第三十二話 一週間の終わり
「いや、迷宮素材じゃねえと魔力を上手く伝えられねえだろ?」
思いがけない返答が返ってきた。
魔力?いきなりファンタジーになったな、と思っていると右田さんが続けて説明してくれる。
つまるところ、魔力っていうのは俺がバリアーを発動するときに感じていたマナ、川田さんが言っていた迷宮の力の事だった。
人によって呼び方が違うらしい、
でも一応、魔力っていうのが1番ポピュラーな言い方だそうだ。
そして、その力が上手く伝わるのは迷宮素材が使われた装備や、俺の持っているモンスタードロップの迷宮装備だという。
一層程度ならその力無しでもモンスターを倒せるが、二層、特に三層からは、ある程度その力を剣や防具に伝わらせないと勝てないらしい。
つまり、魔力によって剣や防具をコーティングする感じで戦うと攻撃力や防御力が増す、そしてそのためには迷宮素材の装備じゃねえとダメって事だ!と教えてくれた。
「全く知らなかった……」
俺は全てを説明してもらい、少し落ち込んだ。
他の冒険者は知ってるんだろうか、ずっと一人で迷宮に潜っていたから情報には疎い方だが初耳も初耳だ……。
「まぁ、大抵の冒険者は良くて二層止まりだしな、この手の情報はあんまり知られてねぇかもなぁ。でも、三層に行くためには冒険者委員会の中級昇格審査を受けねえと行けねえから、多分その時に教えてくれると思うぜ」
「中級昇格審査……、確か中級冒険者になるための奴ですよね?」
「あんちゃん……、低級冒険者が二層までしか立ち入り出来ないのは知ってるよな?」
「えっ……」
知らなかった……。
「ったく、いいか、まずは――」
俺のそんな返答を聞いた右田さんは、ため息をつきながらも続けて説明してくれた。
曰く、低級冒険者は二層までの立ち入り制限や、俺が遭難者を捜索する時に書いた長時間探索許可証の提出などの制限があるらしいが、中級からはそういったものがなくなるらしい。
右田さんの話を聞きながら、確か冒険者になった時の講習でそんな事を聞いたなぁとおぼろげに思い出した。
あの時の俺、就活でボロボロだったからなぁ……、これだけ覚えていないという事は、多分ほとんど聞き流してたんだろうな……。
帰ったら、もう一度ちゃんと調べないとな……。
確かその講習で本も一緒にもらったはずだ。
「で、どうする?この防具ならその点も大丈夫だし、フルプレートじゃねえから、装備してもそこまで苦にはならないはずだ。今なら二十万、いや在庫処分って事で十五万でどうだ?」
「っ!買いま、ってその前に試着していいですか?」
右田さんが右田さんのために作った防具だ、いくら小さいって言っても俺には大きいんじゃないか。
「それもそうだな」
そう思い、試着してみる。
しかし、それは杞憂に終わった。あまりにもピッタリフィットで二人して笑ったぐらいだった。
右田さん、どうしてこんなにサイズ感間違えたんですか……と思ったが、それのおかげで安く買えるからありがたい事だ。
「毎度あり!また何かあったらすぐメールしてくれよ!俺は来週から迷宮に潜るから、それまでならすぐに対応可能だぜ」
防具一式をしっかりとした防具袋に入れてくれながら、右田さんがそう言った。
「わかりました、色々ありがとうございます!俺強くなりますよ!」
防具を新調して少し浮かれていた俺は、自分でも驚くほど元気にそう答える。
「はは!下層で待ってるぜ?なんてな!気をつけて帰れよ!」
そして手を振る右田さんに、俺も軽く会釈して手を振り返し、店を出た。
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それからいつものスーパーで半額弁当を買って帰宅した俺は、新調した防具を装備して鏡の前でポーズを決めていた。
「はっ!とうっ!さっ!」
かっこいい…、黒の防具に左腕の青いプロテクターがいいアクセントになって凄くかっこいい…。
黒銅剣を片手に持ちながらポーズを決めるとますますかっこいい。
「俺のこの青いプロテクターか……?この中には邪神が眠っているのだよ……」
そう言いながら左腕を突き出すと、これまたかなりかっこいい……。
【バリアー使いの黒剣士】という異名がつくかもしれないな、これは。
俺はしばらくそんな感じでポーズを決めたり妄想したりして、いい加減飽きたところでベッドに横になった。
今日、右田さんに教えてもらったことを半年前に冒険者委員会から配布された本で復習しながらゴロゴロする、
俺もいつかは二層、三層に行きたいと思ってるんだ、しっかりと情報を再確認しておかないとな。
本には冒険者の規則や禁止事項、俺がこれまでなんとなくこうなんだろうな、と思っていた迷宮事情などが書かれていた。
「なるほどなぁ」
しばらく、それらの規則の他に中級昇格審査の事を調べてから本を置いた。
そして、風呂に入って夕飯にしないとな、と思いながらベッドの上で横になり天井を見つめる。
なんとなくこの1週間を振り返る。
思えば本当に濃い1週間だったなぁ。
幸運にも迷宮装備を手に入れて、今まで誰かと話すことなんて全くなかったのに右田さんに出会って、川田さんに出会って。
そして、遭難者を助けるために城まで行って階層主とも対峙した、あれはめちゃくちゃ怖かった。
迷宮外では、密かに憧れていた椎名さんと少し仲良くなれたし、冒険者委員会の夏目さんとも知り合いになった。
薔薇十字団のメンバーはみんな良い人だったし、剣道さんのカレー、あれは本当に美味かった。
そして明日は、そのメンバーの一人の付き添いで初めて依頼を受けることになっている。
「スライムばっかり倒してた半年間とは大違いだな」
それにしても、どうしてこんなに凄い一週間を過ごせたんだろう。
やっぱり、迷宮装備を手に入れたからなのだろうか。
いや、それもあるかもしれないが、きっと勇気を振り絞って一歩前に進んだからじゃないか。
バットピグを倒すと決めたあの時、あの時の決断がこの1週間に繋がってる、なんとなくそんな気がする。
そう考えると、あのスライムしか出ない狩場から一歩前へ踏み出して本当に良かったと思う。
この一週間は辛い事や怖い事もあったけど、本当に生きていると実感する時間だった。
半年間、ずっとスライムを倒して燻っていた俺だが、やっと冒険者としてスタートした、そんな気がする。
これからはもっと前に進もう、そして強くなって迷宮をどんどん探索して、流石に上級冒険者にはなれないかもしれないが、それでも何か迷宮の謎を解き明かす手伝いなんて出来たら最高だな。
そのためにはまずは明日だ、明日は初めての依頼探索だ。
確か、一層リザードマンの洞穴の調査って言ってたよな。今の俺がリザードマンに勝てるかどうかは分からないが、それでも足手まといにならないように全力で頑張ろう。
と、そんなことを考えつつ次第に眠くなってきた俺は、風呂と飯は少し寝てからで良いかと思い目を閉じた。
誤字脱字報告、たくさん頂きました。確認しているのですが、まだまだ多くて申し訳ないです。
本当にありがとうございます。助かります。
11月19日、迷宮設定を少し変えました。低級冒険者は一層までしか入れないと今回書きましたが、二層まで、に変更しました。
三層からが中級冒険者でないと入れない層にします。
これまで誤字の改稿などはしていましたが、内容に深く関わりそうなのはこれが初めてですので次話の前書きでも軽く報告させて頂きます。申し訳ないです。




