第二十七話 お礼
真実は時に、人を傷つける。
本音と建前、それを上手く使い分けてこそ、人は社会で生きていける。
「少し、味が濃いかもしれない」
俺はこの言葉に、本音を混ぜたのだ。
とてつもない味の肉じゃがだったが、恐らくは何か余計なものを入れているんだと思う。
味が濃いと言えば、それを減らすか、もしかすると入れないようになるかもしれない。
俺はその可能性にかけた、と言うか、緊張した面持ちでこっちを見ている椎名さんに対して
「まっずいすねーこれ」
なんて言える人間がどこにいるんだろう。
俺にはとてもじゃないが出来なかった。
俺のその感想を聞いた椎名さんは
「本当に!?私の今まで食べた肉じゃがを思い出して何も見ずに作ったのだけれど、案外上手くいくものね!」
と喜んでいた。今まで食べていたものが気になる。
その後、少しだけ談笑したのちに
「また定期的にお願いしてもいいかしら!」
と言ったので、喜んで、と笑顔で返した。
談笑はとても楽しかったし、いつのまにか敬語も随分崩れて、フランクな感じで話せるようになったし良かったが、最後はうまく笑えていたかどうかわからない。
その日の夜は、これからも椎名さんと定期的に話ができる嬉しさと、手料理にどんな感想を言うのが最適なのかという難解さに頭を悩ましながら寝た。
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次の日、つまりは土曜日。
今日は迷宮には行かずに休息日にしようと考えたのだが、今俺は迷宮のある公園に向かっている。
と言うのも木曜日の朝、かなり疲れていて川田さんや右田さんにしっかりとお礼を言えてなかったからそのためだ。
それに、夏目さんも何か言っていた気がするから、声をかけてみよう。
いつも装備をしっかりつけ黒いコートを羽織って歩く道を私服で歩くのはなんとなく新鮮だった。
右田さんはもしかしたらもう迷宮に入っていていないかも知れないが、川田さんは多分冒険者委員会の三階にいると思う。
水曜日、捜索に出る前に夏目さんが言っていた事を思い出す、
確か、三日後に薔薇十字団が探索から帰ってくるって言ってたよな。
水曜日の三日後、つまりは今日だ。
だとすると、その帰りを川田さんが待っている可能性は高い。
冒険者委員会に着いて、まずは夏目さんに声をかける。
「こんにちはー」
と言いながら諸手続き案内所に顔を出すと、はいはいーと言いながら夏目さんがやってきた。
「あ!古森さん!!」
俺を見た途端そう言って、一昨日はお疲れ様でした!と笑顔で迎えてくれた。
「あれから、四人の健康問題とかは大丈夫ですか?特に、土井くんっていう冒険者の子とか」
大丈夫だとは思うが、少し気になっていた事を俺は聞く。
「はい!あれからすぐに病院に行ったんですが幸い軽い怪我で済んだみたいです!あっ、そういえば古森さん、木曜日あのまま帰っちゃったから渡せてなかったんでした!」
その返事を聞いて安心していると、夏目さんはそう言いながら机の引き出しから何かを取り出して俺に差し出した。
「なんですか?これ」
「冒険者委員会からと、遭難した冒険者の親御さん達から預かった謝礼です!」
謝礼、シャレイ、謝礼!?
お金ってことか?
「いやいやいや!俺こんなの貰えないですよ!捜索に行くって言っても俺結局何もしてないし、そうだ、川田さんや右田さんとか、名前はちょっとわからないんですけど助けに来てくれた方達に渡してください!」
俺は遠慮、というか本当に思ったので素直にそう言った。
「勿論、川田さんや右田さんや中級冒険者の方にもお礼はしました!ですけど今回の捜索で1番頑張ったのは古森さんだからそれは古森さんに渡してくれって、皆さん満場一致でしたよ?」
しかし、夏目さんはそう言ってほら!という感じで封筒を俺に渡そうとする。
本当にもらって良いんだろうか……。
「本当は古森さんに直接お礼をしたいって遭難した方は勿論、その親御さんも言ってらしたんですが、中々会えそうにないのでせめてこれだけでもって言っておられました!」
そう言って夏目さんはほらほら!受け取って!と言った感じでさらにぐいぐい差し出した。
「じゃあ…」
少し遠慮気味に、俺はそれを受け取った。
俺ではなく他の人ほうが適任だとは思ったが、遠慮しすぎるのも悪い。
素直に感謝して貰うことにした。
「なんか、すいません。ありがとうございます」
「いえ!古森さんが捜索に行く!って言ってくださったときは本当に心強かったですから!皆さん無事で帰ってこられたのも古森さんが居たからですよ?もっと胸を張ってください!」
夏目さんはそう言ってぐいっと胸を張るポーズをとる。
その仕草が妙に可愛らしくて俺はクスッと笑ってしまった。




