第五十八話 二層の宿
「ほんにゅっほんほんっ」
スライムの身体からは引き締まった腕が生えていた。
目の前のそれは腕をシュッシュッと前に出して、ボクシングのワンツーのようにパンチの仕草を繰り返している。
「まじでふか……」
思いっきり殴られて少し腫れた頬を抑えつつそう声を漏らした。
これが二層か……。
完璧に油断していた。
ただ殴ってくるだけだったから良かったけど、もしもこのスライム?が、毒でも持っていたらかなりやばかった。
これまでの経験で判断してはいけないな……。
俺はそう思って、スライムだからと油断せずにすぐに立ち上がって距離を取る。
「ほんにゅっー」
それを見たスライムはポンッと跳ねてから体を捻り、右拳を後ろに振りかぶりながらこちらに向かってくる。
俺はそのスライムの動きを今度はしっかりと見て、拳が顔面に来る寸前で左に身体を傾けた。
「邪神ッ剣ッ!」
そして、そのまま黒銅剣でスライムの身体を一刀両断。
「にゅう〜」
するとスライムはそんな鳴き声と共に地面に消えた。
「よし」
しっかりと対処すれば倒せる。
でも驚いた、スライムに手が生えてるんだもんな。
名前はなんだろう、ハンドスライム?それともボクサーみたいだったからボクシングスライムだろうか。
まぁとにかく油断は禁物だ。見た目に惑わされるなー俺。
そんな教訓と共に二層で初のモンスターを討伐して少し歩くと、周りでは手の生えたスライムがわんさかいる。
「ブピッブピピッ」
そして、そんな鳴き声と共に次に現れたのはスライムの次に遭遇するモンスター、バットピグ……に似ているが随分と身体が大きくなっていた。
子豚、というより豚だこれは。
大きくなった体に、比例するように羽根も少しだけ大きくなっている。
「ブピピッ!!」
二層のバットピグは俺を見つけるとそう声を上げて突進してきた。
一層な時でも少し迫力があったのに、身体が大きくなっているから余計にそれが増している。
それでも多分対処の仕方は同じだ。
突進してくるギリギリでバリアーを発動して失神させる。
それからとどめを刺す。
だが、さっきのスライムの事もあるから俺はどんなことでも対処できるように心構えして構えた。
「バリアー」
そして走ってくる相手を冷静に見て、ぶつかる間際にバリアーを発動。
幸いにも、二層のバットピグはバリアーにぶつかり失神した。
バットピグとの違いは大きさだけのようだ。
が、
「いったたたたた」
しっかりと構えていたのに、かなり手に衝撃が走る。大きさが違えば衝撃も段違いだ。
やっぱり二層は違う。モンスターが確実にレベルアップしてる。
他のモンスターもそうだろう。
気を引き締めていこう。
――――――――――――――――――――――
それから、俺は周囲でスライムやバットピグの進化系のようなモンスターを倒しつつ奥に進んだ。
この調子だと、トリコやグレムなんかのゴブリン系のモンスターはどうなっているんだろう。
想像して少しゾッとする。
リザードマン並みにデカくなってたら厄介だよなぁ……。
「にしても、そろそろこの辺りか?」
俺は奥に進みつつ、そう呟く。
二層に探索を決めたときから、迷宮の中で一泊する事は予定に入れていた。
野宿、なんて手もあるけど確かこの辺りにあるはずなんだ。
二層の宿泊施設、宿屋。
俺は奥に進みつつ、その宿屋を探していた。
2ヶ月前の遭難者探索の時に、帰りに右田さんから聞いた話だとこの辺りのはず。
「ったくよぉ、だからお前は注意力散漫だって言われんだよ」
「しょうがないじゃない。二層、今日が初めてなんだもんね?」
「んー……」
そうして宿屋を探してプラついていると、前方の岩の向こうからそんな声が聞こえてきた。
その岩を避けつつ進むと、話している冒険者グループが見えた。
「まぁ、何にもなかったから良かったけどなぁ。ワースピグにあれだけ苦戦してっと二層はまだ早かったんじゃないか?」
「んー……」
「でも、倒せたもんね?一層だとリザードマンなんかも1人で倒しちゃうし、ナナリーちゃんは二層でもやれるわよ」
「でもなぁ、いくら瀬戸さんの頼みだからってなぁ……。ま、とにかく今日は終わりだ。宿、行くぞ」
「そうね、はじめての二層なんだし、今日はこれぐらいにしよっか。ナナリーちゃん」
「ん」
と、三人の冒険者が話をしている。
男性に女性、そして女の子……か?
見た感じ甲賀よりも若いような気がする。
でも迷宮に入れるのは16歳以上だから子供でもないのか。
なんにせよ、今あの人たち宿に向かうって言ってたよな?
よし、さりげなくついて行こう。
それからその人たちから少し離れて歩くと、次第にちらほらと冒険者達が見えてきた。
そして、前方にかなり大きな建物が姿を見せる。
城、まではまだ距離があるからこれが宿なんだろう。
想像していたのは一般的な民泊みたいな感じだったが、それを遥かに上回る大きさ。
ちょっとしたスーパーほどある。
周りを柵で囲まれていて、さらにその周辺では冒険者がウロウロしていた。
「なんか、凄いな……」
俺は少し緊張しつつ、勝手に道案内してもらった三人の後に続いて宿に入った。




