2話
お天道様の場所から送られたここは大きな町の一角らしい。
わしは家とともに仄暗い石畳の路地に立っていた。
海外だろうか?
聞きなれない言葉が表通りから聞こえる。
表通りに出てみたい気持ちもあるが、家の中を確認せねばならない。
食材から部屋の状況まで確認することは多々ある。
衣食住が揃わなければ生活することもできない。
それはどこへ行っても同じだろう。
我が家に入る。
我が家はばあさんと過ごした思い出の詰まった家で、自宅に入る際は裏の玄関口から自習屋としての入り口は表の玄関口からと分けておったのだが、今この家は表に面しているわけではないから看板でもしておかないと分からんな。
表の玄関口につけたドアベルがチリンチリンと鈴の音が鳴る。
玄関口は変わらず入って正面に受付、受付の隣の階段から下へと続く自習室への道。
和室から洋室、一人部屋から二人部屋三人部屋、十人部屋まで種類は多岐にわたる。
受付の裏手にはわしの趣味とも言える喫茶室がある。
ここでコーヒーを入れてお客さんに出すのが夢じゃった。
ばあさんがいるときは軽食も出せたんじゃがのぅ。
更にその喫茶室の奥には自宅へと繋がる扉。
自宅へはここの扉しか繋がっておらん。
二階が自宅で地下が自習室じゃ。
足が悪くなって来てからは喫茶室の奥にエレベーターを設置したはずなんじゃが……。
どこに行った?
わしの眼の前にあるのは青い渦。
なんじゃこれは?
入れるようになっておるらしいが…?
意を決して入ってみるとそこは自習室が並ぶ地下一階のエレベーターがあった場所じゃった。
ここはお客さんが使えんように仕切りがしてある場所じゃ。
わしの家には地下室が四つもある。
地下一階から地下三階までは自習室、地下四階は食料保管庫となっておる。
ハイテクじゃろう?
退職金で大改造したんじゃぞ。
夢じゃったからな。
ばあさんはすごい顔しとったぞ。
まあそれはさておき、食料保管庫は全然無事じゃった。
津波に流される直前と変わらんようだ。
ここはお天道様の世界なんじゃろうか?
わしが元々生まれるはずじゃった世界とは言われてもわしからすれば異世界なんじゃよ。
そもそもここの土地権利などはどうなっておるんじゃ?
確かめる必要があるのぅ。
表に鍵をかけ、裏にも鍵をかける。
役所などはあるのかのう?
どこにあるかは分からんので、言葉が通じるか分からんが屋台の親父さんに尋ねる。
「ちょっといいかの?」
「お、爺さんどうした?」
「役所なんかはどこにあるのかの?」
「役所?なんのだ?店でも始めんのか?」
厳密には違うがの、そういうことにしておこうかの。
言葉は分からんが理解はできる。
不思議な感覚じゃの。
「そうなんじゃよ。許可やら土地権利はどうなっておるのかと思うての」
「なるほどな。店の許可なら商業ギルド、あのデカい金ぴかの建てもんだ。土地どうのこうのもそこでやってくれるぜ」
「ほうほう。ありがとうの。それいくらじゃ?」
「ん?別にいいぜそういうのは」
「礼じゃよ」
「そうか?なら銅貨3枚だ」
「これかの?ほい3枚」
いつの間にかポケットに入ってた銅貨を3枚渡す。
お天道様が入れてくれたのじゃろうか。
「じゃ、これな」
そう言って親父さんに渡されたのは串にささった鶏肉のような食べ物。
「ありがとうの」
「いいって」
礼を言って食べながら商業ギルドとやらに向かう。
金ぴかじゃったから良く分かったよ。
正面で店員を探す。
「おや、お爺さんどうしたんですか?」
振り返ると高そうな服や貴重品を付けた如何にも商人ですというような男。
30代後半じゃろうか?
「ああ、店を始めたいんじゃが、どこに話しかければいいのやらと思ってな」
「それなら私が案内しますよ」
「そうか?悪いの」
「いえいえ」
従業員と思しき者が頭を下げているところを見るとそれなりの地位の者なのだろう。
男の後ろに付いて行き応接間らしき部屋に案内される。
「で、今回商業ギルドにいらした要件は新しいお店を始めると?」
「ええ。賃貸住宅のようなものを」
「宿屋とは違うのですか?」
「うーむ。どうして説明したものか。時間を決めて部屋を貸すという面では宿屋とそう変わりはありませんが、わしが行いたいのは宿屋より防音性を優れさせた部屋を一定期間貸すというものでして……」
「そ、それは歓楽街の宿屋でしょうか?場所にもよりますが……」
「ああ、違うんじゃ。そうじゃなここらには学び舎はありますかな?」
「え、ええ。魔法学園が」
「そこの生徒らに勉強するための静かな場所を提供すると言えばいいですかの」
「成程……。それは宿屋とは異なりますね」
「ということでここの場所で営んでもよいじゃろうか?」
「いいですよ。それは学生に限るのでしょうか?私も使用できるのでしょうか?」
「そこは誰でも歓迎じゃよ。悪意を持たない者じゃったらな」
「分かりました。今契約書をお持ちしますね」
問題もなく済んでよかったわい。
「ああ、頼むぞ」
「こちらです。店を営むにあたって名称は何にします?」
「『自習屋』じゃな」
「『自習屋』ですか。いい名ですね」
契約書に目を通しサインしていく。
悪徳業者ではないとは分かっているが契約書にはしっかりと目に通す必要がある。
「はい、これで完了です。広告などはどうしますか?」
「ああ、それは要らぬよ」
「いいんですか?この場所は中央通りからは見えづらいと思うのですが…」
「いいんじゃよ。知る者が知っていれば、な」
「知る人ぞ知るというわけですか。いいですね。ではこの許可証をお店のどこか見える場所に置いておいてください。私のサインが入っているので横から邪魔されたりなどは出来ませんから」
「ありがとうございます。何から何まで」
「その代わりと言ってはなんですが、私も利用させてもらいますね」
「全然かまいませんよ」
「私商業ギルドのギルド長であるリット・クレボルンと申します。お爺さんの名前は何というのですか?」
「わしか?わしは加藤演吉じゃよ。苗字が前で名前が後じゃな」
「東の出ですか?カトウ様ですね。今後ともよろしくお願いします」
「よろしくの」
その後も他愛ない話をした後、商業ギルドを後にした。
リットさんには気に入られたみたいじゃ。
これで先ずは一段落じゃな。