#36 熊本教育政策
莉奈とのデートが終わり、侍女の詰所まで見送った後、千にもお礼として、簪をプレゼントした。とても喜んでいたようで本当に良かった。莉奈にだけ、褒美を与えるのは不公平だからな。千も頑張ってくれたし。もちろん、結月にも心配かけたので、綺麗な髪飾りをプレゼントした。いや、これが実に可愛くて、ちょっとというかかなり気恥ずかしかった。
「八助、今日の作業指示は任せたぞ。西門と北門は中止な、子供たちが通るから。」
「わかりました。では、早速。」
八助は、与左衛門、馬場、赤崎を連れて、作業に入った。誠は早速、教師の仕事を頼んでいる春と美紀、但馬の三人を呼んだ。
「二人共、すまぬな。少々、準備が手間どった。」
「いえ、その間は雑務をしていましたから大丈夫です。それより、殿。お聞きしたいことがあるのですが…」
「なんだ、申してみよ。」
「『教師』という職は具体的に何をするのでしょうか?」
「おぉーーー、そうか。説明してなかったな。」
誠はこの城下の現状を話した。今の民は日本語を話せることこそ、多いが、識字率が格段に低いこと。この時代は武家の子や裕福な商人の子しか教養がされていない。だから、一向に格差が減らないと。
「最初はどのくらいの人数が来るかわからん。部屋は四つある。それぞれの一室に教師を一人ずつ配置する。」
「殿、某はなぜですか?」
「あぁ、但馬を呼んだのは怪我が治るまでの間、頼みたいのだ。これからの普請は体力仕事だからのぉ。万一、傷に響いたらいけないしな。無理はよくない。」
「殿はこの前、某が無理をしていたのを見破られておいでで。」
「それで教える内容だが、字を書くのはもちろん。それに加え、算術と体育もだ。」
「算術と体育ですか?」
「まずは、算術だが簡単なけいさんをできるように。体育は私と但馬で武術等を教えようと考えておる。」
「え?急にやれと言われましても……」
「あぁ、もちろん今日の所は別のものを用意してある。だから、各分野一時間で教える識字と算術が終わり次第、中庭に集めろ。休憩は十五分しっかりとるように。」
近代的な教育政策を取り入れた誠は、各部屋に長机、座布団、黒板もどきを用意し、始める前にお手本として、軽く授業をして見せた。
「なるほど……殿の教え方はわかりやすいですなぁ。とてもじゃないがぁ、このように教えられるかどうか……」
「いや、これはあくまで一例だ。そう、落ち込まないでくれ。この国では、初めてのことなのだ。むしろ、誇りを持ってこの仕事を全うしてほしい。」
「「「はっ、分かりました。」」」
かくして、恐らく国内初の教育が始まった。城門を開けると、城下に住まう子供たちが一斉に入ってきた。子供たち以外にも店が休みの主人や農民夫婦、兵の親子などが集まった。誠は一旦、全員を中庭に集めた。
「えぇ~~~、ゴホン。この国は知っての通り、皆、平等である。同じ教室に農民もいれば、武士、商人もいるだろう。私達教師は、互いにこれらを差別することは許さない。みんな、仲良く勉学に励んでください。では、これからそれぞれの教室の担当教師を紹介します。」
三人の担当教師を紹介した後、生徒の仕分けの準備を始めた。集まった生徒は約80人、一教室あたり20人になった。初日にしては多い方だったとも言える。それから、各教室、授業に入った。
それでは、各教室の授業風景を見てみよう。
「皆さん、おはようございます。この教室の担当の山田誠です。皆さんも知っての通りこの城の主です。ですが、この場では先生です。山田先生と呼ぶように。では、授業を始めます。」
誠は自分の自己紹介を終えると、生徒一人ひとりに自己紹介をさせた。
「まず、この紙を見てください。ここに書かれているのは仮名文字です。今この国には平仮名とカタカナというものがあります。この文字には漢字から成り立っています。例えば、『あ』は安という漢字がこのように変化して、今の形になりました。」
「せんせぇーー。他にもあるんですかぁ?」
「こら!先生にご迷惑ですよ。先生、ご無礼をお許しください。」
「はっはっは。いいんですよ、お母さん。ここは学ぶ場なんですから。皆さんもどんどん質問してくださいね。さっきの質問についてですが、『か』は加という漢字からできています。」
「ほかには、ほかにはー?」
「そうですねぇ、例えば・・・」
生徒が興味を示したのか、結局全部の由来を教えることになってしまった。
「では、練習に入りましょう。手元にある紙にそれぞれ二十回ずつ書いてください。」
「はーーーーーい!」
一斉に筆を動かす生徒達。誠はその横を見回りながら、しっかりと書けているか見守る。
「お姉さん。この字は、こういう書き順で書くんですよ。あと、このように手を添えたら、丁寧に書けますよ。」
「あ、ありがとうございます。」
さりげなく、手を添えて教える。
「せんせぇー。これはぁ?」
「おぉーーー。うまく書けてるね。えらい、えらい。」
「えへへへへ……」
「では、そこまで!次は算術の授業ですので次の準備をしてください。休みは十五分与えます。」
このように、識字の授業を終えた。では、次は算術の授業を見ていきましょう。この教室での担当教師は春であった。
「で、では、算術の授業を始めます。まず、算術というのは、物の数えたりすることです。これを知っておけば、金銭なども数えることができます。」
まず、春は+、-、×、÷、=の記号の意味を教えた。そこから、生徒がすんなり理解するために例も出した。
例えば+だったら、『A君とB君が紙を二枚ずつ持っています。A君が紙を一枚、B君に渡したら、どうなるでしょう。』と。
もちろん、これは授業前に、誠が各教師に渡したマニュアル通りに事を進めている。流石に、慣れないことをいきなりさせても、成果はあがらないと誠が配慮したのだ。そのおかげで、教師たちは緊張しながらも、普通に授業を進めている。
「では、この記号の意味と考え方が分かったところで、実際に問題を解いてみましょう。この紙を後ろに回してください。」
春が指示すると、生徒は素直にプリントを回していく。春の『始め!』の合図で達、生徒達が一斉に問題を解き始める。今生徒達が解いている問題は足し算から割り算までの計五十問。解いている間は、見回りをする。
「やめ!」
程なくして、算術の授業を終えた。とりあえず、生徒を中庭に誘導してから、一旦四人、四人は集まった。
「初の授業はどうだったかな?」
「はぁ。もう、分からないことばかりでしたし、慣れないことはするもんじゃないですね。やはり、某は戦場が向いているようです。」
「私はすごく緊張しました。殿のこれがなかったら、授業どころじゃなかったです。」
「同じく、私もです。」
「誰しも最初はそんなものさ。これから慣れて行けばよい。」
「「「わかりました。」」」
「じゃあ、これが玉蹴りのルールね。」
「るーるぅ?」
「あぁ、規則ってことだよ。」
「ほぉお、これは。」
「お、但馬。気づいたな。」
「これはまるで戦みたいですなぁ。」
「まぁ、厳密に言うと違うんだが……似てるところはあるよな。」
「で、これをどうするんですか?」
「あぁ。これを生徒達に教えたら、各教師は大将として選手を指示する。」
「なるほど。」
「私達も生徒も楽しくできて、まさに一石二鳥ですね。」
そして、恐らくこれが日本で初めて、いや、世界で初めてのサッカーの試合となるのだった。