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お母さんに会いに

作者: 鈴村蓮

 山の上にある森に、不思議な虹がかかりました。

 空をも飲み込んでしまいそうなほど、大きな大きな虹。けれど、変わっていることは他にもあります。

 それは、天に足をつけた、逆さむきの虹だったのです。


 逆さ虹が現れてから数日後、森に一人の少年がやってきました。

 年はやっと十歳になったころでしょうか。ぶかぶかの野球帽を被り、おかしや飲み物をつめたリュックサックを背負っています。着ているものはお下がりなのか大分古ぼけてきていますが、足元のスニーカーだけはまだぴかぴかの新品でした。かかとには、「りゅうすけ」と名前が書かれています。

 りゅうすけは枝でやぶを払いながら、おっかなびっくり森の中を進みます。風で木々が揺れれば驚いて立ち止まり、鳥が飛び立てば「ひゃあっ」と頭を抱えてしゃがみこみ。そんな調子なので、なかなか足は前に進みません。

 何もなければ、こんな恐ろしい場所には決して来なかったでしょう。それでも森に足を踏み入れたのは、お母さんに会いたかったからです。


 りゅうすけのお母さんは、去年の春に空の向こうへ旅立ってしまいました。

 その日は山に大きな虹がかかっていて、それを見たばあちゃんがぽつりとつぶやいたのです。

「お母さんは、あの虹を渡ってお空に帰ったんだねぇ」

「お母さんは、にじの上を通っていったの?」

 りゅうすけがびっくりして尋ねると、隣にいたお父さんがその頭を優しくなでて言いました。

「そうだよ。あれは大きくてきれいな虹だから、お母さんもきっと無事にお空の上へと行けたよね」

 その虹が、先日森に向かってさかさまに下りてきました。虹を伝って空の上へ行ったのなら、今回はそれをたどって森にやってきているに違いありません。

 そう考えると、いてもたってもいられなくなり、家を飛び出してきてしまったのです。

 とはいえ森は薄暗く、奥には何かよくないものが潜んでいそうでとても不気味でした。帰った方がいいのかもしれない。でもきっとお母さんはここにいて、探していれば出てきてくれるはず。そう信じて、りゅうすけは大声で呼びながら歩き続けました。

「お母さーん、お母さーん。一緒にお家に帰ろうよー。お母さーん」

 しかし、どこまで行ってもお母さんの姿は現れません。そのうち重い荷物で背中は痛み、足もだんだん重くなってきました。

 どこかで、一休みしよう。そう思って目の前を覆うササを両手でかきわけたとき、森の真ん中にとてもきれいな池が現れました。

 ぽっかりと開けた空から、太陽の光が降り注いでいます。それを透明な水が反射して、周りの木々にゆらゆら揺れる明るい影が映し出されていました。魚はいないようですが、代わりに水底にはどんぐりがいくつも落ちています。

 水は地面から湧き出しているようで、あちこちで底の砂が巻き上げられてぽこぽこ泡が出ています。試しに手を入れてみると、想像以上に冷たく澄んでいました。

 りゅうすけは汚れた顔や手を洗うと、池のふちに座りこみました。飲み物を飲み、おかしを食べていても、辺りは静かなもので葉擦れの音一つ聞こえません。

 まるで、世界に自分しかいなくなったかのような。

「……お母さん、どこにいるの?」

 口に出しても、答える人はいません。たださらりと一陣の風が吹いて、水面をわずかに波立たせるだけです。

「お母さん、ぼく、迎えに来たんだよ? 虹を渡って、帰ってきているんでしょ?」

 りゅうすけは、手なぐさみに近くにあったどんぐりを池に向かって投げました。どんぐりはぽちゃんと音を立て、仲間の元にゆっくり沈んでいきます。

「会いたいよ、お母さん……」

 じわりと視界がゆがみ、りゅうすけは立てた膝に頭を埋めました。そのとき、ヒンカラカラカラカラ……と小鳥の高い鳴き声が聞こえてきました。

 りゅうすけが頭を上げると、木の奥からすーっと小さな鳥が飛んできました。頭がオレンジで胸が青い、とても鮮やかな体をしています。それは池を渡ると、りゅうすけの目の前に降り立ちました。

「おやおや、怖がりのくまから何かが森の中をうろうろしているって相談されたから様子を見に来てみたら、人の子だったのね」

 小鳥は歌うように言うと、りゅうすけの周りをぴょんぴょん跳びまわります。こちらをしげしげと観察し、くちばしを開きました。

「ぼうや、お名前は?」

「り、りゅうすけです。小鳥さんは、こまどり?」

「あら、よく知っているわね」

「昔、図鑑で見て……。羽の色がきれいだなと思ったから」

「まぁ、ありがとう。この色は、私の自慢なの」

 こまどりは胸を反らし、またヒンカラカラカラと鳴きました。

「ところで、こんなところで何をしているの? ここは人が入るべき場所ではないのに」

「お、お母さんを探しているんです。どこかで、見かけませんでしたか?」

 りゅうすけは勢い込んで尋ねます。が、こまどりは小首を傾げました。

「さぁ……。お母さんって、人間よね?」

「はい! 背が高くて、歌が上手で。あっ、あといつも胸に鳥の羽根のブローチをつけていました!」

「うーん、見ていないわ……。この森は、人間は生きていけない場所だから。あなた、お母さんがこの森に入っていくのでも見たの?」

 りゅうすけは、肩を落として首を横に振りました。

「見て、いません。ただ、逆さ向きの虹がかかったから、下りてきているかなって……」

「逆さ向きの虹?」

「お母さんは、去年虹を渡って空の向こうへ行っちゃったんです。だから、今度は虹を通ってこっちに帰ってきたんじゃないかなと、思ったんですけど……」

 それを聞いて、こまどりは悲しそうな顔をしました。

「そう。でも、ここは人間がいるべき場所ではないの。お母さんらしき人も見かけていないから、きっとここには下りてきていないわ」

「そんな……」

「もうすぐ日が暮れて、夜の時間が始まってしまう。あなたも、元の世界へ帰りましょう? 私が、送ってあげるから」

「でも……」

 りゅうすけにも、わかっていました。あれだけ探しても現れないのですから、お母さんはここにはいないのでしょう。けれど、見ていないと言われても、いくら呼んでも姿を見せてくれなくても、どうしても踏ん切りがつきませんでした。もしかしたらという思いが、頭から離れないのです。

 こまどりはため息をつくと、りゅうすけの膝の上へちょこんと乗りました。

「仲間から教わったんだけれど、私たちは死んだらまた別の生き物に生まれ変わるんですって。私もまだ生まれてから季節を一巡りしていないのだけれど、この命もきっと、元は別の何かの命だった。だからあなたのお母さんも、どこか別の場所で新しい命になっているはずよ」

 だから、ここにはいない。

「そのうちきっと、別の場所でお母さんに巡り合えるはず。こんなところを探している場合じゃないんじゃないの?」

「……うん」

 りゅうすけが小さく頷くと、こまどりはにこりと笑いました。そして、自分の尾羽を二本抜いて、服の胸のあたりに挿しこみます。

「無事に帰れるお守りよ。さぁ、帰りましょう」

 うながされて、りゅうすけは立ち上がります。リュックを背負うと、こまどりも飛び立って出口へと案内し始めました。

 木々が密集している中を、こまどりはりゅうすけにつかず離れず飛んでいきます。やがて調子が良くなってきたのか、こまどりは歌を歌い始めました。

 高い声で奏でられるそれは、りゅうすけにも聞き覚えがありました。ずっと昔、子守歌に歌ってもらったことがあるような……。

「こまどりさん、その歌って……」

「ふふ、よく褒められるの。昔から知っていたから、小鳥の頃に誰かが歌ってくれていたものなのかもね」

 こまどりはくるくる回りながら、高く澄んだ声で歌い続けます。その声があまりにきれいだったので、りゅうすけもそれ以上尋ねるのをやめました。

 しばらく行くと、木々の切れ間から光が強く差し込むのが見えました。きっとあそこが出口なのでしょう。森の外からは、りゅうすけの名を呼ぶ声が聞こえてきます。

 こまどりは地面に降り立ち、道の先を指差します。

「さぁ、ここでお別れ。もうこの森に来てはダメよ」

「はい。ありがとうございました」

 頭を下げると、こまどりは翼をぱたぱたと振ります。りゅうすけはそれに手を振って応えてから、もう振り返らずに森の外へ向かって駆け出しました。

 外に出ると、空は夕焼けに染まっていました。周囲の山の際は橙色に縁どられ、森を囲む草原は暗く影が覆っています。

 と、どこからかお兄ちゃんの驚いたような声が聞こえてきました。

「りゅうすけ! お父さーん、りゅうすけがいたよー!」

 その声にきょろきょろと辺りを見渡すと、お父さんが遠くからりゅうすけ目がけて走ってきました。そしてそのまま飛びつくと、大きな体できつく抱きしめます。

「お前、今までどこに行ってたんだ! 心配したんだぞ!」

「ご、ごめんなさい……」

「けがは! どこか痛いところはないか!?」

 がばっと体を引きはがされると、今度は頭の先からつま先までゆっくり確認されます。すると、お父さんの目がりゅうすけの胸で止まりました。

「りゅうすけ、その羽は――」

「りゅうすけくん、見つかったって?」

 お父さんの背後から、近所に住むおじさんとおばさんがわらわらと顔をのぞかせます。そして、代わる代わるりゅうすけを心配する言葉をかけてくれました。

「みんな、りゅうすけを一緒に探してくれていたんだよ。ちゃんとお礼を言いな」

 おじさん達と一緒に現れたお兄ちゃんが、そう言ってうながします。自分がたくさんの人に心配をかけことにりゅうすけはやっと気が付き、深々と頭を下げました。

「心配かけて、ごめんなさい」

「いいってことよ。無事で帰って来てくれれば何よりさ」

「夜になる前に見つかってよかった。これで安心して寝られるね」

「もう、お父さんを困らせたらだめだぞ」

 おじさん達はそう言うと、三々五々帰っていきます。お父さんも、りゅうすけの頭をぽんと叩いて「さあ、家へ帰ろう」と歩き出しました。

「ところで、その胸の羽はどうしたんだい?」

「えっと、森に住むこまどりさんからもらったの」

「そうか、それはこまどりの羽だったのか……」

 お父さんがつぶやくと、反対を歩くお兄ちゃんがひょこっと顔を出しました。

「お母さんも、同じ羽のブローチを持っていたね。手作りって言っていたけど、どこかで拾ったのかな」

 えっ、とりゅうすけは後ろを振り返ります。しかし、さっきまであったはずの森への出入り口は、もうどこにも見当たりませんでした。

拙い文章にも関わらず、ここまでお読みいただきありがとうございました。

別作品でもこの企画に参加しているのですが、そちらがあまりに欲にまみれた話だったのでもっと綺麗な話も出したくて書きました。間に合ってよかった…‼


もう一つの方はこちらです。よろしければぜひ→https://ncode.syosetu.com/n8259ff/


またお目にかかる機会がございましたら、その際はどうぞお付き合いください。

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― 新着の感想 ―
[一言] ネタバレありの感想です。未読の方はご注意ください。 冬童話2019より参りました。 虹の橋と家族の死。このテーマはやはり泣けますね。まだ幼いりゅうすけくんを遺して先に逝かなければならなかっ…
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