第十三話 トリコ討伐
次の日、おれは昨日のスーパーでの椎名さんを思い浮かべながら迷宮へ向かって歩いていた。
エレベーターであった時ぐらいしか会話したことがなかったが、なんだろうこの喪失感は。
椎名さんは料理好きで家事好きで、暇があれば裁縫をしているような人だと勝手に想像していた俺の頭がどうかしているのは自明の理だが、
それでも、まさか半額弁当と酒のみを買いにスーパーに来るという工事現場のおっさんみたいな行動をするとは夢にも思わなかった。
一人暮らしの女性って案外そういうものなのだろうか。
小学生以来、女子と手を繋いだこともない俺にはわからない世界だ。
と、そんな事をつらつらと考えていると迷宮のある公園までついた。
「気を取り直して頑張るか…」
今日の目標は俺にとって未知のモンスターを倒す。
という事だ。
バリアーを使った戦闘にも随分慣れたし、念のため右田さんからもらった黒銅剣も持ってきた。
安全マージンをしっかり取りつつ、今日はバットピグよりもさらに強いモンスターを倒せるか試そうと思う。
ほんの2、3日前までスライムしか倒したことがなかったのにすごい進歩だ。
しかし、おれは一人で探索しているということを忘れちゃいけない。モンスターに囲まれでもすれば、いくらバリアーがあっても、二層で通用する剣があっても太刀打ちできない。
太刀打ちできないってことはイコールで死を意味する。
自分で自分に釘を刺す、スライムばかりを倒したりしていて薄れているが、迷宮は危険な場所だ。
この迷宮でも死者は出ているんだ。
椎名さんがどうとか言ってる場合じゃないぞ、切り替えろ俺。
「よし…」
と一言呟いた、程よく緊張感が高まるのを感じる。
ふぅーと一息吐いてから俺は迷宮扉を潜った
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「うおおおお、バリアーッ」
意識を左腕に集中させて、何度も敵の攻撃を耐える。
トリコは俺の身体を切り刻もうと短剣を何度も振り回す。
迷宮に潜ってから、スライムやバットピグは勿論、他にもいくつかの低級モンスターを狩りながら俺は奥へ進んでいた。
そして、数時間ほど狩りをしながら歩いたところで俺は岩陰に宝箱が落ちているのを見つけた。
勿論意気揚々とそれを開けようとした
そして、中から飛び出してきたモンスターに攻撃を貰ったのだ。
入る前の緊張感はどうした、俺。
そのモンスターの名前はトリコ、宝箱などに棲まうモンスターで手と足がある人型だ。人間の子供ほどのサイズで痩せ細った体型をしており、長いベロを常に出している。
人型モンスターと対峙するのは初めてだが、見た目的には良くお伽話に出てくるゴブリンのような感じなので抵抗感は比較的薄かった。
が、
「こいつ、人の武器を好き勝手使いやがって…」
宝箱を開けようとして奇襲を喰らった時に、俺は自分の短剣を落としてしまった、トリコはそれを俺より早く拾い上げるとすぐさま俺にきりかかってきた。
手数の多さに防戦一方になる、だが、今は耐える時だ。
剣の軌道に注意を払い、全ての攻撃をバリアーで凌ぐ。
「ウガ!ウガガァ!ウガガガガァ!」
トリコは短剣を力任せに振り回し続ける。
だが、次第にバリアー越しに感じられる衝撃が弱くなり、剣のスピードも落ちてきた。
今だ。
「うおおおらぁああー!」
おれはバリアーで勢いよく剣を弾いた。パリィだ。
何度も振り回し続けて握力のなくなったトリコの手から剣が飛んでいく。
剣はトリコから少し離れた後ろに落ちる。
弾かれた衝撃で尻餅をついていたトリコは、一瞬このまま俺を攻撃するか、それとも剣を拾いに行くかで迷ったようだが、すぐに剣を取りに行く。
予想通りだ、俺はすぐにリュックの中からあるものを取り出した。
トリコは、ウギャッ!と剣に飛びつき、どうだ、拾ってやったぞと言わんばかりに俺の方を振り向いた。
と同時に、予想通りの動きをしたトリコに向かって低い体勢で間合いを詰めていた俺は、剣を持って突き出している奴の両腕に向かってもう一つの剣を振り上げた。
もう一つの剣、後ろに背負ったリュックに入れていた右田さんから貰った黒銅剣。
俺が何も武器を持っていないと思い込んでいたトリコは完璧に油断していたようで黒銅剣の黒い刀身はそのままやつの両腕を切り落とした。
剣と一緒に両腕が落ち、緑色の血飛沫がトリコから噴出する。
「ウギァアアアアアア!!」
なくなった手先を見ながら叫び、トリコは後退りする。
俺は間髪入れずに今度はやつの上半身に向かって剣を突き刺した。
「ガッ…」
声にならない声を発して、トリコは消滅した。
読んでくださり、ありがとうございました。
十三話の題名を「遭難者」から「トリコ討伐」に変更しました。
遭難者の話はこの次の次、十五話から始める予定です。
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