第四十話 約束
「これが変異体なのか……?」
リザードマンが巨大化したようなそのモンスターは、あたりの木をとにかくなぎ倒して暴れまわっている。
俺たちは咄嗟に近くの岩陰に隠れて息を潜めていた。
「似てるけど違う……、変異体もデカくはなるけどあそこまで大きくはならない。正直見た事ない……あんなの……」
甲賀は俺の問いにそう答える。
変異体ではない何か、上級冒険者の甲賀ですら見たことのないモンスター……。
あの男の仕業だろうか。
あいつの切り札はコイツなのか……。
「一旦ひくか?いくらなんでもアレはやばすぎる」
「そうしたいけど無理ね……、多分私たちを探し回ってるし、それにあのまま放っておいたらどんな被害が出るかわからない」
「誰もここに近寄らないようにすれば被害は抑えられるんじゃないか?確かモンスターは自分の生息範囲を超えて動き回る事は滅多にないんだろ?」
スライムはスライムが生まれるところを離れないように、リザードマンならこの森から外には出ないはずだ。ごくごく稀に変な場所でスライムを見かける事とかがあるらしいが、それは本当に稀な事だという。
すくなくともこの9年間はそうだと、国の研究員が発表したのを冒険者委員会が配布している情報誌で読んだ。
「普通……ならね。でも変異体は違う。変異体は何処までも動き回るし、過去には外の世界に出た事例だってある。もちろん公表はされてないけどね。だから厄介なのよ変異体は。あいつがそうかは分からないけど、それを想定した動きをしないと……」
外の世界にも出た事がある?そんなの聞いた事ないぞ……。
公表すれば確実にパニックになるから隠したのか。
そんな今までひた隠しにされていたであろう事実に俺は驚きを隠せなかった。
しかし、それ以上に俺を驚かせたのは、そう話す甲賀の手が、ダガーを握りしめるその手が震えている事だった。
いつもと変わらない口調で、気の強さが垣間見える話し方をしているが、甲賀が怯えている。
「……」
そうか……、甲賀は逃げたくても、逃げられないんだ。
それはきっと、薔薇十字団だから。
危険があるならそれに対処しないといけない。
もしも危険かもしれないものがあるなら、最悪を想定して動かないといけない、
多分そういう使命感が甲賀をこの場に縛り付けている、
「私が時間を稼ぐから、アンタは逃げて。それでもし出来たら、一層にいる冒険者を外に避難させてほしい」
甲賀はいつもと変わらない口調でおれにそう告げる。
「……」
確かに俺は逃げる事ができる。ただの低級冒険者だから。
いや、逃げるのが正しい選択だと思う。
甲賀の言うように一層にいる冒険者に声をかけて避難させつつ逃げる、それが俺の選択肢の中で、一番正しいものだろう。
今日は特に初心者が多いから尚更だ。
それに、俺も怖いなんて通り越して生きた心地がしない。逃げられるモノなら今すぐここから離れたい。
だが、
「だが……、俺は甲賀を見捨てて逃げられるほど強くはないな」
「え……?」
俺はその一番正しいかもしれない選択肢を選べるほど心が強い人間じゃない。
ここで甲賀を置いて逃げられるほど決断力のある男じゃない。
そして、甲賀を置いて自分だけ助かるなんて、俺の中の正義が許さない。
「あ、アンタ見捨てるって何様のつもり!?まるで私が負けるみたいな言い方じゃない!」
甲賀は俺の答えを聞くと、一瞬呆気にとられたようだが、すぐにいつもと変わらない口調で怒った。もちろんモンスターに気付かれないように小声で。
「じゃあ勝てるのか?あいつに」
俺は甲賀の目を真っ直ぐ見てそう問いかける。
「あ……、当たり前よ。私は薔薇十字団、上級冒険者なんだから!」
甲賀は少し目線が泳ぎながらも、それでも俺の目を見てそう答えた。
「だったら、一緒に倒して一緒に戻ろう。甲賀一人でも倒せるかもしれないが俺がいればもっと確実に早く倒せるだろ?俺は低級冒険者でもコレがあるからな、足手まといにならない自信はある」
そう言いながら俺はプロテクターをぽんと叩く。
そんな俺を、甲賀は戸惑ったような顔で見ていた。
ここで俺を危険に晒すような事をしていいのか、って感じの顔だ。
「……約束、しなさい」
それでも、そんな顔をしながらも、甲賀は何かを決意したように俺の左腕をぐっと掴んで問いかける。
「絶対に死なないって約束!」
問いかけというよりは命令みたいな口調だったが、俺のプロテクターを腕を掴むその手の震えはもう治まっているようだ。
俺もそれを見て、もう迷いはなくなった。
「ああ、約束だ」
記念すべき初クエストがとんでもないモノになったな。
そう思いながらも、俺は絶対に2人で帰ると胸に誓い、甲賀と約束を交わした。




