第五十二話 チェイサー
「まず、礼を言いたい。犯罪者の逮捕に協力してもらい感謝する」
その後、追跡者と名乗った男性とその仲間と一緒に迷宮を後にした俺は、冒険者委員会の二階にある談話室にいた。
談話室には俺と指示を出していた男性の2人。
襲われていたカップルは病院に搬送されて、そして襲っていた三人はカネキだったかミナミだかに、迷宮前に来た車に乗せられて何処かに行った。
あの三人は犯罪者だから警察に行ったのだろうか、と言っても1人はかなりの重傷のはずだから病院か。
そう思いながら、おれは自分が腕を切り落とした相手の事を考えた。
この人達に逮捕されたときに簡単な治療を受けて血は止まっていたが、もしも死んでしまったら俺は人殺しになってしまう。
そう考えると、自分がした事が正しかったのか分からなくなる。
確かに俺があの時助けなければ、襲われていた人たちがどうなっていたかはわからない。
ただ、もっとやり方があったんじゃないか……
「あの三人の事について考えてる顔だな」
俺が男性の言葉に返答せずそう考え込んでいると、その人はそう言って立ち上がった。
そして歩いて談話室に備えられているキッチンに向かい、何かを入れる。
多分、コーヒーか何かだろう。
少しして、二つのカップを持って戻ってきた男性は
「あいつらは元々目をつけていたブラックだったんだ。おそらく殺人にも手を染めている。君が助けなければ襲われていた男女がどうなってたか言うまでもないさ」
と言いながら、それを俺の目の前に差し出してくれた。
カップの中には黒い飲み物。やはりコーヒーか。
「あ、ど、どうも」
俺は軽く会釈してそう言うと、コーヒーのカップに手を当てる。
カップの暖かさが俺にかすかな癒しを与えてくれた。
「それに、腕を切り落とされていたやつの心配をしているなら無用だな。あんな奴らでも自分のした事を証言するまでは死なれては困る。応急処置は完璧に施しているからあの程度じゃ死なないさ」
俺は続けて言った男性のそのセリフに心底ほっとした。
やはり、どんな奴であっても俺に人の命をどうこうする権利はない。
どう言う理由はあれ、人殺しになるのは勘弁だ。
「そうですか……、それを聞いて安心しました」
俺は素直にそう返答して、男性が入れてくれたコーヒーを一口飲む。
にがい。
場の流れと雰囲気で流れるように飲んだが、俺は昔からコーヒーが飲めない。
それにこれ、ほとんどブラックに近い味だ。
「それにしても、低級冒険者とは言え三人を相手にして無傷とはな。君はかなりの手練れのようだね。チェイサーでは見たことがないから、サーチャーか?それともフリーランサー?」
俺が飲めないコーヒーに苦戦していると、男性は興味深そうにそう尋ねる。
確かに自分でもあそこまで戦えるとは思ってなかった。かなりスタミナを持っていかれたぐらいでほとんど無傷だ。
初めて人を相手に戦ったからなのか、とんでもない疲労が襲ってきていたし、今も疲れは残っているが、それでも本当に驚きだ。
迷宮装備を手に入れれば上級冒険者の仲間入り
そんな迷宮装備の謳い文句は本当に間違いではないのかも知れない。
にしても、男性がそう褒めてくれたのは嬉しいが少し分からないことがある。
「すいません、その……、チェイサーとかサーチャーって言うのは何なんですか?」
男性が初めに言っていたチェイサー、そして今言われたサーチャーにフリーランサー、どれも聞いたことがない。
冒険者の組織かなにかだろうか?
政府直属の上級冒険者部隊、薔薇十字団なら知っているが、ほかにそう言った組織があるのか。
「……、まさか……、君、本当にチェイサー達を知らないのか?」
「え……、あ、はい……すいません、冒険者になってもう半年は経つんですけど、その殆どをスライム狩りに使っていて……。まともに冒険者として動き出したのが最近っていうか……はは」
俺は迷宮をともに冒険する仲間もいなければ、まともに会話する人もいない。
最近は右田さんや薔薇十字団のメンバー、甲賀達と話すようになったが、迷宮事情みたいなものに関してはほとんど素人だ。
「ん……!?君、まさかとは思うが」
俺がそう言うと、男性は驚いたようにそう口にする。
「え……、なんですか?」
俺は少し緊張して尋ねる。バカとか無知とか言われるのだろうか。
「まさかとは思うが、低級冒険者なのか……?」
だが、男性の問いはそんなものではなく、ごく当たり前な質問だった。
「え、はい。普通に低級冒険者ですけど……」
何を隠そう俺は低級冒険者の中の低級冒険者である。
まだ二層に行ったこともない。
だから普通にそう返答した。
今回の話で10万字を超えることが出来ました。
自分の中で一つの目標だったので、すごく嬉しいです。
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これからも楽しみながら書いていくので、是非読んでもらえたら嬉しいです。




