なんだろうかこれは。


「さて!それじゃあこれから!例のヤツ始めるわよー!!」


「「うぉおおおおおおおお!!」」


「チューヤちゃんはまだ危ないから、そこで見ていて、さ、行くわよ!」


「は、はい」


「「「うぉおおおおおおお!!」」」


 それから、訳もわからず正座した俺は、何かよくわからない男達の熱いバトルを見続けた。

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