#42 戦乱の予兆
誠達が無事に帰ってきた後、その日一日、山田家はいつもの日常を過ごした。家臣達も城や港の改修工事やらなんやらでそれぞれの一日を過ごした。ところが、翌日、事件は起きた。
「殿ぉお~~~、大変です。島津家が……」
「島津がどうかしたのか?」
城を改修していたところに、三秋からの伝令を伝えに来た太平は大急ぎで事の様を全て伝えた。誠が台湾でいろいろあった間、何かあったことは聞いていたんだが、どうやら、よからぬ事態に発展してしまったらしい。
「はい、聞いた話によると、島津家と肝付家との間で酒宴が開かれたらしく、詳しくはわからないのですが、そこでいざこざがあったらしく、怒った肝付家当主が戦を仕掛けたとのことです。」
「そうか……少し時期が早くなっとるなぁ。」
「ん?何かおっしゃいましたか、殿?」
「いや、何でもない。太平、今の所何もしなくてよいが、警戒だけは怠らず、いつでも出陣できるよう準備をしていろ。」
「はっ。三秋殿にもそう、伝えます。」
「任せたぞ。八助!今日は南門の普請は止めだ。代わりに西門の方に回してくれ。生徒達が通るから、安全面にだけは気を付けろよ。赤崎。島津、阿蘇、相良、肝付、伊東、それぞれの領内に斥候を向かわせろ。動きがあり次第、伝えさせてくれ。」
「「はっ。」」
「殿。今日も学校とやらはやるのですか?」
「あぁ。生徒達には勘づかれないようにな。ただ、いつでも出陣できる準備だけはしておけ。」
「わかりました。では、先に授業のほうに向かっていますね。」
「と、殿・・・?」
「結月か……どうしたんだ、こんなところに。」
「いえ、家臣の皆さんが慌ただしかったものですから、気になって……また、戦に行かれるんですか?」
「いや、今のところは大丈夫だ。ただ、島津の方で戦があったからな。警戒だけしているんだよ。」
「戦がこっちに飛び火しないといいですね……」
「そうだな。島津には何としてでも、勝ってもらわないとな。それに、薩摩には旅館皐月があるしな。」
「殿……そうですね。頑張ってもらいたいものです。」
いち早く支度を開始した誠達とはうらはらに、その頃、島津では・・・・・・
「貴久様ぁ~~~!現在、肝付兼続率いる3,000の兵が加治木城に向けて進行中。我らの関所をも超えてきました。」
「そうか……父上はまだ交渉しているのか……」
「はい……ですが、敵もご隠居様の話を全く聞かず、交渉は難航しております。」
「わかった。家臣の失敗は主君である私の失敗でもある。この戦、負けておられんぞ。すぐさま前衛部隊を派遣しろ。皆の者、出陣の支度をせい!」
「はっ、直ちに。」
貴久の命令後、直ちに集まった前衛部隊300が肝付軍の侵攻を止めるべく、向かった。その後も、後続部隊を送っては、島津家は肝付軍の加治木城までの到着の時間を稼いだ。しかし、酒宴で馬鹿にされた肝付兼続の怒りは止まらず、大軍で攻め込んできたので、あっという間に加治木城は包囲されてしまった。
「まさか、肝付がこれほどまでとはな……少々、侮っておったわ。」
「それにしても、どうします?加治木城はすでに包囲され、なんとか抗戦していますが、いつまでもつのやら。」
「父上、この義久に秘策があります。私に300の兵を下され。」
「何かするのか?」
「はい、岩剱城を攻めます。」
「なに!?たった、300の兵でか?無理だ。あまりに無謀すぎる。」
「いえ、落とすことが目的なのではありません。あくまで、誘き出すためです。」
岩剱城の蒲生氏は肝付が加治木城に侵攻した際、敵意を見せた。貴久の子、義久は300の兵を夜襲で攻め落とそうと見せかけることで、肝付軍が岩剱城の救援に向かい、加治木城の包囲が無くなる。そこを島津軍総力を挙げて、挟み撃ちにするということ。
「そんなに、上手くいくのか?」
「それは、私の采配次第でしょう。いかに、私が上手く誘き出せるかですね。」
「しかしなぁ……岩剱城は名前のように、堅固な山城。そう、簡単には落とせまい。」
「それは重々、承知の上。ですが、このままでは加治木城は落ちます。あそこはこの内城の最終防衛拠点でもあります。それに、加治木城の家臣達を見捨てるおつもりですか!」
「いや。もちろん、見捨てるつもりなどない。しかしなぁ……」
「父上、この通りです。」
義久は自分たちの家臣を救うため、必死に懇願する。その思いに押し負かされたのか貴久はこれを了承した。ただし、『次期当主として、岩剱城も落としてみよ。』という条件付きで。あまりにも、無理難題な要求だったが、むしろ、義久にとってそれは、自信にしかならなかった。そして、夜更けになると、義久は二人の弟義弘・歳久を含む300の兵を連れ、初陣を飾った。
「兄上。それにしても、あの堅固な城を落とすのに300の兵とは思い切りましたなぁ。」
「全く義弘兄上の言う通りですよ。それに付き合う我々の気持ちも考えて欲しいものです。」
「そうは言いながらも付いて来とるではないか。」
「まぁ、あれを見れば、負けていられませんよ。」
「まぁ、それを聞けば、負けていられませんよ。」
二人が指すもの、それは恐らく誠のことだろう。自分と同じ年代にも関わらず、あれだけの財力・武力を誇る誠は、島津三兄弟の心を震わせていた。だから、義久は300の兵という大きな賭けに出た。
「ですが、兄上。どのようにして落とすんで?」
「俺の作戦はな、落とすんじゃないんだよ。ようし、ここら辺だろ。松明を用意しろ。」
「兄上、それでは敵にバレてしまいます。」
「いいんだよ。それより、松明を付けたら敵城の近くまで移動するぞ。ただし、松明は置いていけ。」
「なるほど、そういうことですか。」
「え、え?兄上、どういうことですか?え、ちょっとおいていかないでくださいよぉ!」
歳久の問いに返答することなく、二人は兵に命じて、松明・そして軍旗を置いて早急にその立場去り、忍び足で城へと近づいた。
それから間もなく、蒲生方の兵は、松明を見て、島津の軍勢が近づいていることに気づいた。そして、城主のいない蒲生方は判断が鈍ったせいか、これを討伐せんとて、出陣。もう、その時点で、決着はついた。
「兄上、敵が離れていきます。このままでは……」
「歳久、まだわからんのか。これでいいんだよ。」
「は?」
「もう行くぞ。全軍突撃ぃーーーーーーーーーー!」
蒲生方は、松明を見て、島津がこちらに来ていると判断、それを追撃するという選択は間違ってはいない、むしろ正しい判断だ。しかし、義久が松明と軍旗を置いていったのはそれを囮とするため。そして、兵を出した蒲生方の岩剱城は手薄となる。如何なる城も堅固であろうが、それは守るものが少なければ、容易く落ちてしまう。
「なるほど、そういうことでしたか。」
「お前はもう少し戦というものを学ばないとな。それに、戦が常に定跡通りとは限らんぞ。」
こうして、容易く岩剱城を落とした島津三兄弟。この知らせを聞いた肝付軍は蒲生範清を助けるべく、加治木城の包囲を解き、岩剱城へ向かった。しかし、それも計算積み。貴久は大軍をもって、これを息子達と挟み撃ち。結果、肝付軍をあと一歩のところまで追いつめたが、逃げられてしまった。そして、島津の一難が去った。
「我が息子たちよ、よくやってくれた。特に義久。次期当主として、その役目十分に果たしてくれた。」
「父上、もったいなきお言葉。ありがとうございます。」
この時、島津家は皆で勝利の喜びに浸った。
しかし、肝付撃退に成功した島津家に悪い知らせが届く。
「貴久様ぁ!大変です!肝付・伊藤・相良軍がそれぞれ我が城に侵攻を開始しました。」