第四十七話 ギャルゲー
「退院、したくないなぁ……」
俺は1人病室で、ついそんな事を呟いてしまった。
と言うのも、あれから三週間が経った今日、来週には退院出来るねと医師に言われてしまったのだ。
目覚めてすぐに受けた精密検査などの診断は全治3ヶ月だと言うのに……。
今現在、俺の体はほぼ完治に近い状態だった……。
左腕がたまに痛むぐらいで、他はもうなんともないレベルだ。
「なんでこんなに……、早く治ってしまったんだ」
またぼそりと呟く。
もちろん治るのは嬉しい。早く治るに越したことはない。
だけど、ちょっと早過ぎないか。
もうちょっとゆっくりでも良かったんじゃないか。
「もうちょっとだけ……、この生活を満喫したかったなぁ……」
とうとう本音が出てしまう。
そう、俺はこの病室での暮らしにすっかり骨抜きにされていたのだ。
この三週間は本当に最高だった。
ただぼーっとしてるだけで何もしなくてもいいし、ご飯は三食おいしいものが運ばれてくるし、個室だから誰にも気兼ねなく過ごすことが出来たし。
そして何よりここの入院費は全て無料で、そしてそして、こんな生活をしているだけで、本来迷宮で稼いでいたであろうお金が俺の銀行口座に振り込まれるのだ。
はっきり言おう、ここは天国だ。
もしもこれからの人生をここで過ごせと言われたら、おれは即答ではい!わかりました!と言うことだろう。
それほどここでの生活は快適だった。
いや、毎日ただぼーっと過ごすだけなんて退屈で死ぬだろう、と思われるかもしれない。だが、実はそうじゃない。
この個室にはテレビがあり、俺はなんとそのテレビを使ってゲームに勤しんでいた。
一度だけ荷物をとりに家に帰ることがあって、その時に持ってきていたのだ。
もちろん病院にも許可をとっており、体の負担にならない程度なら良いと言ってもらえた。
と言っても、始めの二週間は腕が折れていたのでゲームができなかったんだが、腕が治ってからと言うもの、本当にずっと遊び続けた。
ちなみに今もやっていて、テレビ画面ではお嬢様系の美少女が俺に対して愛の言葉を投げかけている。
はぁ、本当に最高な毎日だった……。
「ふは……ふはは……」
俺はそんな生活との別れを惜しみつつも、残りの期間を満喫しようと、いつも通りゲームをしていた。
今やっているのはギャルゲーで、もうすぐ良いシーンが見られるという期待からつい笑みが溢れる。
トントン……。
俺がそうして不気味な笑みを浮かべていると、突然、個室のドアがノックされた。
「ッ!」
俺は速攻でコントローラーを布団の下に隠し、テレビ画面をリモコンで消す。
「ど、どうぞぉ」
俺のそんな声を聞いてガラッとドアを開けてやってきたのはやはり、甲賀だった。
「やっほ、調子どう?」
そう言いながら甲賀はこちらに近づいてきて、ベッドの隣に置いてある椅子に座る。
ふぅ、テレビを消しておいて正解だった。
もうそろそろ来る頃だと思っていたんだ。
甲賀は、この三週間毎日のようにお見舞いに来てくれている。
それはとても嬉しいことなのだが、俺はこんな感じで甲賀が来る度にゲーム画面をとっさに消している。
それは何故か、簡単だ。
ギャルゲーをやっているところを見られたくない、ただそれだけだ。
「どうしたの?」
俺がそうしてバカみたいにあれこれ考えていると、何も答えないのを心配して甲賀が再び聞いてくる。
「あ、あぁ。具合な、具合。うん、もうめちゃくちゃ良いらしい、と言うか来週には退院出来るって言われたよ」
「ほんとに!?よかったじゃん!」
甲賀は自分のことのように喜んでくれた。
ありがたいなぁ。人にこんなに心配してもらえるなんて今まで無かった。
しかも甲賀のような可愛い女の子にこんなに心配してもらえるなんて、俺は幸せだ。
嬉しいなぁ、ありがたいなぁ。
でも、今はゲームが気になるんだよなぁ……。
俺はそんな事を思いながら、布団で隠しているコントローラーをなでなでと触る。
リアルの可愛い女の子を目の前にして何をバカな事をと自分でも思うが、甲賀をそういう感じで意識するのはダメな気がするんだよな。
なんていうか、甲賀は苦難を乗り越えた仲間だ。
それに、もしも俺がそんな目で見ていると知ったら、甲賀はきっと悲しむだろうと思う。
そもそも、17やそこらの女の子に成人した俺が好意を向ける事自体ダメだし、向けたところで無駄なのである。
だから俺は、今はゲームが気になる。それに、もうすぐギャルゲー最大の見せ場であるキスシーンその他もろもろがやってくるはずなのだ。
どうなるんだ、どんなシーンが見られるんだ!
「もしかして、私帰ったほうがいい?」
「えっ?」
「なんだか、さっきから上の空だしさ。早く帰って欲しそうな雰囲気がアンタから出てる」
俺がギャルゲーの続きに心を奪われていると、甲賀はそう言って、暗い顔をして俯いた。
まずい……、変な誤解を与えたようだ。
俺はただギャルゲーが気になってただけだ。
「いや、ただ有難いと思ってただけだ」
「ありがたい?」
「そう、甲賀がこうやって毎日お見舞いに来てくれるのが本当にありがたい事だなぁとしみじみと感じていたんだ」
変な誤解をされては困るから俺は咄嗟にそう言い訳した。
別に嘘じゃない、本当にありがたいと思っているからこれは本心でもある。
ただ今日ばかりはゲームが気になりすぎているだけだ。
「な、なによ急にそんなっ。別に私は来たいから来てるだけだし。まぁアンタがそう思ってくれてるのは嬉しいけどさ……」
どうやら誤解は解けたようで甲賀は満更でもない感じにそう答える。
「いや、本当に感謝してるんだ。だから決して早く帰って欲しいなんて思ってないさ」
俺はさらに畳み掛けるようにそう言った。
さっきまでギャルゲーをやっていたせいか、妙に恥ずかしい言葉がすらすらと出てくる。
「ばっ、バカじゃん。真面目な顔してそんな恥ずかしい事言わないでよね……、ま、まぁでも?それならもうちょっと居ようかな?あっ、テレビでも見ようかなぁ〜」
甲賀は若干照れ臭そうにそう言うと、場の空気を変えようとしたのかテレビのリモコンに手をむけた。
「あっ」
俺は静止しようとしたが、リモコンを椅子の横にある机に置いていて、甲賀の方が先にそこにたどり着く。
「あっ、ま、待ってくれ!」
という俺の最後の言葉と同時に、甲賀がテレビをつけた。
その瞬間、お嬢様系の美少女がプレイヤーがいるテレビの方に向かってキスしている画面が映し出された。
「古森くん、大好き……」
画面の中の美少女はそう言うとうっとりとした顔でこちらをみつめる。
「こ、これは違う!これは違うんだ!」
俺は恥ずかしさと情けなさで死にそうになりながらも、言い訳じみた言葉を呟きながら甲賀の方を見た。
甲賀はリモコンを持ったまま、固まっていた。
色々と忙しくて、一週間ぶりの更新になってしまいました。
二章はこの話でラストです。
古森中也の迷宮生活再スタートは、謎の襲撃でドタバタになりましたが、三章からは本当に再スタートするべく彼は頑張ります。
これからもよろしくお願いします。




