就寝日和
朝、小鳥の小さなさえずりで目を覚ます。
開いた窓から差し込む日差しは春の訪れを感じ、温かな風は生い茂る緑の恵みの匂いをかすかに運ぶ。
実に良い天気だと言えた。
「ふぁ………」
気持ちの良い天気に、今しがた大きな欠伸と共にベッドからようやく体を起こす。
「んむーっ………」
どうやらまだおねむの様で、起きたものの目は未だ開いていなかった。
「起きた?」
そんな少女の部屋に入ってきたのは、母親だった。
「…………うん」
「休日だからって、だらだらしないの。もう昼よ?」
「………うん」
「確かに今日はいい天気だけど、寝過ぎると今日寝れなくなるわよ」
「だって、気持ちよかったんだもん。今日みたいな日はもうベッドから動きたくないくらい」
「そう言わないで、朝ご飯……というか、もうお昼ご飯ね。食べたら少しでいいからお手伝いして?」
「はーい……」
返事をして、少女はようやくその重たい腰を動かしベッドから下りる。
「食べ終わったら食器は流しに持って行ってちょうだいね」
「はーい」
次に少女が向かったのは昼ご飯の置かれたリビングの方ではなく、自分の寝室にある簡素なクローゼットだった。
まだ起きたばかりで眠たい目をこすりながら慣れた手つきでクローゼットを開く。中には無地のワンピースが数着と下着、寝間着上下セットが入っており、その中から白いワンピースを取り出すと少女は今まで着ていた寝間着を脱ぎ捨て着替え始める。
「ふぁ………」
そして、何度目かの欠伸をする頃にはワンピースに着替え終わり、その場に脱いだ寝間着を持ってそのままリビング……を通り過ぎて洗面台の方へ行き、服や下着が入った洗濯用の籠へと持ってきた寝間着を放りこむ。
それからようやく、少女は洗面台に行き、井戸から酌まれたの水を洗面用の桶に必要分移し替えると、眠気を吹き飛ばすようにしてバシャバシャと顔を洗う。
「ふぅーっ」
一息ついてから濡れた顔を布巾として活用している布で拭くと、ようやくリビングの方へ行き、座った。
「いただきます」
手を合わせ、いつものように挨拶をしてからご飯に手をつける。
作られてから時間が経っているのか、少々冷めてはいるが、それでも少女は心底おいしそうに本日の朝ご飯を口にする。
今日の献立は今朝取れたのであろう鶏小屋の卵を溶いて炒めたもの、森で取れた新鮮な野菜、そして自家製のパンだ。
「ふぅ、ごちそうさまでした」
手を合わせて、食べ終わった挨拶をする。
そして素早く食器を重ねると今度は台所の方へ食器を持っていきそのまま流しへ食器を置くと、少女は次に手伝いをするため行動を開始した。
台所から出てリビングを通りそのまま外へ出る。
すると今度は昼頃の温かな陽に包まれ、手伝いのことも忘れて少女は少しだけ太陽に向かって伸びをした。
「うーん…………すごい気持ちいい。お手伝い終わったらまた寝ようかな……」
「ちょっと、お手伝いするんなら早くなさい。今日は商人さんが来るから、薬草と乾燥させた食べ物の準備、お願いできる?」
そこへ、洗濯籠を持った母親が通りかかった。
中には先ほど入れた自分の寝間着が見て取れた。
「私は洗濯に行くから、一人でできる?」
「うん! それが終わったらまたご本読んでもいい?」
「ええ、いいわよ。それじゃあよろしくね」
「はーい」
それを聞いて、少女は家の裏手の方へ走っていく。
裏手へ回るとそこには太陽に向けて乾燥させたキノコや薬草がビッシリとザルに乗せられていた。
「わぁ、今日も沢山出来てる!!」
それは昨日母親と一緒に森の方へ行き収穫した商人へと売り物だ。
商人はこの村へ来ると生活品や食品といった物の他に、物の取引も行っており、町で売れるものなら商人が買い取ってくれるのだ。
そして、この少女と母親の収入源は主にそれで稼ぐお金であり、幼い頃父親が死んでから、いや、父親が死ぬ前からこうして森へ言って薬草や特産であるキノコを乾燥させ保存を利かせると、商人が来た時に売りつけるのだ。
少女はその手伝いを父親が死んだ三歳の頃から五年間、母親を少しでも助ける為にこうして手伝いをかって出ていた。
今では森へ行っても食べれるキノコ、売れるキノコ、毒キノコをしっかりと見分けることもできるし、薬草も、育てるべき若葉と質のいい葉、そうでない葉とをしっかりと分けて採取できている。
乾燥させる時だって、今では形を崩さずに綺麗に乾燥させることができている。
後はこれを売却用の少女をすっぽりと隠せる程大きな籠の中へ入れるだけだ。
「よしっ!」
少女は頷き、行動を開始する。
それぞれ干してあるザルを行き来して状態を確かめると、少女は大きな籠の方へザルを運び傷をつけないようにして入れ始める。
一見適当に見て適当に入れているようにも見えるこの作業だが、実際のところ少女は一目見てから高く売れるものと売れないものを選別し、それぞれキノコと薬草別々の籠へ入れているのだ。
これを熟練のハンターや森に精通するエルフ何かがみれば、かぶりを振って目を見開くだろう。
こんな年若い少女が少し見ただけで高質なものとそうでないものの振り分けができているのだから。
本来ここまでの目を養うには何十年と森によりそい、やっと手に入る経験の賜物なのだが、この少女はそれを数年で手にして見せたのだ。
「ふぅ、終わったー」
それも、かなり手際がいい。
生活の一部のように、少女は選別を終わらせると今度は走らず、慌てずに裏手から玄関の方へ歩く。
「おお、レイティアちゃん。こんにちは、お母さんのお手伝いは終わったかい?」
「あ、お隣のおじいちゃん! こんにちは! 今終わったの、明日は商人さんが来るからまたキノコと薬草持って行く準備してたんだぁ。どれくらいになるかな? お母さん喜んでくれるかな?」
「おぉそうかそうか。レイティアちゃんはこの村の若蔵よりもたくましくてえらいなぁ。わしの息子にも見習わせたいくらいじゃ」
「えへへー、でもスヘルおじさんは村を悪い人から守る守り人さんだから、わたしよりずっとすごい人だよ!!」
「そうかー? あいつはまだまだ、わしからすれば小童じゃよ。まぁそれでも望んで守り人になった分、偉いほうかのぅ。レイティアちゃんは何か将来の夢とかあるんかの?」
「うん、あるよ! 病気の人を治すお薬屋さん!! だってそうすればお父さんみたいな人も居なくなって、悲しくならないですむでしょ?」
「そうか………そうじゃな。うむ、レイティアちゃんは優しいのう」
おじいさんは、歳のせいか、涙ぐむのをぐっとこらえ、よしよしと優しく少女の頭をなでる。
「大きくなって、勉強して、薬屋さんになったらお母さんに楽をさせてあげなさい」
「うん! またね、お隣のおじいちゃん!!」
「ああ、今度はお母さんも呼んで家に来なさい。夕飯をご馳走しよう」
「わーい、今日言ってみるね」
そう言って、少女は再び元気よく玄関の方へ走って行った。
「本当に、可愛い子じゃ。いい子に育ってくれたのう」
そのちいさな背中に告げるように、しみじみと語る。
「さて、良い天気だし畑仕事でも再開するかの」
見えなくなると、おじいさんは畑の方へ足を運んだのだった。
「ただいまー。お母さん、お手伝い終わったよ!」
「あら、結構早かったのね。ありがとう」
「ううん、いつも助かってるから当然だよ」
「いい子ね、それじゃあ私はまだ洗濯物を洗わなきゃいけないからご本でも読んでて」
「うん!」
その言葉を聞いて少女は目をきらめかせながら玄関をくぐって寝室へ向かっていった。
「ふぅ、ようやく貯まったし、明日ね」
疲れを取るように首を回し、母親は洗濯を続ける。
寝室、少女はまた此処へ戻ってくると、朝の眠気など吹き飛んだかのように、ベッドの足元に立てかけてある数冊の本の内、少女の大好きな薬屋の話を手に取ると本を広げる。
内容など、何回も何十回も読んで全て頭に入っているが、それでも、展開がわかるとしても少女はこのどこにでもあるような絵本の話がとても好きだった。
それは、亡くなる前の父親が、最後に読み聞かせてくれたものだから。
「♪~」
それを鼻歌混じりに広げ読み進める。
小さな少女の、小さな小さな小瓶にまつわる、不思議な薬のお話。
小さな少女はある日、困っていた商人を助け、お礼に小さな小瓶に入った薬を受け取り、その薬を最初は病気の母に、村の村長に、ひいては国の王子様に。
他人の不幸を良しとせず、他人の幸福を求めてどんな病も治す不思議な薬を人のために使い続け、やがて少女を取り合って村々の争いが起き、それが国と国の戦争に発展し、遂にはそれを止めるため少女自身が小瓶の薬を全て服用し、最後は死んでしまうという、悲しいお話。
けれど少女はそれを好んで読んでいた。
「また、そのお話?」
気づけば、昼をとっくに過ぎ、さっき洗濯をしていた母親も洗濯を干し終わり家に帰っていた。
「うん、大好きだもん!」
「でも悲しいお話でしょう? もっと楽しいものを読んだら?」
「ううん、これがいいの」
「そう……」
「えへへ…………ふぁ………」
「眠いの?」
「…………うん、きょうはおひさまがあったかいから、いつもよりすごくねむい……」
「お昼寝でもしたら? 今日くらいは少し遅くなってもいいから」
「いいの? じゃぁ寝る」
また一つ、大きな欠伸をする。
絵本を読んでいて気づかなかったが、ここ最近どうやら疲れがたまっているらしい。
「そうだ、ちょっと待っていて」
「? うん」
母親は何か思いついたのか、少女の寝室を出た後、少ししてからコップに水を入れて持ってきた。
「前に疲れが取れるって商人さんから譲ってもらったお薬があるから、飲んでみて。次起きた時にとってもすっきりするの」
「本当? 飲む」
そして、渡されたそれをゴクゴクと飲み干した。
「はぁ――――――」
それを見ると同時に母親は大きなため息をつく。
「お母さん?」
「…………何でもないわ」
「そう? 辛くなったら、すぐ言ってね。私お母さんのためにマッサージとか頑張るよ!」
「大丈夫よ、もういいから寝てしまいなさい」
「はーい。…………ふぁ」
眠たさが限界だったのか、少女はそのままベッドに入り、すやすやと寝息を立てて眠った。
「ふぅ、ようやく解放されるわ」
肩の荷が下りたかのように、母親は少女を見る。
「本当、今日はいい天気よね。絶好の終身日和だわ」
そうして少女は、眠る。
――――――――永遠に。