第二十六話 味見
「うおおおおおおおおおー!」
俺は今、全力で部屋の掃除をしている。
「邪神よっ、我がクイックルワイパーに宿れ!」
ホコリ滅殺っ!投げ捨てている洗濯物焼却っ!
「はっ!シュッシュッシュッシュッ」
俺以外入ったことがない部屋に人が来るんだ。
匂い対策も欠かせない。舞え、消臭力乱舞。
それからしばらくハイテンションで荒療治だが部屋を整えた。
「ふぅー」
何とか、マシな部屋になっただろうか。ホコリや抜け毛はほとんど消え失せ、ベッドのシーツも変えた。散らかっていた漫画雑誌も全部整えたし匂いも完璧だ。
とりあえず、後は椎名さんが来るのを待つだけだな。
そう思いながら、俺はリビング中央に設置されたコタツに座り、なんとなくテレビを見る。
○ステでは、男性バンドが甘い恋の歌を歌っていた。
平均年齢が結構高そうなバンドだが、すごく甘酸っぱい良い歌詞だ、日頃ならどうでも良いが、どうか彼らが大人気になることを願う。
さてと、今は20時40分過ぎ、椎名さんが来るまでもう少し時間があるがどうするか。
弁当食べるか……?いや、ドキドキしてそれどころじゃない。
椎名さんが部屋に来る、あの椎名さんが部屋に来る。
とうとう俺にも春がきたんだろうか。
でも、あれだなぁ。
何しに来るのか正直見当がつかない。
あれから、21時過ぎに少しだけ時間を頂戴!なんて言って、椎名さんは直ぐに部屋に入ってしまったから用件を聞いてない。
「壺とか売られたりしてなー、なんつって」
ないない、あの真剣な表情とどこか緊張した面持ち。
俺にはわかる、これは春だ。
少し遅れた青春が俺にやってきたのさ。
ピンポーン
そう思っていると部屋のインターホンが鳴り響く。
キタ…。まだ21時前だが俺の青春が来た!
「はい!!」
軍隊並みに良い返事をしてドアに向かう、そしてドキドキワクワクしながらも、ゆっくりとドアを開けた。
「こんばんはー……」
私服だ!至福だ。椎名さんはいつも見るスーツ姿とは違って部屋着のようなものに着替えていた。
そしてやはり少し緊張した面持ちで白いタッパーを持ちながら立っている。
白いタッパー?
なんだろうか
「いきなり、ごめんなさい古森さん。でもそんなに時間は取らせないから大丈夫。中いいかしら?」
「あ、ああ、はい。勿論です、ど、どうぞ」
そして、椎名さんを部屋に案内した。
向かい合うようにしてコタツの前に座る。
微妙に気まずい空気が流れる。
「実はお願いがあるの」
先に声を出したのは椎名さんだった。
「な、何ですか?」
緊張しながらおれは尋ねる。
「実は…、これを食べてみて欲しいの!」
すると椎名さんは、思い切ったかのようにそう言ってコタツの上に置いていた白いタッパーをおれに差し出した。
「え、え?」
少し予想と違う展開に俺は戸惑う。
「実は私、昨日から料理を始めるって決心したのだけれど、試食してくれる人が居なくって、美味しいのかどうか分からないの」
そう言いながら椎名さんは白いタッパーを開けた。
中には肉じゃがが入っている。
これは……
春なんだろうか。
「良かったら味見してみてくれないかしら?」
椎名さんはじっと俺の方を見ていた。
これは……春ではない、けど冬でもない、か?
そうさ、女の人の手料理なんて母親の以外食べたことがない。ありがたいことじゃないか。
しかも、椎名さんの言い方からするに、彼女の手料理を食べる男第1号って事なんじゃないか?
嬉しい事だ、予想とは違ったが最高に嬉しい事じゃないか。
「俺なんかで良いんですか?いやー、嬉しいな。ちょっとお箸持ってきますね」
そう言いながら俺は箸を取りにいき、そしてまた座る。
「すごく良い匂いですね!」
「そう?美味しかったら良いんだけれど。正直な感想をお願いしますね……」
椎名さんはかなり緊張しているようだ。
大丈夫ですよ、不味いわけがない。
匂いだってすごく良いし、なにより椎名さんの手料理なら何だって美味しく感じます。
そう心の中で思いながら、俺は一口食べた。
「んあっぷ」
口に入れた瞬間、身体が拒否反応を起こしたかのように震える。
これは食べるものじゃない!と無意識に吐き出しそうになる。
けれど俺はグッとそれを堪えた。
目の前では椎名さんが緊張した面持ちでこっちを見ている。
不味い、とてつもなく不味い。
俺は失礼にもそう感じてしまった。
見た目も普通で匂いも良いのに、どうしてこんなに不味いのか自分でも分からないが、とにかくとてつもない味だった。
「どう……かしら?」
正直に言うべきなんだろうか、
昨日から料理を始めたと言うから、ここで美味しいと言ってしまうと椎名さんの今後の料理生活に関わるかもしれない。
ここは多少残酷でも正直に言うべきだ。
今後のためにも、彼女のためにも。
「少し、味が濃いかもしれないですけど美味しいですね」




