第十六部
「前偵オート、前偵オート。こちらCP。威力偵察第三波、命令変更。LAMの対榴射撃は、信管を伸ばさず射撃するものに限る。送れ」
「こちら前偵オート、命令変更含めて了解。LAM、対榴、そのまま射撃する!」
110mm個人携帯対戦車弾、通称LAMの主要弾種である対戦車榴弾、通称対榴は、本来で有れば信管を伸ばして射撃する。そうしないと、センサーの役割を持つこれの信管が戦車等の装甲等を感知出来ずに弾体が衝突してしまい、成形炸薬の効果を十分に得られなくなってしまう。
硬い金属に因り分厚く造られた装甲は、貫徹が難しい。それを解決する為に用いたのが、成形炸薬に因る効果だ。簡潔に言うと、これが爆発すると、爆炎等に指向性が帯び、爆発エネルギーを一点へ集中させる事が出来る。因て、射撃対象物に穿孔出来る可能性が高くなる。
少し、違うかもしれないが、針や削りたての鉛筆等の先が尖った物は、余り尖って居ない物に比べて痛かったり刺さってしまったりしてしまう。中学校で習う理科でこの様な事を習った筈だ。それを想像して貰えば、容易く理解出来るだろう。
で、成形炸薬を用いた弾薬は、弾着してから爆発するのでは効果が著しく低下する。少し手前で爆破させるのが、一番効果的なのだ。その為、対榴は本来、信管を確り伸ばしてから射撃する。
これをしない場合、着発となり「対戦車榴弾」から只の「榴弾」と化すのだ。
「後方良し!」
「射撃準備良し! 目標、敵集団! 距離五百! 射撃用意!」
前進偵察隊に編成されているオート隊員二人が、手際良く発射手順を熟していく。その手順から、信管を伸ばす工程は削除されている。
「てぇ!」
流石にこれの発砲音は、防衛費を切詰めて購入したカメラやスピーカーであっても圧巻であった。一瞬の音割れの後、小石がぶつかる音しか聞こえなくなった。
まあ然し、直に鼓膜を通すのが、と言うのは無論であるが。
「鳶01より、報告。LAM、対榴、着発射撃による効果は、限定的。装甲の無い歩兵に対しては、一定の効果が得られたが、装甲のある者に関しては致死に至って居ない。具体的には、装甲の無い歩兵は動かなくなったが、装甲のある歩兵は若干名活動を再開している」
「此方CP、了解。威力偵察、第四波へ移行。鴉は、敵上空へ前進し、HMGを非装甲化歩兵及び装甲化歩兵に対し射撃せよ。前偵オートは、直ちに回収地点へ転進。鳶01、02は、回収地点で前偵オートを速やかに回収し帰投。送れ」
「鴉、了解」
「前偵オート、了解」
「鳶01、了解」
「鳶02、了解」
又、聞かないコールサインが出たので、すかさず第弐号作戦概要を見る。
「鴉」は、UH-60JAの事らしい。然も、聞く限りHMGを搭載している。
オート隊員は転進を始め、LAMにより離散してから再集合をしていた敵集団は、只でさえ相手の松明等のひもじい光で確認せざるを得なかったのに、遂に見えなくなってしまった。そして映像は切替り、一気に上空へと飛ばされた。
「目標、直下の敵歩兵! HMG、弾帯全て! 撃て!」
HMG銃手の声は、千八百馬力ものエンジン弐基の騒音に因り僅かにしか聞えない。
USB端子の小さなスピーカーが、振動板を目一杯震わせ、如何にかHMGの、魂に語り掛ける様な射撃音を表現した。画面外からは、明らかに揺れている空気、そして偶に発砲炎もちらちらと覗いて居る。
「こちら鴉。射撃効果報告。命中は、歩兵、四足歩行の中型の動物、水色斑点の車輛。非装甲、装甲化歩兵共に効果有り。流血や四肢等の離散を確認。動物も何か防具の様なものを装着しているが、出血したり暴れたりしている。車輛は、穿孔が空く事もあるが殆ど跳弾している」
流石十二・七ミリメートルの大口径。威力が凄まじい。普通、対物質ライフル等に使用される筈の弾薬を連射出来る様にした、いや、連射しようと云う発想に至ったブローニング氏には敬服する。
然し、報告にあった水色斑点の車輛に就ては対応手段を十二分に考慮しなければならないな。対戦車弾が効果が無かったら如何するか。
「連隊長。第五波……これ」
「やれ」
「ですが……」
「空自依りは増しだろう」
一体、威力偵察第五波はどんな内容なのだ。一通信手が連隊長に押問答を始めるとは。
「こちらCP、威力偵察第五波に移行。鴉は、敵直上へ前進。遠隔対地を投下せよ。送れ」
「こちら鴉、了解」
又もや知らぬ略語が出て来た。遠隔対地とは、遠隔起爆装置付87式ヘリコプター散布対戦車地雷の略称の様だ。87式ヘリコプター散布対戦車地雷に遠隔起爆装置を簡易的に付け、それを搭載した87式地雷散布装置をUH-60JAの、普段増槽を取付けて居る箇所に搭載しているらしい。
映像が大きく動き、真下が見えるようになった。寝そべって、手を伸ばして機外にカメラを突出したのだろう。
航空機搭乗員は皆、ヘッドセットを付けていて、それでコミュニケーションが取れるから、搭乗員同士の会話は聞く事が出来ない。まあもし、直接会話をしていたとしても、エンジンに掻き消されていたであろうが。
漸く、人がちらほら見えて来た。彼等は皆、薄暗くとも同じ格好をしている事が分る。そして、その事からそれが制服で軍人であると云う事を理解するのは簡単だ。然し、今はまだ、倒れている兵士しか映らない。このカメラは、性能が良いらしい。今となっては、それは望んでいない。我々が扱っている兵器の恐ろしさを目の当りにした。
そして遂に、密集して体勢を立て直そうと慌てふためく兵士達が見えた。その瞬間、銀色の円柱状の物体が自由落下しだした。カメラに映る側の底面には、何かしらの装置が付いているという事が分った。
私は少し経って敵が、体勢を立て直そうとして慌てているのではなく、"これ"を脅威と判断して慌てている事に気付いた。
映像は白一色になってしまった。回復しだしても、モノクロで輪郭もはっきりしない。
「こちら鴉。効果報告。遠隔対地の効果は絶大。敵車輛には命中しなかったが、命中した歩兵、動物等はおよそ死亡。地面も抉れている。凡そ直径三十メートルの範囲に爆発効果が表れている。送れ」
「こちらCP、了解。これにて、威力偵察、状況終了。鴉は帰投せよ。終り」
かなり充実した威力偵察であったと思う。これで、脅威に成り得るかの優秀な判断材料を手に入れた。
……あれ? 状況終了って、実務でも使えたっけ?
「連隊長……」
威力偵察が終って早々、第三科長の真北三佐が連隊長に寄る。
時折、私達と連隊長との間にある砂盤を指さしたり、図板に留められたそれの六倍位ある紙を見たりしている。
巻口連隊長は、疑念をぶつけながらもそれを聞き切り、大きく頷いた。
「それでは」
あの筋肉質な眼鏡を掛けた男が、口を開いた。
読んで下さり、ありがとうございます。
図板とは、一般的にバインダーと呼ばれるものです。
因みにですが、図板と呼称するのは陸上自衛隊で、板挟みと言うのが海上自衛隊で、普通にバインダーと言うのが航空自衛隊だそうです。