第二話 迷宮装備2
大学入学のために一人暮らしを始めてから5年、ずっと住んでいる慣れ親しんだマンションの前まで来た。
迷宮からずっと走ってたから、めちゃくちゃ息が切れる。
それでも、すぐに部屋に入りたかった俺は、息を整えもせずにエレベーターに乗ろうとエントランスに向かった。
エレベーター前には既に待っている人が1人いる。
「あ、こんにちはー」
後ろから来る俺に気付き、笑顔で挨拶をしてくれたのは隣人の椎名さんだった。相変わらずかわいい。
「あ、こひゅ、こひゅー、どうも…はぁはぁ」
息を切らしながら挨拶を返す俺に、いつも笑顔な椎名さんの顔が若干引きつっているのが見えた。
「なんだか凄い息切れてますけど、大丈夫ですか?」
「え、ええ、いやちょっと急いで帰ってきたもんで…はぁはぁ」
自分でも気持ち悪いと思うが、息を整えるまで仕方ない。
少しすると、エレベーターが降りてきて、2人して乗り込む。
最上階の12階を椎名さんが押してくれ、エレベーターは上がっていく。
「今日も、迷宮?に行かれたんですか?」
エレベーターが一緒になるとき、椎名さんはいつも話しかけてくれる。おかげで12階まで気まずい空気は流れたことがない。
「はい、今日はとても大変でした…」
だいぶ息が整った俺は普通に返答。
「またゴーレム?っていう凄い魔物を?」
椎名さんがそう返してきて、少しびくっとなる。
そう言えば先月ぐらいに、見栄を張ってそんな事を言った覚えがあるなぁ。
「そうなんですよ、もう仲間がね、みんな怖気ついちゃって僕1人でバーンと倒しましたよ」
本当は迷宮に潜り始めて半年、未だぼっちでスライムしか倒したことがないという真実を言うことはもちろん出来ない。
「凄いですねー!」
椎名さんは相変わらずいい笑顔でそう言った。
なんて会話をしていると、エレベーターが12階に到着。
そして、お互いの部屋の前で、ではではと別れた。
俺はドアを開けて部屋の中に入り、カチリと鍵を閉め、リビングへ向かった。
椎名さんとのラッキーな遭遇と情けない嘘に自己嫌悪を感じながらも、俺は例のモノをリュックから取り出した。
「まさかドロップするなんて…迷宮装備」
青白く輝くそれを見ながらそう呟く。
そしてゆっくりとそれを机に置いて、ふーっと一息吐いた。
さて、これをどうするかだ。
迷宮装備は、手に入れれば一攫千金、または上級冒険者の仲間入りと言われているもの。
つまり、売るか、自分で使うかという二つの選択肢がある。
俺は、とりあえずPCを立ち上げて、冒険者専用のオークションサイトを開いた。
そして迷宮装備の取引を見る。
4件ヒットした。剣や防具、モンスター固有素材なんかでは何万件とヒットする全ての冒険者が使うオークションサイトでたった4件だ。
その4件はどれも低級、中級モンスターからドロップした迷宮装備だった。低級といっても俺が倒せる気がしないモンスターだが。
上級モンスターからドロップする迷宮装備が出ていないのは、売るなんて選択肢の考えられないレベルの、最前線の一流冒険者しか手に入れられないからだろう。
迷宮はまだまだ解明されていない箇所が多くある、それを最前線で調査する冒険者にとっては金より力というわけだ。
「でも、俺はスライムしか倒した事ないしなぁ」
1日8時間迷宮に潜ってスライムを狩り続けて、なんとか生活している俺には金か力かはとんでもなく難しい問題だった。