第五十一話 迷宮犯罪者3
「き……、気を付けろ、こいつただのザコじゃねえ!」
2人の方に剣を構えていると、斜め後ろからそう叫ぶ声が聞こえた。
一瞬それに気を取られてちらっと見てみると、さっきの大男が右腕を体に埋めるようにしてこちらを睨んでいる。
痛覚が麻痺しているのか、さっきまでの悲鳴は挙げていない。
だが、立ち上がれる雰囲気でもないから警戒はしなくて大丈夫だろう。
「くそがあああ!!」
俺がそうやってそいつに気を取られていると、目の前では、一気に間合いを詰めていた2人のうちの1人が叫びながら斧を振り上げていた。
まずいっ!
後ろに避けるのも横に避けるのも無理だと思った俺は咄嗟に左腕を頭の上に挙げる。
「バリアーーーッ!」
そして斧が左腕に到達するコンマ何秒単位前にギリギリバリアーが発動した。
完璧に捉えたと思っていた斧使いの男は斧がバリアーで弾かれて驚いた顔をしている。
思いがけず突然バリアー発動作戦のようになった。
このまま追撃しようと思ったが、今度はその横にいたもう1人がこちらに向かって槍を突き出した。
「くっ……」
俺はそれを身体を斜めにして辛うじて避ける。
しかし、槍の先端は右腹あたりを少しだけかすめた。だが右田さんから買った防具のおかげで痛みは全くない。
それらの攻撃を防いだ俺は、体勢を整えるべく後ろに飛んで2人から距離を取った。
「やめろ!仲間のあの男、このままだと死ぬぞ!俺もこれ以上戦いたくない!」
そして2人に向かってそう叫んだ。
右腕を切り落とされた男はかなり血を出しているし、俺も本当にこれ以上戦いたくはない。
この一連の戦いで、自分がかなり戦えることに驚くと同時に、もしかすると三人を相手でも勝てるかもしれないと感じ始めていたが、峰打ちとかで相手の気を失わせるような技術は俺にはないのだ。
現に俺は、加減ができなくて男の右腕を切り落としてしまった。
それは必然的に、このまま戦えば誰かが死ぬ可能性があるという事。
だが、やらなければやられる。
そしてこのまま2人が襲ってくるなら俺は嫌でも応戦するしかない。
だから、この2人がこのまま退いてくれるならばそれが一番だ。
しかし、
「舐めてんじゃねえぞ!クソがっ!」
「俺たちはな、二層のモンスターだって倒せるほど鍛えてある。佐村になんの小細工をしたか知らねえが、お前だけはぶっ殺す」
佐村というのは、はじめに襲いかかって来た大男のことだろう。
そして、2人はそう言うと退く気は全くないようで、じりじりと武器を構えながらこちらに近づいて来た。
やるしかないのか……。
俺は深呼吸して、2人ともう一度向き合った。
バリアーを前に出して、剣を半身後ろに構えるいつもの戦闘スタイルで待ち構える。
「「おらぁ!!!」」
構えた瞬間、2人が一斉に俺に向かって走り出す。
「うおおおおおおおお!!」
俺も気持ちを奮い立たせるようにそう叫びながら走り出した。
そしてお互いに全力疾走で交わる瞬間、右から斧の横薙ぎが、左からは槍の正面突きが俺を襲う。
それを見て、俺は思い切り足に力を入れて飛び上がった。
甲賀が1ヶ月前に見せてくれた特大ジャンプをまねたのだ。
足に魔力を貯めるイメージ、そしてそれを一気に自分の力に変えて飛び上がる。
かなりの賭けだったが、今なら出来ると思った。
そして実際に、甲賀ほどではないが斧と槍を避けるには十分なほど俺は飛び上がっていた。
「「なっ!!?」」
攻撃を交わされた2人は驚きの顔で上を見上げる。
俺はそのまま2人の背後に瞬時に着地し、2人がこちらに振り返る前に、まずは斧を持っている奴の左腕に剣を突き刺した。
斧は両手で持つ武器だ、片手を封じればその瞬間攻撃手段を奪うことが出来るはずだと思ったのだ。
「うわあああああっ!!」
俺が突き刺した瞬間、斧の男は悲鳴を上げて持っていた斧を手から離した。
「はぁはぁはぁ……」
緊張や何やらでかなり息が切れる。
それでも、俺はすぐに剣を引き抜き、今度は槍の男の方に目を向けた。
男は驚愕した顔でこちらを見ていた。
「ちくしょおお!!」
男は仲間をやられた驚きで一瞬固まっていたが、すぐさま俺に向かって槍を突き出して攻撃する。
俺はそれをバリアーで防ぎ、そのまま受け流す。
「うおおおおおっ!!」
それと共に槍の横に移動して、黒銅剣でそれをぶった斬った。
「あぁ……、あぁ……」
槍は見事に真っ二つになり、武器を失った男はそう声にならない声を出しながら後ずさった。
「はぁはぁ……、分かっただろ!お前たちじゃ勝てない!だからもうやめろ……」
俺はそれを見て追撃することはせずに、男にそう言った。
何故だか分からないが、激しく息が切れていて正直かなりしんどかった。
だが、もう三人とも動けないはずだ……、流石に戦いは終わっただろう……。
「動くんじゃねぇえ!!」
三人を戦闘不能にすることが出来たと思い込んでいた俺がそう思って少し安堵した瞬間、叫び声が響き渡る。
今度はなんだ!?
そう思いながら、驚いて声のした方をみると、右腕を切り落とされてうずくまっていたはずの大男が、呆然と立ち尽くしていた女性の喉元にナイフを突きつけていた。
完璧に油断していた……、もう動けないと思っていたのにどうすれば良いんだ……。
「なめ……やがって……、くそ……、動くなよ!動くな!少しでも動いたらこの女を殺すかっ…」
そう思っていると、男が俺に向かって何かを言い始め、そしてそれを全て言い終える前にバチッと言う電気のような音がかすかに鳴った。
その瞬間、男は意識を失ってバタッと倒れる。
「……?」
立て続けに起こる予想外の出来事に、俺は事態を飲み込めていなかった。
何が起こったんだ?
そうやって俺が今の状況を飲み込めずにいると、倒れた男の後ろ、暗がりから人が数人歩いて来た。
もしかして奴らの仲間か?そう思って、俺は剣を構えた。
「対象完全沈黙。確保しました」
しかし、近づいて来た人達は倒れた男の近くで止まり、そのうちの1人がそう言って男に手錠をかける。
「よし、良くやった。カネキ、残りの2人も確保しろ、倒れている奴と座り混んでいる奴だ。ミナミは女性とこの倒れている男性の保護」
俺が剣を構えたままその光景を見ていると、一番後方にいる背の高い男性がそう言って、前にいた2人がその指示通りに動き出す。
1人は襲われていた人達の保護をし、もう1人は俺の近くに倒れ込んでいる2人に手錠をかける。
2人は全く俺に目もくれない。
何がどうなっているか分からなかったが、敵じゃないのか?
そう思った俺は敵じゃないことを示すためにも剣を鞘に収めた。
正直、剣を構えているだけでもかなりしんどいほど俺は疲れていた。
今の戦いでそんなに体力を消耗したのか?
剣を鞘に収めてからもう一度前を見ると、指示を出していた人物が俺に近付いて来ていた。
ゆっくりと近づいて来るその人物は、細身で髭を生やした目つきの鋭い男だった。
若干警戒したが、男は何もすることなくただ俺の前まで来る。
そして、その鋭い目つきで俺を真っ直ぐと見据えながら、こう言った。
「安心してくれ、俺たちは追跡者だ」




