第三十六話 リザードマン討伐
「ねぇ、アンタいい加減それ撫でるのやめなさいよ、キモいわよ」
「あ、ああ」
感謝を込めてプロテクターを撫で続けているうちに随分近くまで来たようで、もう目の前には森が広がっていた。
この森をずっとまっすぐ行けば川のような水路が横に流れており、その水路を跨ぐように城に通じる道がある。ちなみに城の後ろにはこの迷宮の壁があり、この壁は左右にも広がっている。
ここが迷宮と言われるのはこの壁があるからだ。
城や草原、森など一見すると普通に外のようだが、しばらく歩くと壁にぶち当たる。
超巨大なジオラマ水槽、と言う人もいるがまさしくそんなイメージだ。
「リザードマンの洞穴はこの森の近くなんだっけ?」
この前、川田さんとリザードマンの群れを見たのもこの辺りだ。
「そ、この森を右に進んで少ししたら見えてくるわ」
洞穴の場所を知らない俺は甲賀の後をついて森の中を進んだ。
「リザードマンが見えないな、この前は群れでこの辺りにいたんだけどな」
もしかして、もう共食いが始まっていて変異体が出てるんじゃないかと疑ってしまう。
「あいつら夜行性だからね、昼間はあんまり見かけない。居たとしても単独行動してる奴ぐらいかしら」
しかし、どうやらそれは違うらしい。
夜行性か、確かにモンスターも生きた生物だからそう言う行動特性を持っていてもおかしくない。
倒すとすぐに蒸発して消えるし、気がつけば復活しているからあまり実感が湧かないな。
「あ、あれ」
そうして歩いていると、甲賀がそう言って前を指さした。
見れば甲賀の言う通り、リザードマンが一匹でのそのそと歩いている。
「あ、改めて見ると結構強そうだな……」
流石、階層主を除いて一層で一番厄介だと言われているモンスターだ。同じ人型でもトリコやグレムとは比べ物にならないぐらい強そう、曲剣を持ってるし、あれで切られたら即死だろう。
「まぁリザードマンって二層にもいるレベルだからね、どうする?無理そうなら私が相手するけど」
グレムの時はやりなさいよ、と言っていた甲賀だが、流石にリザードマン相手ではそうも言わないようだ。
でも、ここで甲賀に頼って強くなれるとは思わない。
「いや……、大丈夫だ。俺がやる、甲賀は他のモンスターが近寄って来ないか辺りを見ていてくれ」
「無理だったら言いなさいよ、死なれても困るから」
言ってくれるじゃねえか、やってやるさ。
俺だって冒険者だ。
迷宮にいる以上、危険は百も承知だ……。
スライムの狩場から一歩踏み出したあの日から、俺は強くなると決めたんだ。
そうカッコよく頭の中で呟いて、俺は黒銅剣を鞘から抜いて右手で構える。
そしてゆっくりとリザードマンに近付くと、どうやら相手もこちらに気がついたみたいだ。
「ブワラァアア!!」
リザードマンは俺を見つけると、吠えながらナタのような曲剣を上にかざした。
「……」
予想以上にデカいな……。
子供サイズだったトリコよりもはるかにデカいリザードマンの身体は、多分2メートルはある。
それでも、女王蜘蛛に比べれば……
そう思い気持ちを落ち着かせる。
相手をよく見ろ、まずはヤツの攻撃を予想するんだ。
まずあの手に持った曲剣、あれは絶対に危険だ。
そして次に手の爪、剣よりは危険性は低いが、注意する必要がありそうだ。
足の爪……も、まぁまぁ危険そうだ。あれも注意が必要だな。
そしてあとは……、牙だな。
もしかすると噛み付いて攻撃してくるかもしれない、グレムの時のように鍔迫り合いになったら注意が必要だ。
「あれ、全身凶器じゃん……」
勝てるのか俺……。改めて奴を観察して怖くなってきた。
やっぱり変わってもらうか、なんて考えが出てくる。
が、
「うおおおおおおっ!!」
自分を奮い立たせるようにそう叫んで、俺はリザードマンに向かって走り出した。
外の世界では絶対に勝てないだろう。
でも迷宮の魔力のおかげで俺の身体能力は上がっている。
それに俺には作戦がある、これならきっといける。
いきなり正面から走ってくる俺を見て、リザードマンは曲剣を振り上げる。
よし、予想通りだ。
そして、そのまま俺が目の前に来るタイミングで勢いよく振り下ろした。
「バリアーー!!」
しかし、俺が曲剣に斬られることは無い。
リザードマンの曲剣は、奴が予想していなかったであろうバリアーによって防がれる。
そしてそのままバリアーで力一杯リザードマンの剣を弾いた。
片手に剣だけを持って、馬鹿みたいに真正面から突っ込んできたと思っていたリザードマンは、剣の振り下ろしで俺を殺せると思っていたはず。
それが突然現れたバリアーで防がれ、おまけに押し返されて体勢を崩している。
作戦成功だ。
バットピグの時と同じやり方。
【突然バリアー発動作戦】だ。
普通の盾とは違って、任意のタイミングで発動できるから完璧に相手の意表を突くことが出来る。
今だっ。
「へやぁああああっ!」
俺はすぐさま右手の黒銅剣で、無防備な体勢のリザードマンを袈裟斬りのように斬りつける。
右上から左下へ、この一撃で決める気持ちで力を込めた。
黒銅剣がリザードマンの身体を抉る感触が手に伝わる。
「リルギャアアアアアア」
思い切り身体を斬られたリザードマンは胴体から血を出しながら雄叫びを上げ、後退りした。
そのまま追撃しようとしたが、後退りしながらも爪を、剣を振り回すリザードマンをみて俺も少し後ろに下がる。
「やっぱり一撃で仕留められなかったか……」
切れ味のいい黒銅剣だが、リザードマンの身体を切断するほどの威力はなかった。
だが、かなり深く斬りつけることが出来たはずだ。
リザードマンは傷口を片手で押さえながら無造作に剣を振り回している。
流石にあのがむしゃらな攻撃をバリアーで防ぐのは怖いから、離れたところで奴の動きが止まるのを待つ。
そして……
「グラァ……グララァ……」
ヤツの動きが止まったのを見て、一気に追撃する。
ゆっくりと曲剣を振り下ろしてきたが、それをバリアーで防ぎ、今度は黒銅剣を突き刺した。
それを最後に、リザードマンは完璧に動きを止めて霧のように蒸発した。
「よし!どうだ甲……」
甲賀、倒したぞと言おうとしたその瞬間、前の草陰から物音がした。
うっそだろ……。
見るとリザードマンが二体、こちらに向かって来ていた。




