魔法魔術リテラシー 可視化
さて皆さんおはよう、もしくはこんにちは。
或いはこんばんは。
可視化の話をする前に、少し芸術の話をしよう。
せっかちな君たちのことだから、どうせ読み飛ばそうとするのだろうが、よければ読んでいってほしい。
きっと後々に役立つだろうから。
さて。
ルビンの壺はご存知だろうか?
西暦1915年に、デンマークの心理学者エドガー・ルビンが考案した、所謂多義図形と呼ばれるもので、『向かい合った二人の顔』と『壺』の二種類の見え方があるものだ。
多義図形がわからない人の為に少しだけ説明をしておくと、多義図形、もしくは反転図形と呼ばれるそれは、見ているうちにだんだんと別の見え方が現れてくる図形のことだ。
アヒルウサギの話なんかが有名だな。
他には男性の横顔に見えるか、それとも正面に見えるか……とかいうものもある。
話は変わるが――哲学の話になるが、これもアルケーに並んで重要な言葉なので、しっかりと意味を理解してほしい――アスペクトという物がある。
例えばそれは――これは私の通った大学の教授の受け売りだが――古代ローマの遺跡を見て、君たちはそれをただの瓦礫の山と見るのか、もしくはそこに古代ローマの叡智や繁栄を見るのか。
この見方の違いがアスペクトと呼ばれるものだ。
見方の違い、というよりは見方そのものか。
人それぞれで見えるものが違っていることはご存知だろうか。
たとえば、ある人は合理主義で、またある人はそうではない。
そんな二人がともに作業をしたなら、合理主義者から見た非合理主義者の姿はどう見えるのか。
非合理主義者から見た合理主義者の姿はどう見えるのか。
このように人はそれぞれ、物事を見る目がちがう。
目が違うというよりは視点が違うのだ。
この視点こそがアスペクトと呼ばれるもの。
あの眼鏡の死神は『真実はいつも一つ』というが、その実真実というものは多義的なのだ。
そして、この多義的な考え――つまりアスペクトという概念が、可視化の習得を助けてくれる。
さて、前置きはこれくらいにして、そろそろ可視化の話に移ろうか。
《可視化とは?》
諸君は、可視化という技術をご存知だろうか?
これは文字通り、脳内のイメージを視界上に描写して、あたかもそこにそれが存在するかの様に感じさせる技術だ。
魔術や魔法以外だと、対象は変わるが噺家などが使っていたりする。
所謂身振り手振りと呼ばれるものがそれに当たる。
さて、魔法を習得する上で、なぜこのような技術が必要になるか疑問に思うことだろう。
魔力の操作を覚えて、それを使って現象を起こせばいいのだから、そんな幻を作り出すような技術なんていらない。
そう思うだろうが、実はそうじゃないのだ。
まず、魔力操作を覚えるためにも、この技術は体得しておいた方が楽になるし、その他様々な魔法においても、発動の手助けになってくれるのだ。
では早速練習方法を伝授しよう。
第一段階。
瞼の裏に情景をコピーしよう。
用意するものは、なるべく明かりの強い場所と簡単な風景。
別に複雑でも、自分のやりやすい風景ならなんでも大丈夫だが、まずは情報量の少ないところから始めることをオススメする。
この訓練の目的は、瞼の裏に長い間風景を保たせることで、視覚化したときの映像を長く鮮明に維持することだ。
これができなければ、視界に投射したイメージはすぐに崩れてしまう。
まずは長く鮮明に維持する能力を身に着けなければならない。
訓練の方法は以下の通り。
1.なるべく明るい場所で、情報量の少ない物体を長時間眺める。
2.目を瞑って、できるだけ長くその情景を瞼の裏に残す。
以上。
これを何回も続けて、情景をできるだけ長く鮮明に保つようにできるようになるまで訓練する。
これによって、イメージを投射した際に、それが崩れにくくなるのだ。
そして第ニ段階。
イメージの投射のし方を覚えよう。
用意するのは暗い部屋。
真っ暗で光の入らない部屋が好ましい。
無ければ毛布でも被って、目を開いた状態でも目をつむったときと同じくらい真っ暗にすることができればOK。
この訓練の目的は、第一段階とは違い、脳内でイメージした映像をそのまま視界に描き出すことができるようにすることだ。
これができなければ、そもそも可視化は絶対に会得できない。
なぜなら可視化とは、自分の脳内イメージを視界上に描き出すことだからだ。
訓練の準備ができたら、真っ暗闇の中で目を開いて、頭の中に円や四角などといった、簡単な図形を思い浮かべてみよう。
そして、思い浮かべたそれを、視界の中に描くようにイメージする。
イメージの方法は自分のやりやすい方法でOK。
視界にイメージした図形を描き出せるようになるまでコツコツ頑張ろう。
簡単な図形ができるようになれば、更に難しい図形で試してみるといいだろう。
色も付けられるようになれば完璧だ。
最終的に、明るい場所でも、同じくらいの精度でイメージを視界に投射できるようになれば、次のステップに移る。
第三段階。
自分だけの人工精霊を作ってみよう。
タルパ、という存在をご存知だろうか。
タルパ、もしくはトゥルパと呼ばれるそれは、チベットの密教の奥義の一つで、無から霊体を作り出すということ。
これが作れるようになれば、可視化は100%習得したも過言ではないと言えるだろう。
今回のこの人工精霊を作る目的は、ズバリ視覚化した情報に『存在感』を与えることだ。
例えば、視覚化を使ってりんごを空間に描いたとする。
しかしそれだけではただの幻、幻覚なだけで、本当の意味で可視化を習得したことにはならない。
可視化によって描き出されたりんごは、まるで本物を思わせるような手触り、重さ、匂いまでもを感じさせることが可能になるのだ。
術者にしか見えないりんごを作り出す。
そういうアスペクトを作り出すのが、この可視化というスキルなのだ。
今回はその一環として、人工精霊の作成を訓練メニューに入れたいと思う。
では、早速人工精霊の作り方を教えよう。
まずはじめに、自分がどのようなタルパが欲しいかを正確に紙に書き留めてみよう。
どんな容姿で、どんな性格で、口調はこうで、肌触りはこんな感じで、髪の毛はどんな風で――と、なるべく細かく書く。
設定が終われば、設定した通りにタルパを忠実に可視化させる。
可視化させた際にそのタルパに触れてみて、脳内でタルパの感触を想像し、五感でその存在を近くするように意識する。
そうやって、まずはタルパの筐体を組み上げていく。
筐体を作る間も、そのタルパに話しかけてみよう。
始めのうちは一人二役で、最初に設定した口調や性格を忠実に再現しながら、口に出して会話をする。
タルパの声は心の中で発声しても可。
ただしその場合、タルパの声がちゃんと鼓膜を伝って耳に聞こえているように想像し、意識しながら話すこと。
会話の頻度は多ければ多いほどいい。
そうしているうちに、いつの間にか自分が喋っているのか、それともタルパが喋っているのかわからなくなる時期が現れる。
そして時折、相手の方から話しかけられることも増えてくる。
これを会話の自動化という。
この会話の自動化が、普通の会話と大差がないほど滑らかになれば完成だ。
タルパは一人に付き何体も持つことができ、かつ魔法行使の際の手助けにもなるので、持っておくと非常に便利だ。
もしタルパを作ることが面倒ならば、可視化によって描いたイメージに、重さや匂いなど存在感を与えられるように訓練すれば、別に差し障りはないので、その場合は自分のやりやすい方法を取ることをおすすめする。
ちなみに、ここでは感触や重さなどを幻覚によって作り出すことを可触可と呼んで区別することにする。
というわけで今回はここまで。
可視化に関するスキルの応用等は、正直自分で探してもらえると助かる。
次回からはようやく魔力操作と魔力感知の話に入るのでそのつもりでいるように。