第二十二話 救出2
「はっ・・・!はっ・・・!はっ・・・!」
必死で走っているのにうまく足に力を入れることが出来ない。
地面が歪んで見える。
心臓がバクバクと言っているのがわかる、走ってるからじゃなくて、恐怖と焦りと緊張で激しくなっている。
扉のところから見た時は、そんなに遠く感じなかったのに、いざ走って捕らえられている冒険者の方に向かうととても遠く感じる。
くそ、めちゃくちゃ怖い。
川田さんが引き付けてくれていても、いつ気付かれるか分からない。
それでも、チラッと川田さんの方を見ると、懸命に女王蜘蛛の気を引いてくれている。
女王蜘蛛が絶え間なく出す糸を斧で全て斬り伏せていた。
走れ俺、もっと早く、でも気付かれずに急げ。
絶対に誰も死なせない。これは絶対に失敗できないラストチャンスだ。
うおおおおお!なんて叫んで助けに行けば絵になるかもしれないが、そんな事をすれば女王蜘蛛に気付かれる。
俺は無言で、自分の最大限の力を出して走った。
そして、冒険者が捕らえられている糸のところまでたどり着いた。
冒険者、土井というその男は完全に体の自由を糸に取られていて、気を失っている。それでも微かに身体が息をしているのがわかった。
よし…。
俺は左腰から黒銅剣を抜き、彼に絡みついている糸を懸命に取り除く。
そして、彼の体が糸から離れ俺の身体に寄り掛かった。
俺は後ろに担ぐ形で彼を持ち上げた。
ここで想定外、いや想定しておくべきだった事態が起きる。
めちゃくちゃ重いっ。
男は身長170センチ弱の俺よりも多分10センチほどデカくて、体型もガッチリとしていた。
それにまだ気を失っていて全体重が俺の背中にかかる。
あまりの重たさに、彼の足を引きずる形で俺は扉の方へ向かう。
さっきのスピードで走る事はできない。
まだ川田さんは女王蜘蛛の気を完璧に引いてくれている。
急がないと。
今のうちに急いで部屋の外に出ないと…!
そこで、俺は焦ってしまった。
少しでも早く扉の方へ向かおうと、無理にスピードを早めた。
ガシャンッ
スピードを早めようと彼をぐいっと自分のところに引き寄せた時、彼が腰につけていただろう剣が落ちた。
鞘ごと落ちたそれは石の床に嫌に音を立てて落ちる。
女王蜘蛛と川田さんの戦いに不必要な音が鳴った。
やばい!と思って戦いの方を見る、女王蜘蛛はどうしてる!気がついたか?それとも川田さんとの戦いに夢中で俺には気付いていないか?
「避けるんだ!!古森君!!」
そんなことを考えながら見た瞬間、胴体と足で川田さんを攻撃しながら、首をぐるりと曲げて顔をこちらに向けている女王蜘蛛と、戦いながらも俺に何やら叫んで警告してくれている川田さんが目に入った。
女王蜘蛛は白目のない真っ黒な両目で完全に俺を見ていた。
そして
ブバァッ、と口から何かを吐いた。
まずい!!と思った。避けようとも思った。
しかし、咄嗟なことで、しかも恐怖が頂点に達して身体は固まってしまっていた。
何故か景色がスローに見える。
人間、本気でやばい状況に直面すると脳内で何かが分泌されて全てがスローに感じられるっていうが、それなんだろうか。
段々とその吐いたものが近付いてくる。
あれ系か?糸だ。糸玉だ。
多分食らったら痛いんだろうな、身動きは取れなくなるし多分食べられて死ぬんだろうな。
ちくしょう。川田さんがここまで気を引いてくれたのに、せっかく助け出せたってのに。
避けようにも、どうしても身体が硬直して動かない。
ちくし…
「あんちゃあぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!!!」
もうだめだ、そう思った時
とてつもない雄叫びのような声が、部屋中を震わせるかのように響き渡った。
「ッ!」
その声に刺激された俺の体は硬直がとけ、俺は咄嗟に後ろに背負った冒険者もろとも前に身体を倒した。




