第三十四話 依頼探索2
迷宮扉をくぐると、目の前に草原が広がる。
久々の迷宮だ、いつもより少しドキドキしてきた。
「よしっ」
お腹の調子も悪くないし、まずは軽く準備運動だ。
そう思い、軽くジャンプしたり身体を左右交互に動かす。
迷宮装備を付けてからマナ、いや魔力の影響で身体が軽く感じていたが、今日は今までで一番軽く感じるな、
この前の捜索で結構歩いたし、それなりにモンスターと対峙したから、もしかしたらちょっと強くなったのかもしれない。
「今日はやけに人が多いわね」
俺が準備運動をしながらそんなことを考えていると、隣で甲賀がそう呟いた。
言われてみれば、入ってすぐのこの辺りはいつもなら低級冒険者がちらほら談笑してたりするだけなのに、今日はそこら中に人が溢れている。
見れば全員、以前の俺と同じ初心者冒険セット、鉄の胸当てに鉄の武器を付けていた。
「見たところ初心者みたいだし、昨日あたりにでも冒険者試験があったんじゃないか?」
「あー、確かそんなこと川田のおっさんが言ってたわね」
甲賀はまぁどうでもいいけど、って感じでそう呟くと奥に向かって歩き出す。
俺も横について歩いていると、やっぱり初心者と見られる冒険者たちがスライムを頑張って倒していた。
そして、所々で微笑ましい光景が目につく。
「ステータスオープン!ステータスオープン!」
初心者であろう冒険者のグループが、腕を前に出しながら必死でそう唱えている。
懐かしいな、初心者はみんな最初はアレをするんだよなぁ。確かに迷宮の中はRPGみたいなモンスターが出るし、ゲームのようにステータス画面が出るんじゃないかって思ってしまう。
かく言う俺も一週間ぐらいステータスオープンを唱え続けた思い出がある。
「俺も初めの頃はあんな感じでステータスが出ると思ってたよ」
そんな微笑ましい光景を見ながら甲賀にそう話しかける。
「ん?何言ってんの、出るわよステータス」
「え?」
甲賀はそう言うと、空中で指をなぞりながらステータスオープンと呟いた。
そして、何もないところを見ながらうんうんと頷いている。
「……」
……もしかして俺が知らないだけで本当にあるのか?
俺は一週間言い続けても何も出なかったのに、やり方が違ってたとかだろうか。
昨日の右田さんの話も知らない事だらけだったし、実はみんな当たり前にステータスとか見てるのか?
「ス、ステータス、オッオープン……」
そんな事はあり得ないと思いつつ若干恥ずかしがりながらも、甲賀がしたように指で空中をなぞりながら呟いて見みた。
ステータスなんて便利なものがあったら色々と捗るし、何よりスライムを半年間倒し続けた俺のレベルとか気になる。もしかしてゲームみたいに称号とかあったりするのかな、じゃあ俺はスライムスレイヤーなんて名前がついてるかも……。
そう思い、ワクワクしながら目の前を見つめる。
「……」
しかし、そんな期待とは裏腹に俺の前にステータス画面が現れる事はなかった。
「ぷっ、ぷははははははははっ」
そして隣から聞こえる笑い声。
見ると、甲賀がこちらを見ながら大爆笑していた。
こいつ、もしかして……
「はぁはぁ……、あ、あるわけないでしょっ、そんなのっ!ぷっふっ」
「……」
騙されたと分かった瞬間、顔が熱くなる。鏡で見るまでもなく、俺の顔は真っ赤だろう。
こいつ、成人男性の純粋な子供心を……。
「スッ、ステータス、オッオープン、ぷっふ」
「真似するんじゃねえ!」
「あははははははっ」
正直言うと一瞬ムッとしたが、甲賀の笑い方に一切の悪意がなくて、恥ずかしいーと思う程度だった。
甲賀は純粋に誰かと迷宮を探索する事を楽しんでいるようだ、
ティーノ曽根さんが言っていたが、年の近い人間と探索に行く事は滅多にないらしいから甲賀なりに場を和ませようとしたのかもしれない。
そんな感じでおふざけをする程度に打ち解けつつ、俺たちはリザードマンの洞穴がある奥地へ向かった。
道中何故かモンスターは全く寄ってこなかった、俺のリュックから漂うにおいぶくろの残り香の影響か、それともこれは俺の推測に過ぎないが、甲賀が居るからかなとも思った。
モンスターにも絶対に勝てない相手かどうかを測る知能ぐらいはあるのかもしれない。
それでも、奥のあたりに行くとたまにだがモンスターが襲ってきた。
片手に錆びた剣を持ってギィギと鳴きながら近づいて来たのはグレムだった。
見た目的には宝箱に潜むトリコとほとんど変わらないゴブリン系だが、この辺りには宝箱なんかは見当たらない。
とすると、あたりをただ彷徨っては冒険者を襲うグレムだ。
「アンタの実力見てあげるから、倒して見なさいよ」
という甲賀の提案で、俺は前に出て黒銅剣を構えた。
女王蜘蛛と対峙しただけあって、この前のトリコよりも落ち着いて相手を見ることができる。
しばらく睨み合いが続くと、先に痺れを切らしたグレムが剣を振り上げながら向かってきた。
俺はそれを剣でうけて鍔迫り合いの形すると、そのままの体勢から前蹴りを放った、グレムはグエッと言いながら後ろによろける。
そして、一気に間合いを詰めながら黒銅剣でグレムの胴体を横薙ぎで斬りつける。
するとその一撃で、グレムは霧のように蒸発して消えていった。
「よしっ!」
やっぱりだ、先週よりも格段に動きが軽く感じる。
全身を包むような温かい魔力が俺の身体全体に力を与えてくれている気がした。
「まぁまぁね、低級にしては魔力が身体に馴染んでるじゃない」
俺が剣を鞘に収めると、甲賀は意外にも普通に褒めてくれた。
まだまだね!私なら1秒で倒してたわ、とでも言うと思ったから意外だ。
「まぁ、私なら1秒もしないで蹴散らしてたけどね」
と思ってたら予想通りのセリフが飛んできた。
そして、そう言ったと思った途端、甲賀は突然ジャンプした。
「えっ……」
いやジャンプというより、もはや空を飛んだレベル。何もないところから、しかも助走無しで5.6メートルは飛び上がった。
そして、そのまま着地する。
「私ぐらい魔力を自分のものに出来てたら、ちょっと軽く飛んだだけでこの凄さよ!」
あんな高さから着地したって言うのに、平気な顔で自慢げにそう言う甲賀を見て、俺は開いた口が塞がらなかった。




