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第五十五話 二層へ

 水曜の朝、俺はいつもの迷宮行きの装備を着けて扉のある公園に向かっていた。


 昨日、別れ際に椎名さんに言われたように、おそらく談話室の何処かにあるであろう使用済みのコーヒーカップ入れにカップを入れるため、割れないようにしてそれらをリュックに入れている。


 そして、リュックにはそれと一緒に二日分ぐらいにはなるであろう食べ物とお茶も入れてきた。


 何故、そんなものを持っていくのか。


 そう、俺は今日から明日までの二日で、迷宮の第二層に行こうと思っているのだ。


 というのも、次にいつあるかはまだ知らないが、近いうちに中級冒険者試験を受けようと考えている。


 昨日の槙島さんとの会話で、俺は内心そんなことを決心していた。


 となると、やはり低級冒険者が立ち入りを許可されている二層までは行っておいた方が良いだろう。


 二層で太刀打ちできなければ、中級冒険者になんてなれないだろうし、仮に運良くなれたとしても直ぐに死ぬのがオチだ。


 二層でどこまで自分が通用するのか、俺はこの二日で試す。


 と、そうこうしている内に迷宮のある公園について、おれはその中央に建てられている冒険者委員会に向かった。


 中に入って、二階へ向かう。


 この時間はやっぱり人が多いな、だがこんな朝っぱらから談話室に居るような暇人はそんなに居ないはず。


 速攻で返却口を探してそこにカップを入れる。


 まぁ一応、カップは洗ってきたのだが、それでも返却口があるならそこに戻しておいたほうがいいだろう。


 そう思いながら二階へ上がる階段を登って、談話室に入ると、幸運にも中には誰もいなかった。


「よし、今のうちに……」


 俺は足早に中に入りつつ、リュックに入れてあるカップ二つを取り出した。


 そして、まぁあるとすればココだろうなぁ、と言う場所、備え付けられたキッチンの近くに行く。


「普通にあるじゃないか……」


 キッチンのところに行くと、洗われたカップが並んでいる横に、使用済みのカップを入れてくださいと書かれた棚があった。


 それも凄く分かりやすく、大きなポップに大きな文字で書かれている。


 何故これを見落としたのか、持って帰るという謎の思考に陥ったのか。

 自分で自分を問いただしながら、俺はカップをそこに置いた。


「よし、これでOKだな」


 そうして談話室を後にしようと振り返った瞬間


「うおおっ」


 思わず驚いて声を出してしまった。


 と言うのも、俺の直ぐ後ろに人が立っていたからだ。


 全身袴着姿でぱっと見は女性のように長い黒髪


 それを昨日の椎名さんよろしく後ろで括っているその男性は夜道であったならば武士の幽霊と間違える事この上無しという感じだ。


「えっと……、あの、け、剣道さん…?」


 その男性、宮本剣道さんは猫背のような立ち方で俺の後ろでスッと立っていた。


「古森……くん」


 そして俺がそう言うと、ぼそっと俺の名前を呟く。


 剣道さんとは、三階にある薔薇十字団の休憩室のような部屋でカレーをご馳走になった時と、俺が1ヶ月ほど入院していた時にティーノさんたちの付き添いで何度かお見舞いにきてもらった事があったので面識はあるのだが、名前を言われたのは初めてかもしれない。


「あ、どうも、です……」


 名前を言われた俺は、よく分からないがとりあえずそう答えた。

 微妙な空気が場に流れる。


 甲賀はもちろん、川田さんやティーノさんとはそれなりに面と向かって話す事ができるようになったが、剣道さんとはまだ微妙に緊張すると言うか、なにを話せば良いか分からない。


 俺がもともとそんなに話すタイプではないし、多分だが剣道さんもそうなのだろう。


「あの、その、この前はお見舞いとかありがとうございました……」


 微妙な空気がしばらく流れた後、意を決して俺から話しかけてみた。


「あぁ……、ああ」


 そして剣道さんはそう答え、また沈黙が流れる。


「……あの、剣道さんは……どうしてここに?」


「あ、あぁ……、カップ、がな」


 カップ?もしかして俺が間違えて持って帰ったから何か不都合でもあったのだろうか。


「カップ……ですか?」


 少し緊張しながら尋ねる


「あぁ……、十字団の所の、割れたから……、少しここのを、借りに来た……」


 が、そんな予想は杞憂に終わって剣道さんはそう言うと、俺の後ろをチラッと見た。


「あ、あぁ!そうなんですか!」


 だからずっと俺の後ろに立っていたのか。

 俺が邪魔でカップが取れなかったというわけだ。


 俺はそう言うと、少し横にずれた。


 すると剣道さんはカップを一つ手に取る。


「古森……くんは、どうして、ここに?」


 こんな朝から、談話室に居るのだから当然不思議に思われたようで、そう質問された。


 若干恥ずかしいが、特に誤魔化す理由もないだろうと俺は正直に話す。


「そう、か……。よく、あることさ……」


 よくある事ではないと思うが、気を使ってそう言ってくれた。


「それ、で、今から、迷宮、か?」


 剣道さんが続けて尋ねる


「はい、今日はちょっと初めて二層に行こうかなと思ってるんです」


「そう、か。主も四日前に倒したばかりで、まだ、復活の報告も、ない。気をつけて、な」


 そう言われて、自分が完璧に階層主の事を忘れていたのに気が付いた。


 だが幸い、タイミングが良かったみたいだ。


「はい、ありがとうございます。あ、それじゃあ俺は……」


「そうだ、少し、待っていてくれ」


 そう言うと、剣道さんは談話室を出て行った。


 なんだろう、と思っていると、手に何かを持って戻ってくる。


「さっき、作った。二層に行く、なら食料は大事だ。途中で、食べてくれ」


 と手に持っていたものを俺に差し出してくれる。


「良いんですか!?ありがとうございます」


 食べ物はどれだけあっても困ることはないだろう。それに剣道さんが作ったのならきっと味は絶品だ。


 そうして、初めて剣道さんと2人で話をして食料まで手に入れた俺は、改めて別れを告げてから談話室を出た。


 会話は少し緊張したが、やっぱり剣道さんは良い人だ。


 それから一階で長時間探索許可書を書いて提出した。

 日を跨ぐような探索の場合、低級冒険者はこれを提出しなければならない。


 それを提出したのち、俺は委員会を出てすぐ横にある迷宮扉に向かう。


 カップも返却したし、幸運にも剣道さんから食べるものまで貰ってしまった。幸先は上々と言えるだろう。


「よし、行くか」


 俺は、初めての二層探索が無事に終わる事を祈りながら、そう呟いた。


 そして、ゆっくりと扉をくぐって迷宮に入った。

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