第1話
「消えろ」
「キャウン!」
「失せろ」
「ギャッ!」
「邪魔だ」
「グオオン!」
男は、その手に持つ一振りの刀で、向かってくるモンスターを次々と倒して行く。
そしてついに玉座の間へと辿り着いた。
「コオオオオオ……」
禍々しい玉座に座るは、この世界の敵である、強大な力を持つ生き物、魔族。
対峙するは『聖典の壁歴』ナンバーワンプレイヤー、アーサー
「愚カナ人間ヨ、我ニ歯向カウトイウノカ」
「はっ。歯向かうだと? 違うね」
アーサーは剣を構え直す。
「お前なんて、三秒だ」
★
「『お前なんて、三秒だ!』キリッ……ぷっ、くくくく、あははははは!」
「う、うるさいな、笑うなよ!」
「なはは! だってお兄ちゃん、あのボス倒すのに三十分以上かかってたじゃんっ!」
俺の部屋のベッドに腰掛けている、妹の柚子が、隣に座る俺の肩をバシバシと叩いてくる。
「倒せたんだからいいだろ!」
「ふふ、まあ、まだ始めたばかりなのにあのボスを一人で倒せたのはすごいと思うけどさ」
「だろうだろう」
「でもあんな決め台詞決めといてあれはやっぱカッコ悪すぎでしょ。ぷっふふふふふふ! それにその場にいた私たちだけじゃなくて、ハウスのみんなで観ていたみたいなんだから」
柚子は再びお腹を抱え笑い出す。
「え、マジで!?」
「マジマジ。実はね、リョウさんがこっそりとビットを出してたんだよ。知らなかった?」
「知らん! あ、あいつ……」
今度会ったらボッコボコにしてやる……!
「お兄ちゃんったら、そもそもあれ、CMの真似でしょ」
「ああ、そうだが」
2020年、オリンピックが終わるや否や、政府は紙幣の増刷を行い国民に直接ばらまいた。もちろんその政策には賛否両論巻き起こったが、庶民にはそんな国際的な評価など関係あるはずもなく。生活に余裕ができた国民は恋愛結婚その他諸々に励み、空前の第三次ベビーブームが起こった末、見事少子高齢化を脱出した。
それだけではない。
同時期に、とある国内企業が、このAR/VR併用ディバイス『アダマンタイマイ』の開発に成功した。
ARの時は某人気少年漫画に出てくるような片目バイザー型で。
VRの時は据え置きの『アダマンタイマイ・トータス』と有線接続した、もう片目の方をくっつけて両目バイザー型にして使用するのだ。
AR時は完全無線通信で、VR時は有線接続と分けることにより差別化を図っており、また性能ももちろん違う。
これも、これら両方の技術の進歩に一役買っていた。
更にいうと、『アダマンタイマイ』は世界中で爆発的にヒットし、現在のバージョンまでで千兆円近い売り上げをたたき出した。開発企業は日本国政府に売り上げの一部を納付、ベビーブームによる歳出増加の負担を軽減することに成功した。
政府は『アダマンタイマイ庁』なる名前の庁を作り、開発企業も巻き込み、今や一商品に止まらず国家の命運がかかった一大プロジェクトとなっている。
因みに今俺が使っているのは『アダマンタイマイ・ドライ』。
わかりやすく言うとver.3といったところか。
街中にはいたるところに、この『アダマンタイマイ』でしか見ることができない仮想広告が溢れ、いわゆる位置登録ゲーは超絶進化。
平行して、VR技術も進化し、今やどのディバイスも8K〜16K画質は当たり前。事故等は全てをディバイス開発企業と国が半々で責任を持つという法のもと、日夜数々の企業によりソフトウェアやアプリケーションの研究開発が進められている。
そしてこの手のディバイスに漏れず、世界中のオタクどもが歓喜しそうな"フルダイブ型ゲーム"の開発も進められている。まあ、こちらは当たり外れが激しいが。小説や漫画アニメの世界のなかのものでしかなかったVRMMOなどが、我々の手に届くようになったのだ。
またVR・ARの研究・開発が加速したことにより起こったブレイクスルーにより、大規模な計算が可能なコンピュータ、いわゆるスパコンの計算速度・サーバ負荷軽減技術も進化。"フルダイブ"のネックとなっていた、莫大なデータ量を簡単に処理できるようになった。
俺が先程までやっていたのは、そんな諸々の技術の集大成たる現在世界中で大ヒットしているVRMMORPG『聖典の壁歴』だ。このゲームを作ったのも『アダマンタイマイ』の開発会社というのだから、凄い開発力だ。きっと天才プログラマーやらがたくさんいる会社なのだろう。
その『聖典の壁歴』のCMに出てくるプレイヤー名はアーサー。何かにつけて『三秒だ!』というセリフを吐くことで話題となっている。
それを真似したところ、全世界のユーザーに見られてしまったようだ。
ちなみに俺は『ヒデ』という名前でこのゲームをやっている。プレイヤー名は変更できない仕様だ。
「ばっかだよねえ、ネタにされるに決まってるのに」
「でも俺は、好きだぞ、あのセリフ」
「じゃあ、私の告白は?」
柚子が”んー”と唇を差し出してくる。
「三秒……じゃなくて一秒でお断りだっ!」
「ええ〜〜! なんでー!?」
「当たり前だ! 俺たち、実の兄妹なんだぞ! よくある義妹ものじゃあないんだから」
「人を愛する気持ちに障害は」
「あるっ!」
「もうっ、お兄ちゃんのばかばかばか」
胸をコツコツと叩かれる。
俺の目の前にいる少女、柚子は、その……いわゆるブラコンだ。
幼い頃に両親を事故で亡くした俺たちは、ワーカーホリックな親が残した無駄に沢山ある預金と保険金・見舞金を食いつぶしながら。やけにエロエロな母さんの一番上の姉、俺たちから見たいわゆる叔母さんに名義上の保護者になってもらい、今はある程度自立できるだろうと言うことで二人暮らしをしている。
実質親代わりとなっている俺が叔母さんのいない時間帯に面倒を見ているうちに、なつきすぎたのか、今年十六歳となる高二の妹は俺にべったりなのだ。それはもう瞬間接着剤並だ。
俺ももう大学を卒業する。卒業後は幼馴染の父さんが経営しているゲーム開発会社に雇ってもらうことになっている。
あ、ゲーム開発といっても別に難しいプログラミングができるわけではない。いわゆるデバッグ要員としてだ。ゲームが好きといったら、じゃあくれば? と言われてそのまま流れるように就職が決まった。
好きなだけでそんなにゲームが上手いわけではないが、うん。
まあざっくりいうと、コネです、はい。幼馴染の父さんが情に厚いとても良い人という話。
「はいはい」
俺は柚子の頭を撫でてやる。こうして見ると可愛いんだが、男の俺にもベタベタとしてくるところが心配だ。変な奴に引っかかったりしないだろうな? 嫌、すでに俺にゾッコンか、なんちゃって。
「むふふ〜」
柚子は頭を撫でられるのが好きだ。母親譲りの茶髪はサラサラとしており、撫でているこちらも気持ちが良い。
「あ、お兄ちゃん、『聖典の壁歴』がニュースに出てるよ」
「ん? どれどれ」
付けっ放しにしていた厚さ0.5ミリの超薄型テレビには、俺が先程までやっていた『聖典の壁歴』の人気に迫る! 的な内容のニュースが流れていた。
<このように、プレイヤーがゲームの中の登場人物になりきることができる、という点が大きな特徴です>
<今までのゲームでは、現実世界でプレイするというのが当たり前でした。それが没入感の妨げとなっていたのです>
<ええ、実際にゲームの世界に入ることにより、五感全てを使ってゲームに入り込める。これは娯楽産業にとっても実に大きな進歩だと言えます>
スタジオで、映像を交えながら番組の司会者と専門家が意見を交わしている。
「あ、お兄ちゃん」
「ん、なんだ?」
いつの間にか膝の上に座っていた柚子をみると、テレビの奥、スタジオのディスプレイを指していた。
……って、あれ、俺の映像じゃん!!
<『お前なんて、三秒だ!』>
おいいいいい、しかもなんで音声付きなのおおおおお!?
「あはははっ、喋ったー!」
笑い事じゃねーよ!!
<『ふっ、中ボスと雖も所詮こんなものか、たわいもない』>
いやあああああ! 態々編集してまで、やめてえええええ!
ぜってーあいつのせいだ、後で全力制裁だっ!
「たわいもないっ、ふっ」
「真似しないのっ」
「ぃたっ、むぅ……」
身を乗り出して笑っていた柚子が、俺の胸に背中を預ける。
<さあ、では実際にゲームの世界に入ってみましょう>
しばらく、二人してニュースをぼっと眺め続けた。