第十七部
「ちょっと待て」
口を挟んだのは連隊長だ。
プロジェクタスクリーンの奥は、先から言うように、通信機器スペースがある。それは壁沿いに在り、それより手前には長机がプロジェクタスクリーンと直角の位置に何列も並んでいる。その長机には、本部管理中隊の指揮所要員が並んで座り、彼等の顔がモニタに因て照らされている。
キーボードの音は、より一層大きくなった。
暫くして、隊員が紙束を抱えて席を立つ。
それを隊員が私達に配るので、流れに身を任せて、それを受取った。
そこには、「ロ号作戦変更概要と詳細」とあった。真北三佐が連隊長に、話していたのはこれだ。大体予想通りだった。
図解されていて非常に分り易い。
第弐号作戦概要に於ては、作戦概要が幾つか定められている。つまり、作戦に次ぐ作戦が用意されていた訳だが、今回は違った。明確に、一つだけが決められていた。
これの良い点は、錯誤が生まれないと云う事だ。作戦が複雑であればある程、個個人に認識の齟齬が生まれ、作戦が十分に遂行出来ない可能性が在る。私が複雑な作戦内容を時間を掛けて下達したとしても、それが正確に、その意図までもが伝えられるかと聞かれても肯定的な返事は返せないかもしれない。
幹部課程で出会った教官が、座学で「戦場では、誤解の悪魔が貴様の部下を唆す」と仰っていた。
戦いの原則の一つ、「簡明の原則」だ。
戦場では、錯誤が当り前のものとして、我々はそれを防ぐ為に出来るだけ簡単に、指揮者の意図までも確り伝えなければならない。
何故、指揮者、つまり指揮官の意図が戦いに必要なのかは、「目的」と「目標」にある。
これも戦いの原則の一つ、「目的の原則」だ。
一般的に定着した言葉では「5W1H」がある。無論だが、「何時、何処で、誰が、何を、何故、どの様に」を纏めた言い方だ。これを明確に定めれば、誰もがその計画を知る事が出来るだろう。
例えば、私はペンを手に取ろうとしているとする。この時、目的は「ペンを取る事」にある訳が無い。何か書こうとしなくても、そのペンを見たりそのペンを使って溝に落ちた物を取ったりする筈だ。この時、目的は「文字を書く」にあるとする。そして、それを達成する為の手段、つまり目標として「ペンを取る」を私は選択した訳だ。
ここで、「ペンを取る」を目的としてしまうと、私はそのペンを取ってどうしたら良いか分らなくなり、早々とそれを元に戻してしまうだろう。
また、「文字を書く」事を末端の兵まで知れ渡っていれば、現場でペンを取る事が困難と判断し、独断専行で鉛筆を取ることも出来る。
故に、指揮官の意図迄も伝える必要があるのだ。そして、それを下士官にまで徹底すればする程、集団は強くなる。日本等の民主主義国家では、職業軍人の指揮官は勿論、最高司令官たる国家元首の意図も汲取り、徹底させる必要がある。
国家元首が、大々的に口を出す場合、それは限定戦争となる。戦後起こったものは、殆どこれだ。それは、戦争を外交利用するものだ。外交の最終手段が戦争と言われる事もあるが、外交自体に戦争や軍事行動を使ってしまう事が、世界各地で起こってしまった。とある中東の戦争では、和平の為に戦争を行った国もある様だ。然も、それは成功し、戦争に負けたのにも関わらず国家元首の「和平成立」と云う意図が叶ったと言う。
話を戻して、この様な単純明快な作戦には弱点がある。今回、作戦案は一つに変更され、代案が無い。詰まる所、背水の陣を強いられたと云う事だ。
よく見れば、不測事態に対する対処法が場面毎に事細かに考えてくれているが、どれも作戦が中止となるか延期となるものだ。
「皆さん、渡りましたかね」
司会役の男は退き、真北三佐がマイクを持ち前に出た。
「代わりまして、私が説明を致します。先の威力偵察を踏まえ、作戦の概要を大きく変更致しました。先ず、敵情です。敵が行進を開始した事で、正確な敵勢力が解明されました。敵は八個師団。行進列の縦深は約三キロメートル。敵歩兵部隊が一・五キロメートル程、馬車等の車輛や兵站部隊と思しき部隊が零・五キロメートル程の列を成しています。単純に考えて、敵の後方連絡線は伸び切ります。そこで、第弐号作戦概要にある第三概要を元に、新案を作成、先程承認を得ました。第ロ作戦及び秘匿の名称は変りません。敵と接敵するのは凡そ六時間後となるものと見込んで居ます」
真北三佐は、つらつらと作戦の概要を略語をふんだんに用いて説明してくれた。
作戦の概要を見る限り、それは美しいものだ。綺麗なものだ。
攻撃行動を企てる際に試案すべきは、一に迂回、二に包囲、三に突破だ。
今回、迂回が選択されている。敵が略徒歩行進である事に付込み、完全自動車化された普通科が国境線である山脈と壁外駐屯地との間にある森林を迂回して、敵が行進した通路に沿って後方から襲撃するというものだ。
それの成功率を上げる為、第弐号作戦第三概要として立案された「戦闘前哨戦と防衛線を敷いて、戦う」のを応用する。
つまり、同じく戦闘前哨線、防衛線を設定し、攻撃発起位置とする。そうして、行進する敵部隊と会敵し、敵を拘束する。我の迂回部隊の奇襲の成功確率を上昇させるのだ。
勿論、我の航空部隊も活用する。巻口連隊長が、直々にビルブァターニの壁内へと向かったのは、敵の越境を知らせるのと出兵の依頼、自衛隊の防衛行動の許可を帝書記長へ促す為だ。
派遣隊に所属する航空機は、第一次派遣隊のCH-47Jが二機とOH-6Dが一機、第二次派遣隊のUH−60JAが二機。加えて、海上自衛隊のSH−60KとMCH−101だ。
ビルブァターニからは、先程出兵の確約が得られたらしく、CH-47J弐機とMCH−101七機をビルブァターニ軍の基地へ飛ばして展開支援を実施する。空輸を自衛隊が行うのだ。
目的、主動、集中、経済、機動、奇襲、迂回、拘束、空中機動、先制攻撃。これ程まで要素を詰め込んだ作戦は、無いだろう。演習の様な綺麗な作戦だ。
「まあこの様に、私達としても鼻が高いものが出来上がりました。周知徹底御願いします。それでは、再度簡単に詳細を」
私は、これを聞いて、メモとペンを取出した。
「先ず、現在既に始ってますが、中央即応連隊施設中隊、以後ECoとします。ECoが戦闘前哨線及び防衛線の陣地占領、並びにLCOPに於ける障害敷設とLDefに機関銃陣地等を建設します。それが完了したら、部隊の展開を迅速に始めます。CRR第一中隊、74と90の混合小隊、戦車小隊と第十二特科隊第一射撃中隊が、攻撃発起位置たる駐屯地を出発します」
真北三佐は話しながら、何処からともなく指し棒を取出し節の衝突音がこちらまで聞こえる程勢いよくそれを伸ばした。
「ここが分進点で、1ArCoは、定められた射撃陣地を占領に向かい、TKPtはLDefに展開します。同時に、HMG手等を防衛線に残置したECoと1Coは合流し、攻撃開始線へ急行します。敵が障害と衝突したら、攻撃開始となります。その報告を受けたCRRは、LDを出発し、敵が行進したであろう進路を進み奇襲効果を狙います。敵を見掛けたら、各自の判断で射撃して構いません。然し、射撃を開始したのであれば、止めないで下さい。戦果拡張をするまでが奇襲ですよ」
簡単に言わないで欲しい。教師が児童に「帰るまでが遠足ですよ~」と言う事とは全く違うのだ。
……個人的には、少し好きな冗談だ。
読んで下さり有難う御座いました。
ルビばかりになってしまいました。申訳御座いません。
アルファベットの羅列で理解出来る幹部自衛官って凄いですよね……。
攻撃開始線の使い方、合ってますか? 正直、これは定義が分らなくて……。




