第2話
「おはよう!」
「ああ……おはよう……」
寝ぼけ眼をさすりながら起きると、部屋の中に一人の男が佇んでいた。
「って、涼太!」
その男は今や俺の中でヘイト値MAXの敵、涼太だった。
「元気か? 三秒で起きられるかー?」
「て、てめえ! 昨日のあれはなんだ!」
「昨日? ああ、ニュースを見たのか。あっはっは、面白かったろう」
「全っ然面白くねーわ! お前、そういうの職権乱用って言うんだろ!」
「職権乱用? 何を。僕は番組プロデューサーとしてちょっとした遊び心を発揮したまでだ。今やテレビは視聴率よりも内容が求められる時代、番組の中に適量のスパイスを振りかけることで、より濃密な内容にだな」
「出鱈目言ってんじゃねーよ。どうせいつもの”おふざけ”だろ」
「そうとも言う!」
「開き直るな!」
「あいたっ!」
仁王立ちして口を開けて笑う涼太に枕を投げつける。
こいつは長瀬涼太。テレビ東塔のニュース番組『ざ・にうす』チーフプロデューサーだ。幼馴染と言う名の腐れ縁。
ちなみに長身イケメンメガネ男子という役満クソ野郎だ。
たまたま俺らの高校にお鉢が回ってきた一発芸試験に合格し、高卒で入社した涼太は、手腕を発揮しどんどんと出世していった。
テレビ東塔は独特の企業体質を持つ会社だとは言え、たった四年でプロデューサーまで昇格したこいつは、今やテレビ界で高卒の星とまで言われているらしい。
「お前、今何時だと思ってんだ」
「何時? 朝の十時だが」
「そうだ、俺は今日は大学休み、お前は打ち合わせだろ。なんで俺の部屋でこうして話をしているんだ?」
「抜け出してきた」
「はあ!?」
「いやあ、急に君の顔が見たくなってね、社長に直談判しに行ったらOK貰えたんだ」
「な、なんと言う行動力……許す社長も変わった人だと思うが、そもそもそんな理由で話をつけに行こうとするお前の思考回路が理解できねぇ……」
「だって僕出世頭だしぃ、プロデューサー様だしぃ?」
うぜえ。
「んで、結局のところ何しにきたんだよ。昨日は夜遅くまで卒論やってて疲れてんだ、寝させろ」
流石に俺の顔を見にきただけと言うのは嘘だとわかる。
「ゲーム」
「はあ?」
「『聖典の壁歴』、だよ。取材だよ取材。きちんと番組スタッフにも説明したからさ。やろうよ、これ」
涼太は左目につけている『アダマンタイマイ』を指差しながらそう言う。メガネの上からでもつけられるディバイスのため利便性が高い。
「お、お前、ゲームするためにここに来たのか? テレ塔にも『トータス』置いてあるんだろ?」
『アダマンタイマイ・トータス』は有線だけではなく無線にも対応している。但し無線はARの時だけ。VRはどんな機能を使おうと安全性確保のため有線専用となっている。
『トータス』は俺たちのような一般市民用の他にも、企業向けの通称エリートモデルが存在する。通常は、開発企業である『オリハルゴン』本社に存在するスパコン集積サーバ『ヤヲヨロス』で全てのデータを管理するが、エリートモデルはそのミニミニ版とでも言うべきスパコン『ヤタノカラス』が組み込まれているのだ。
エリートモデルは個々が独立したサーバとして稼働でき、会社内の機密情報をハイレベルの暗号化技術で保護したり、日々溜まる沢山の資料を補完できたりと様々な用途がある。
スパコンとしての機能も勿論あり、放送会社で言えば、番組に使うCG製作や資料に基づいたシミュレーション、番組編集などを短時間で行うことができ、制作時間やコストの削減につながる。
独立していることで無線イントラネットとして使えるため、極秘情報や膨大な量のデータをわざわざ外の回線を使わず、またパソコン等の機器で場所を拘束されることなくやり取りできる利便性もあるのだ。
そのエリートモデルは、通常版同様ゲーム機能も備わっており、会社にいながら暇つぶしに遊ぶことができると、以前涼太が自慢していたのを俺は覚えていた。
「あることにはあるが、みんな仕事で忙しそうなのに、俺だけゲームしているのもどうかと思って」
「その感性を自分の行動にあてはめろっ!」
罪悪感があるのかないのか。
「まあまあ、そう怒るなって。ほらユズちゃんも呼んでさ、三人で久々に、冒険しようよ」
高校の時は、小学生だった柚子と三人でよく遊んだものだ。みんなインドア派だったからゲームとかばっかだったが。涼太が就職してからは、そういう機会も減って行った。
「冒険ねえ」
まだ眠いんだが……
--ムクリ
「ふああぁ……」
「いっ!?」
「えっ!?」
ゆ、柚子!?
「むにゃ……お兄ちゃん、おはよう。あれ? 涼太さ……あああああん!? きゃあ!」
「お、おおおお前なんだここで寝てんだよ!」
「ボクハナニモミテイナイ、ボクハナニモミテイナイ!」
「だ、だって、寂しかったんだもん!」
「だもん! じゃねえよ、つかなんで裸なんだ!」
寝るときにはいなかったのに、いつの間にか俺のすぐ横で柚子が寝ていたのだ。しかもZE☆NN☆RA
涼太の存在に気づいた柚子は慌てて布団で前を隠した。だが、尻が見えているぞっ
俺はさっと柚子を庇う。
「りょ、涼太、一回でてけ!」
「了解!」
涼太は右手でビシッと敬礼した後、回れ右してそそくさと部屋を出て行った。
「ふう……」
「お兄ちゃん、興奮した?」
「あほかっ!」
「いたっ」
柚子が涙目で睨んでくるが知らん。悪いのは明らかにそっちだ。
「兎に角服を着てくれ!」
「わかったよぉ……でも、ないよ?」
「はあ?」
「ここには、ないよ?」
「じゃ、じゃあお前、自分の部屋からここまでどうやって来たんだ?」
「勿論、全裸だよっ?」
目に指を横向きで当てピースをする。テヘペロ付きだ。
「なんでだよおおお!」
「だってお兄ちゃん、こうすれば逃げ道はなくなるじゃん」
「逃げ道? なんのだよ」
「それは勿論、お兄ちゃんとのエッ「だあああああ! 言わんでいい!」
最後まで言ったら色々と終わるから!
「も、もうわかったから、俺が取ってくる」
「へ?」
「お前の部屋に行って取ってくるから、待っていろって。後、その布団手放すなよ!」
「ちょ、お兄ちゃんっ!」
俺は部屋を飛び出し、隣の柚子の部屋は向かう。
「おうっ、なんだもういいのかい?」
廊下にはまだ涼太がいた。
「あ? なんだ、お前まだ帰ってなかったのか」
「ええ〜、そりゃ酷いなあ。全休とっちゃったし遊ぼう、な?」
「はあ……兎に角今は後回しだ。服を取りに行かないと」
「服? あ、ああ、ユズちゃんのね」
涼太が顔を赤らめる。
「おい、お前まさか見てないよな?」
「な、何をだ?」
ゆっくりと顔をそらしやがった
「柚子の、その……裸だよ」
「……見てない」
「本当か?」
顔が赤いぞ、ん?
「……本当だ」
はあ。
「……そうか、わかった。もう少し待っておいてくれ」
「あ、ああ、わかったよ」
俺は態とらしく口笛を吹く涼太を尻目に柚子の部屋の扉を開ける。
「--って、なんじゃこりゃあ!?」




