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第四十八話 再々スタート

 悲しいことに、あれから退院まで甲賀がお見舞いに来てくれることはなかった。


 あの時の無言で帰宅した甲賀の顔を思い出すだけで、胸が張り裂けそうだ。


 あの顔はまさしくドン引きという表情だった。


 友達の家の犬が自分で出したウンコを自分で食べていたのを見た人みたいな顔をしていた。


 自分でもよくわからない例えだが、とにかくとんでもないものを見たという感じだった。


「忘れよう、何もかも……」


 俺は悲しみに暮れながらそう考え、実に1ヶ月ぶりの自分の部屋でテレビ画面に映る美少女と向き合っていた。


 あの個室も良かったが、なんだかんだで自分の部屋が1番かもしれないなぁとか思いながらコントローラーの丸ボタンを押し続ける。


「んふ……、んふふ……、んふはは……」


 それから1週間あまり、俺は迷宮に行くことなく、淡々と積みゲーを消化していき、多くの美少女を攻略して、数多くの魔王を討伐した。


 そして、そんなある日、ふと気が付いた。


「俺、どうしようもないクズやろうになってないか……」



 病室でゲームして、退院しても家でずっとゲームして。


 ご飯も、スーパーに行くのすらめんどくさくて、ちょっと高くても出前をとったりしている。


 入院していた時に迷宮に行かなくてもその分の金額が補償されていたから、実質タダで出前だ!


 とか馬鹿なことを考えていたせいで、その時にもらったお金はもう残り半分ぐらいに迫ろうとしていた。


 ダメだ、このままじゃずるずるとどうしようもない奴になってしまう。


 病院でのあの極楽生活が、俺を思わぬ所へ叩き落とそうとしている。


 俺はそう思って、両手に持っていたコントローラーを置いて立ち上がった。


 そして、ふらふらと顔を洗うために洗面所に行って顔を洗った。


 鏡には、一週間ずっと引きこもってゲームに熱中していた俺、頬が緊張感をなくしたかのように垂れ落ちて、寝不足のせいで目の下にはクマができている酷い顔をした俺が写っている。


「……」


 気付いてよかった、一週間で……。


 このままじゃ本当にダメ人間になる所だった……。


 今日はもう遅いし、明日から……明日から迷宮に潜ろう……。


 とりあえず今日は、部屋の片隅に置かれた装備の手入れをしよう。


 そう考えて洗面所から出て、リビングの隅に置かれている装備一式を見ると、悲しくもわずかに埃をかぶっていた。


 入院した時に甲賀が手入れをしておいてくれたおかげで、あの時の傷や血は付いていないがとりあえず拭いておくか。


「明日から……、明日からがんばるぞ……」


 拭きながらぶつぶつとそう呟く。


 もう今日は夜の7時だしな、

 それに、今やってるゲームも佳境なんだ。


 明日から……


 明日から………


「明日から……」


 俺がそう考えて呟いたその瞬間、頭の中にふとある人物が現れた。


 その人物はニヤリと笑うと、俺の脳内でこう言った。


(ダメだなぁチュウヤくん、明日やろうはバカやろうっ……、今日だよ……、今日を頑張った者にのみ明日は訪れるのさっ……!)


 その人の良さそうな顔の中年男性は、何処かで聞いたことのあるようなことを言うと、またニヤニヤしながら消えていった。


 誰だ……、今の誰なんだ?

 どこかで見たことがある。知り合い?じゃない有名人か何か……。


 あっ……


「今のは……ハンチョー?」


 その人物が誰だったか思い出した。

 入院中に暇だったから読んでいた漫画に出てきたキャラクターだ!


 そうだ、あの漫画は妙に俺の心に突き刺さる名言を連発していた。

 その中にさっきの言葉があった。


 ダメだ、俺はまだあの極楽生活の沼から抜け出せていない。


 そうだよな、ハンチョー……。


 明日じゃない、俺は今までの人生もそうやって先延ばしにしてずるずると来てしまうことが多々あったじゃないか。


「明日やろうは馬鹿野郎だ!」


 俺は頭の中に現れたハンチョーに感謝しつつ、そう叫んで、猛スピードで装備一式を磨き上げてそれを装着した。


 ずっとゲームをしていた焦りのようなものが心の何処かにはあったんだろう。俺は何故かやる気が溢れ出してきていた。


 そして、俺の相棒、青のプロテクターもきっちり左腕に装備。


 剣も腰に付けて、全て整えたところで玄関にある全身鏡の前に立つ。


「よしっ!行くぞ!俺は今から迷宮に行く!」


 ほんの10分ほど前までゲームに熱中していた俺は鏡の前でそう言葉にして、妙に上がっているテンションのままコートとリュックを持って外に出た。


 そして走って迷宮まで向かう。


 久しぶりに走ったから少しバランスを崩しそうになったが、それでも身体は前と同じ、いやそれ以上に軽やかだった。


 そして第五迷宮の扉がそびえ立つ公園に到着した。


 公園では、色々な格好をした冒険者たちが和気藹々としている。


 俺のように今から迷宮に入る者、もう探索を終えて飲みに行く予定を話している者、様々だ。


 なんだか、久しぶりな雰囲気だ。


 1ヶ月ぶりだもんな、

 これだけの間、迷宮に入らなかった事なんて今まで無かった。


 4月に迷宮に潜り始めてからもう8ヶ月、季節は冬になり、もうすぐ世間はクリスマスムードに差し掛かる。


 俺は今から再々スタートだ。

 再スタートはあの襲撃でとんでもないものになってしまったが、今日から俺は気持ちを新たに冒険者生活をスタートさせるのだ。


「ふぅ……、よし」


 迷宮扉の前でそう決意して、俺は深呼吸する。


 そして、ゆっくりと扉を潜った。


 一瞬景色が白くなり、次の瞬間には草原が目の前に現れた。


 迷宮の中ももう暗くなっているが、それでも久しぶりのこの景色は俺に不思議な気持ちを与えてくれた。


 怖いけど、少しワクワクする。


 よし、まずはリハビリに身体を軽く動かそう。


 いきなり奥に進むのはやはり抵抗がある。


 俺はそう考えて、あの懐かしいスライムの狩場に向かった。

最近更新が週1になっていて申し訳ないです。

年末年始少し多忙なので、楽しく書くことが難しくて更新頻度落ちてます。


一段落したらまた更新頻度の方も上がっていくと思うので、これからも読んでもらえたら嬉しいです。

最新話読んでくださりありがとうございました!

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