#1 少年、落ちる
特に考えもなしに始めた小説。ただ書きたかっただけです。
ある日。大きな館の一室で女の子が生まれた。数年経った少女は母親の教育の賜物か、立派なレディとなっていた。その館に所属している従者たちも優しく、少女には父親がいなかったがとても幸せな人生を送っていた。
そんなある日、新たな兵士が現れた。少女は新しい人間に大層喜び、兵士を歓迎した。そして兵士もまた少女を気に入り、まるで実の兄弟のようだった。だが、その幸せも長くは続かなかった。
少女の元に1人の男性が現れる。彼は「旅人」と名乗り、数日休ませてほしいと交渉した。母親は渋ったが、娘が喜んだことで男性は滞在する。
だがその男性は所謂斥候であり、真夜中に合図を送って兵士を呼び寄せた。だが同時に、意図せずある存在をも呼び寄せることになった。
その結果、その屋敷は見るも無残な姿へと果てる。現れた兵士も、その屋敷に仕えていた人間も、母娘もすべてが蹂躙され、殺された。
まるで夢を見ているようだった。気が付くといつも通りの教室で授業が始まっている。休憩中から寝ていた僕は慌ててノートを開いて黒板に書かれていることを記入した。
(……さっきの、何だったんだろう?)
と言っても割と心当たりはあった。最近の日課はネットで小説を読むことであり、最近は異世界転生とかが多いため、その影響を受けて僕の中で勝手に話を作っていただけだろう。教師も他の生徒たちも僕の事は特に注意しなかったようだ。もしくは気付かなかったのかな? ま、それはそれでどうでもいいけど。
(……まぁでも、気になると言えば気になるよね)
あの後、どうなったのか? 導入としては好奇心旺盛な少年少女が現れて探索しているところに、少女の霊と出会うとかっていうのも面白い。もしくはその少女が実は人ならざる者で一人の少年が優しき彼女の心に触れて恋をすると言うのもありだろうか。
などと考えていると、教師が黒板を消し始めているので急いで書き綴っていく。並行思考なんてできる人間の気が知れない。
授業が終わり、放課後。僕は寝ている時に思いついた詩をメモしていると、女たちが僕の方を見てヒソヒソと話をしてくる。恐らくいつもの暇つぶし。攻撃したいけど手頃な奴がいなかったのでとりあえず僕の悪口を言っているだけだろう。別に害はないし、そもそも存在する者に何を言われても平気だ。
続きを書いていく。それが一通りメモを終わって帰る用意をしていると、スクールカーストの上位の人間が目に入った。
(ま、勇者はこういう奴らがなるんだろうなぁ)
とかどうでもいいことを思いながら、僕はそのまま教室を出ようとした時に急に異変が起きた。
いや、それを「異変」として受け取れたのはもしかしたら僕だけかもしれない。
急に教室内に魔法陣が展開され、僕の足元にまでそれが及んだ。
(え? 何でこれが―――)
意識が呑まれていく。消えていく。まるで何かが何かに無理矢理引っ張られるようだ。
(あ……抗えない……)
次第に意識が持っていかれる。周りには誰もおらず、ただ一人黒い世界へと落ちて行った。
僕は、常日頃つまらないと思っていた。退屈な日常。点数さえ取れればいい環境。勉強の日々と言う日常から戦いの日々という非日常に憧れた事は何度かある。そのたびに現実的な思考になり、無理難題だという事に気付かされる。
(実際、その手の書物を見ていると思うけど、チートがなければかなり慎重になるよね)
チートがあるから主人公になれるわけで、チートがなければただのモブでしかない。特に僕みたいに毎日をただダラダラと過ごしている人間が主人公になるって言うのは難しい話だろう。
(……つまらないな)
本当、つまらない日々だ。勢いがある人間だけが日の目を見る世界。いや、僕のような人間は自らモブに墜ちた―――いや、モブを選んだ。
自分の格は自分でわかっている。勢いのある奴らの足場、踏み台。そんな感じだろう。
だからこそ目立たないようにし、これからもそうなると考えていた。
「………」
ふと、目が開いて辺りを見回す。どこかの中学生みたいに天井を見て咄嗟に名言を言えることはないと思った瞬間でもあった。
「あら、起きましたか?」
ウエイトレスか何かだろうか、それっぽい服装をしている女性が声をかけてくる。僕はその女性を見た時、本来ならばあり得ない状況に思わず―――
「う、うわぁああああッ!?」
―――叫んでしまった。
すると下から地響き?が聞こえ、ドアが破られるように開く。ザっと見て戦士とかだろうか? ともかくコスプレをしている人たちが多く雪崩れ込んでくる。
「どうした!? モンスターか!?」
「え? あの、その……」
「………?」
深呼吸し、少し落ち着かせて周りを観察する。ケモミミ、コスプレ……ふむ。なるほど。
「ここはオタクの集いだということですね。理解しました」
「は? オタク? 何だそれは?」
剣士の1人にそう言われて僕は少し疑問を感じた。目の前にいるのは真面目そうな剣士。彼だけが剣士の格好をしているならばともかく、周りも似たような格好をしていた。
「………えっと」
たぶんこれは本気だね。僕を困らせようとしているジョークではない。
僕も返答に困る。たぶん今の発言は彼らにとっては予想外の出来事だっただろうし……さて、どうやってここから切り替えそうか。
「―――ちょっと失礼」
野太い、同時に力強く感じる男性の声が辺りに通る。剣士たちは道を譲ると如何にもハンマーを振ってそうな男性が現れた。その後ろに彼のお付きの人なのか人払いをする人、お盆の上に何かを乗せてベッドの近くに置かれているサイドテーブルに紅茶と思われる飲み物が入ったコップを置いていく人もいた。
完全に人がいなくなったのを確認した男性は開口一番にとんでもないことを言った。
「お前がうちのギルドを壊した奴だな」
「え? 壊した!? 一体どういうことですか?!」
驚いて聞き返してしまう。すると目の前の男性は驚き、それからゆっくりと尋ねた。
「お前さん、どこから来たんだ? 少なくともこの辺りの人間じゃないよな?」
「えっと……たぶん遠いところなんじゃないでしょうか?」
男性の服装も剣士がしていた格好とも違う、制服……上着は脱がされ、ハンガーにかけられているけど、どう見ても服の特色が違うため、そう答えた。
「だろうな。少なくとも、君がしているような格好は最近見て以来だろう。それまでお目にかかったこともないしな」
「……え?」
「最近、神殿で異世界の人間が召喚された」
唐突にそんなことを言われて僕は動揺する。え? 異世界の人間? 召喚?
「俺はその時、案内役として神殿に呼ばれていてな、ちょうどお前さんくらいの歳の男女が6人ほど召喚された。誰もが同じような格好をしていてな。違いは男はズボンで女がスカートをしていたってくらいか」
つまり、この世界に僕と同じ格好をした人たちが来ていたってことか。
ならばどうして僕にはその記憶がないのだろうか? あまりにも使えなくて捨てられたってことかな?
「まさかお前さんも、その人間たちの仲間なのか?」
「………」
少し考えてみる。果たして僕は彼らの仲間なのか、と。
だけど僕は学校じゃハブられているような人間で僕も関わることはあまりなかった。ならば出てくる答えは―――
「たぶん違うかもしれませんね。僕のいたところだと代々同じ服装をしているので知り合いではない可能性が高いです。それならば会わない方が良い」
「……だとしても、どうするつもりだ? こっちじゃ伝手はいないだろう?」
「そうですね……」
ここが異世界。しかもさっきケモミミの女性がいた。となれば、あれもあるはずだ。
「冒険者になりたいなぁ、と」
オタクの憧れ、異世界転移。だとすれば冒険者になろうと思ってしまうのは性というものだ。
だけど男性は驚いた顔を見せ、さっきよりもさらに真剣な顔をした。
「言っておくが、冒険者というのは危険な職業だ。一攫千金なんて馬鹿げたものを夢見ているなら止めておけ」
「まぁ、命の危険はありますよね……」
冷静に考えると、最悪死ぬ場合があるからなぁ。かと言って他に僕ができそうなことなんてなさそうだし……。
「ですが、まずは冒険者をと思います。僕のような者がここでできることと言えばそれくらいしかありませんし」
「………わかった。ならばさっそく登録を済まそう。動けるか?」
「な、なんとか」
ベッドが起き上がると、少しフラッと倒れそうになったけどなんとか持ちこたえる。
「おいおい、無理はするなよ」
「大丈夫ですよ、これくらい」
少し歩くといつも通り歩けるようになり、男性の後に続いて外に出るとさっき見たネコミミの女性がいた。
「あ、マスター。どうされました?」
「新規登録者だ。準備してくれ」
「え? もしかして彼が、ですか?」
マスター? も、もしかしてこの男性はネコミミの人と何らかのイケない関係なのかな? って、そうじゃないそうじゃない。ちょっと気になるけどそっちじゃない。
「あの! さっきはすみませんでした……」
「い、いえ。ああいう反応は慣れていますから」
「え? 慣れてる?」
思わず聞き返してしまった。もしかしてかなり込み入った話だろうか?
「俺はともかく、あまり人間は亜人に良い感情を持っていないからな。特に人間は冒険者としては平均的のステータスなのが一般的だ。それぞれに成長タイプがある亜人は嫉妬の対象になるのさ」
「そ、そうだったんですか……。すみません。僕がいたところだと亜人なんて眉唾ものだと思われていたくらいなので。むしろこんなにも可愛い人に対して叫んでしまった自分が恥ずかしいです」
「き、気にしないでください」
「いえいえ。気にしますよ。むしろあなたならば間違いなく一定の人間にはモテます! というか取り合いになるほどじゃないでしょうか!」
「お、落ち着け、気持ちはわかったから」
男性に宥められて、僕は自分を落ち着かせる。さて、とりあえず質問質問っと。
「ところで、さっき「マスター」って呼ばれていましたけど……」
「ああ、そう言えばまだ名乗っていなかったな。俺の名前は「ザンロウ」。ここのギルドマスターをしている」
「私は「フィナ」と申します。ここで受付嬢をしています」
ふむ。ここは僕も名乗った方が良いな。
「改めまして。ユウヤです。今後ともよろしくお願いいたします」
するとザンロウさんは不思議そうな顔をした。
「? どうしました?」
「………いや、なんでもない」
何か気になることでもあっただろうか? ちょっと知りたかったけど今は余計に踏み込まない方が良いと思ってこれ以上の詮索は止めた。
移動した部屋は大きな水晶玉が置かれていた。
先客がいたのか、如何にもといった格好をした格好をした男性が待っていた。本来ならば占いの館的な如何にもがいるはずなんだけど、今回は違う。
「あらまぁ! 随分と可愛い男の子だこと」
オカマだ。間違いなくオカマだ。おっさんが化粧をしているという状況、正しくそれだった。
僕は吐き気を抑えつつ平静を保つ。
「ま、最初はそんな反応をするよな」
「あら、酷いわね。これでも私、超が10個は付いてもおかしくはない凄腕なのよ」
言われてみれば、有能な人ってオカマな人が多いような……いや、どうしてオカマなんだろう?
「自称かと思われるかもしれないが、本当にすごい奴ではある。どうしてかこっちの道に行っちまったが」
「あらあら。もし聞きたいなら教えてあげるわ。長くなるけどね」
「大丈夫です。適当に「色々あったんだ」と悟っておきます」
「適当って!?」
少し悲惨な顔をしたオカマさんだけど、気を取り直してから僕の身体をくまなくチェックする。
「あらあら、もしかしてあなた、とてもレベル低いのかしら? これじゃあむしろ簡単な装備の方が良いわね」
「……え? 何でそんなことが―――」
「私、これでも「フィルター」という魔眼を持っているのよ。言うなれば相手のステータスをおおよそわかっちゃうってわけ。どんなバフやデバフが付いているか、とかもね」
「凄いですね。あれ? という事は他人の特技とかもわかるってことですか?」
「そこまでじゃないわ。ただなんとなくって感じね。ま、自分よりもレベルが低い相手じゃないと見れないって制限があるけどね」
「それなら最初に相手が強いってわかるから、逆に警戒できますね」
「その通りよ」
「じゃあ見繕ってくるわ」と言って奥に引っ込んだオカマさん。そう言えばあの人の名前を聞くの忘れたな。
「それでは、水晶玉の上に手を置いてください」
フィナさんに言われて僕は手を置くと、水晶玉が置かれている台の下からスマートフォンによく使われる丈夫な側が付いた板が出てきた。大きすぎず小さすぎず、ちょうどいい大きさなので重宝するだろう。
「『ステータスオープン』と唱えていただくとユウヤ様のステータスが表示されます」
「……す、すてーたすおーぷん」
すると見覚えのある表示の仕方でステータスと思われる文字と数値が出現する。
NAME:ユウヤ AGE:16 Lv.1
HP:20 MP:30 A:5 B:3 MA:6 MB:4 S:7
RANK:F
どうやら僕のステータスは初期レベルのようだ。いや、もしかしたら初期ステータスよりも低いかもしれない。
「こ、これはこれは……」
「どうやら、しばらくは誰かがミッションに同行した方がよさそうだな。ちょうど仕事も空いているし、運動がてら俺が付いて行く」
「ありがとうございます」
ギルドマスターだし、頼りになると思う。そんな理由だけど良いかなと思った僕は「よろしくお願いします」と頭を下げた。
時間も遅かったこともあって、とりあえずはギルドが持っている部屋を1室借りることになった。
その部屋は一般的な人間を泊めることを想定しているようで、衣装棚にベッドなど必要最低限のものが揃っている。
僕は改めて渡された装備とショートブレードタイプの剣を見る。盾は円形のバックラータイプ。如何にも軽装って感じだが僕のレベルを考えればこれが妥当らしい。さっきまで着けていて、ようやく精神が落ち着いたので脱いでいる。
(……凄いな、これ)
渡されたステータスプレートを眺める。どこからどう見ても僕らの世界で必需品とも呼べる小型端末のそれだ。ギルドの建物の雰囲気的はあまり先進的とは言えない。
(何か理由でもあるんだろうか?)
すぐとはいえ、明日は僕のクエストデビューだ。そのための準備は怠らない方が良いだろう。
(特に使える効果は積極的に持っていた方がいい)
そこで僕はステータスプレートの中を少し探す。特に自分のステータスのチェックは時間があるならば怠らない方が良いだろう。その油断が自分の命を縮めるのと同じなのだから。
「? スキルポイント?」
まだ戦ってすらいないのに既にスキルポイントがあるようだ。もしかしたら転移した時の特典かもしれないと思った僕は項目を選ぼうとしたところで悩んだ。
(最初に選べるスキルが、ソニックステップにライジングブラストって……)
随分と大層な名前に僕は思わず顔を歪める。いや、でもソニックステップはまだまともだ。言うなれば脚部に強化魔法をかけて俊敏性を高める。だけどライジングブラストの能力は……空気中の大気を吸引によって口に集め、勢いよく発射する……か。冷静に考えるまでもない。この2択ならば間違いなく誰もがソニックステップを選ぶ。
その理由としては、まず僕は基本的にソロになるからだ。明日からしばらくはザンロウさんが付いてくれるから良いとしても、しばらくすればザンロウさんもギルドマスターの仕事に戻る。となると、僕としては一人で戦える術を欲するのは当然のことだ。
(個人的に気に入った人とパーティを組んでみたいとは思うけど、人間でも出生不明な奴とは組みたがる人はいないだろうし)
元々僕はボッチだし、1人の方が気が楽と言えば気が楽だ。
(明日の薬草採取、ちょっと楽しみだなぁ)
そんなことを考えつつベッドの中で眠る。
この時僕は、まさかあんな目に遭うなんて思わなかった。