#2 少年、戦う
翌日、僕はもらった一般的な装備で森の中に入った。
「早速今日の任務だが、お前には薬草の採取をしてもらう。気を付けることは何かわかるか?」
「はい。周囲の警戒を怠らないことです。弓などのタイプは例外として、もし近接タイプに接近されても気付かなければ元も子もありません。素早い採取に素早い移動。物陰はチェックすべし、です」
「………お前本当に初心者か」
割と狩りゲーは舐めてはいけない。特に世界的に有名な某狩りゲーは為になっている。採取していたらモンスターに轢かれるとかあるからね。
「初心者ですよ。ただその手の知識が手に入り易かっただけです」
「……そうか」
そういう意味では近接もできるボウガンや弓使いの方がある意味理想と思う。もしくはブーメランで投擲したり、ブーメランそのものを鈍器として扱うのもありということだ。
「じゃあ早速、薬草採取をするか」
「はい。ただここで問題がありまして」
「何だ」
「そもそも僕、薬草がどんな形をしているのかわかりません」
「ああ。昨日渡したステータスプレートがあるだろう? 実はたくさんの機能があって、見つけた草が薬草になるかどうかと判別してくれる機能もあるんだ」
操作を教わり、アプリを開く。まるで某小型端末のようだ。
「そういえば、この世界ってかなり科学文明が発達していますね。僕の世界に似たような端末もありますし」
「俺も詳しいことは知らねえが、この世界って昔に大きな戦争があったようでな。こういうのはすべてダンジョン踏破者が持ち帰った技術の恩恵らしい」
「そうなんですか。もしかして、古代文明っていうものですかね」
「おそらくそうじゃねえか? 確かギルドの図書館にそういった書物があるはずだ。余裕ができたら読んでみるといい」
「是非お借りします!!」
この世界の歴史かぁ。少し興味があった僕は頷き、帰ったら早速借りに行こうと思った。
「まぁ、今はそんなことよりも薬草採取だ。しっかり採れよ」
「ただし、その採取にも上限があるんですよね」
「わかってんじゃねえか」
根こそぎ採ったら繁殖してくれないからなぁ。それは本当に気を付けないと。
「ユウヤ、魔物だ」
採取中、ザンロウさんの言葉に僕は剣を抜こうとする。だがザンロウさんに止められて盾を構えて警戒する。
草が擦切る音がして、殺意の塊がその姿を現す。その体躯はとても常識的な形をしていなかった。
毛は黒く、口に人で言う犬歯部分に大きく長い牙がある。
「隠れていろ。こいつの相手は流石に荷が重すぎる」
「……わかりました」
少し不服だけど、だからと言って流石に困らせることにはしたくない。僕は大人しく木の後ろに隠れる。すると―――
「行かせるか!」
さっきの猛獣が僕を追い、ザンロウさんが間に入って大剣で受け止める。そして吹き飛ばしたところに僕は嫌な予感がしてしゃがむと頭上を斧が通った。今ので木が切断されて倒れてしまう。
「ホブゴブリンだと!?」
「こいつらってこんなところで遭遇するモンスターなんですか?」
「いや、ありえねぇ。一体何が起こっている!?」
ホブゴブリンと猛獣。正しく前門の虎後門の狼というものか。
「逃げろユウヤ! こいつらは俺に―――」
「そうですね。でもいいんですか? こいつらをここにいさせて」
「追って来るな。しかもゴブリンはマズい」
「ですよね」
残念ながら僕のステータスはかなり低い。どれだけ急いでも追い付かれてしまうだろう。
「ゴブリンは僕が相手をします。ザンロウさんはそいつをお願いします」
「無茶言うな。ゴブリンと言ってもホブクラスはD指定だ。今のお前じゃ無理がすぎる」
「なんとかします!」
僕はスキル「ソニックステップ」を発動させてホブゴブリンに突っ込む。ホブゴブリンは斧を僕に振り下ろすが、「ソニックステップ」を重ね掛けして回避した。
「くそっ! 死ぬなよ!」
「もちろん! 亜人ハーレムを完成させていませんから!」
ホブゴブリンの首を切る。だけど僕の技術だけじゃ浅い傷をつけるだけのようだ。
「グォオオオっっ!!」
叫んでいる間に距離を取り、持ってきた袋に少し大きめな石を入れる。ホブゴブリンは距離を取った僕を追いかけてきた。「ソニックステップ」を3回かけてさらにスピードを上げる。
「グォオオオ!!!」
さらに近づくホブゴブリン。僕は木の陰に隠れる―――ようにして剣を収めるとバレないように木を昇った。
僕を見失ったらしくホブゴブリンは辺りを見回す。僕は一番蹴りやすい幹を見つけてそこに向かって蹴り飛び、幹を蹴って勢いよく下に移動してホブゴブリンの後頭部に石の入った袋をぶつけた。
着地の際に何か痛みが走った。割とシャレになっていないようで、かなり痛い。
―――ズシンッ!!
音の方を見るとホブゴブリンが倒れている。剣を抜いた僕は、首の所に突き刺した。
■■■
ザンロウは目の前の猛獣「ブラックパルサー」に苦戦を強いられていた。
(ここまでできる奴だとはな。幸い意識をこっち向かせているからユウヤの方に行くことはないだろうが)
スキル「挑発」を使って自分に意識を向けさせるザンロウ。彼とて今すぐ助けに行きたいぐらいだが、長年のデスクワークが身体に来ているのか思い通りに身体が動かない。それでもBクラス相当はあると思われるブラックパルサー相手と立ち会えるのは今この時点ではザンロウだけだ。
(こうなったら一気に―――いや、このクラスとなると流石に―――)
ザンロウが攻めあぐねていると、突然自分の前に何らかの影が刺した。
「何だ!?」
「ウインドカッター!!」
右手を突き出したユウヤ。手の平には球体が漂っており、球体から真空の刃が何発も射出される。だがブラックパルサーはいとも簡単に回避し、ユウヤに飛び掛かった。
「ユウヤ!」
ユウヤを守ろうと飛び出すザンロウ。しかしユウヤは左手を突き出してザンロウに「待て」と指示を出すと同時に飛び掛かったブラックパルサーの落下地点へと移動し、
「ブリザード!」
ブラックパンサーが現れた氷柱に突き刺さった。急所だったのか動かなくなり、ユウヤが持てる重量を超えていたこともあり地面に置いた。
「……え? ちょ、どういうことだ、ユウヤ」
慌てふためくザンロウ。しかしユウヤは冷静に「リコヴ」と唱えて自分の足を癒した。
「って、回復魔法だと!?」
「え? もしかして凄くマズかったですか?」
「いや。別におかしくはない。誰だって覚えれば呪文を唱えることぐらいできる。だがな、いくらなんでもデビューしたての新米が勉強もせずに覚えるなんてあり得んぞ」
「へ、へぇ……」
ユウヤも今の自分の状況が異常だったと理解したのか、顔を引き攣らせていた。
(ど、どうしよう……下手すれば上の人に目を付けられる)
ザンロウはユウヤが本気で困っていることに気付き、ため息を吐いた。
(これは……常識も教えておいた方が良いかもしれないな)
と、ここでザンロウはある事に気付く。ホブゴブリンのことだ。おそるおそる後ろを向くと、人間と比較して大きな体を持つホブゴブリン―――その死体を確認した。
(……この状況……まるで異界から召喚された勇者たちではないか……)
ザンロウは以前、勇者に対する教育という名目で共にダンジョンに入ったことがある。だが低レベルならがも彼らは「別世界で手に入れた知識」と技術で圧倒し、目標域まで難なく到達した。今では何度もレベルを上げているようだが、詳細は知らない。
(やはり彼も異世界から召喚されたのか? だがジョブは未設定だったはずだ)
未設定とはつまり、職がないということになる。人はみんな15で成人となり、神殿に詣でていくつかの天職を選ぶ。その職によっては学校に行くなどするが、そういうのは貴族など一部の人間だけだ。大体は自己流か、行き詰った時に稼いで入学するかのどちらかである。
(……これからは要チェック、と言いたいところだがな)
果たしてこのまま黙っているべきか、ザンロウは密かに悩み始めた。
☆☆☆
その様子を、魔族の1人が観察していた。
(あの少年。レベルが低いにも関わらずあれほどの動きができるとはな……)
魔族は心から驚いている。だが同時に「まだその時ではない」と思い、動かない。
その魔族に1匹のゴブリンが近づき、報告をする。人間が放す言語とは異なっていて聞きなれないものには宇宙人が話しているように聞こえるだろう。
「そうか。引き続き探せ。殺害対象とはいえ、ヒト族に委ねるのは癪だ」
ゴブリンが一礼すると魔族もそこから離れる。
(しかし。かつて魔族の脅威となったザンロウも落ちたものだ。ブラックパルサー如きに手を焼くとは。いくら新人の付き添いとはいえ……いや、歳か)
その魔族は若く、歳は20代半ば程度に見える。だがかつてはザンロウと何度も刃を交えた強敵であった。
(だが、あの少年はこれから強くなるならば、楽しみではあるな)
人間と魔族では老衰で死ぬ年齢が遥かに離れている。この世界の人間は70~90くらいで死ぬが、魔族は500~1000。感覚も「少し早く死んだか」程度の認識でしかない。
(最近は勇者が現れたとも聞く。捜索は急がねばならないな)
魔族は姿をコウモリへと変え、暗い森へと消えていった。
■■■
部屋に戻ると同時に僕は自分のステータスを確認する。
今回の戦いで僕のレベルは大幅に上がり、今はLv.15。一撃で仕留められたとはいえ、あれが俗に言うビギナーズラックというものかもしれない。
(……今後はもっと強くならないと……)
今後は嫉妬などで僕に対して襲って来る人間もいるはずだ。……いや、ないか。
だって僕はモブモブ男だよ? 僕を狙う暇があったら他の人を狙ってもらいたい。
(………そういえば、他の勇者たちってどうしているんだろ?)
ふと、同郷かもしれないこともあって彼らの事が気になった。べ、別に旅に同行させてもらおうってわけじゃないんだからね!!
(……よし。寝よう)
特に1人だとやることないし、ベッドに入って横になる。今日の疲れを取って明日に備えよう。そう思ったところで―――サイレンが鳴った。
【緊急警報! 緊急警報! ブラックパルサーの群れが襲撃してきました! ギルドに登録している冒険者は至急対処願います!】
僕は急いで着替えて外に出る。下へ降りると受付嬢たちが対応に追われていた。
「聞いてくれ!!」
ザンロウさんが声を張り上げて注目を集める。
「夜中に済まない。だが緊急事態だ。ブラックパルサーが7体ほど街に入った。幸いほとんどの人間が家に入っていたので襲う事はしていないが、民家が壊されるのは時間の問題だ。至急、撃破してほしい。報酬は1体につき100万フォウル」
そういえば、この国の通貨って「フォウル」なんだっけ。何でフォウルなのかは僕は知らないけど、異世界だし気にしちゃダメかもしれない。
「1体100万だと!?」
「流石は緊急クエか。腕がなる」
「ただし、民家に対して被害は出してくれるな。出した分だけ引かれることは覚悟してくれよ」
40人くらいいる人たちが活気に溢れた。これだけの人がいれば大丈夫かもしれない。……っていうか、ブラックパルサーか。もしかしたら僕のせいかな。
「なにしょげた顔をしているのよ、ボウヤ」
「あ、オカマの人」
「クイスよ。今回はワタシと組んでもらうわ」
驚いているとクイスさんが槍を出した。
「あら。これでもワタシは凄腕よ? あなたの戦い、フォローするわ」
「ありがとうございます。行きましょう、クイスさん!」
僕は先に外に出る。後ろに既に戦闘態勢に入っているクイスさん。
「って、ちょっと待って!」
「? 何ですか?」
「インカム、忘れているわ。これを聞いて状況を判断しないといざと言う時に死んじゃうわよ」
クイスさんにお礼を言いつつ、僕は左耳にインカムを装着した。
「そう言えばザンロウさんは?」
「こういう時、彼はギルドマスターでもあるから外に出れないのよ。本当は誰よりも前線に出たがっているんだけどね」
「じゃあ、ザンロウさんの分まで頑張りましょう! 代わりを務められるなんて思っちゃいませんけど」
「最後はマイナスね。でも、前半のプラス思考は良いわよ」
そんな軽口を叩いているとうろついているブラックパルサーを発見した。
「仕掛けるわよ」
「は―――いや、待ってください」
「え?」
すると後ろから弓が飛んでくる。そして雄たけびを上げながら剣士が突っ込んできた。
僕は道を譲り、先に戦わせる。
「どうしたの、ボウヤ。戦わないの?」
「戦いたいですが、チーム同士で同盟を組んでいない状態では取り合いは必須。それに今回のクエストはあくまでも市民を守ることでしょう? 目先の獲物に囚われて周りを見れないのはいかがなものかと思いますし。……金が手に入るのは良いことですけど、揉め事は嫌なんです」
ずっとギルドマスターに甘えるのは嫌だしね。
「……わかったわ。今回はボウヤの意見に従ってあげる」
「ありがとうございます」
お礼を言って僕らはそこから離れる。そして別のブラックパルサーを見つけた。