#33 帰還後の山田家
日野江城が落ちた後、誠達2,000名の兵は長門に乗船して、熊本港へと降り立った。城には前もって連絡していたので、港には多くの兵と家臣達が出迎えをしてくれた。
「殿ぉお~~~!」
「おぉっとっとぉ。ただいま、結月。それに、皆も。」
「もう、ここ一ヶ月ほど帰ってなかったから、夜もおちおち眠れませんでしたよ。」
「あぁ、すまなかったな。心配かけて。何もなくて、何よりだ。」
「い、いえ。何もなかったことはなかったんですが……」
「ん?」
聞くところによると、相良氏と阿蘇氏が有馬氏の援軍として、城下をこっそり通ろうとした所を民から報告を受けて出陣したらしい。幸い、こちらに死傷者は出ず、敵もバレた瞬間、大慌てで逃げたらしい。
「今回は我々の勝利だ。早速、手負いの兵を休ませてやってくれ。あと、莉奈も休んでおけ。」
「しかし……」
「いいから。な、今日の侍女は千に任せるから。」
「わかりました……」
「何かあったんですか、殿。」
「敵の攻撃から私を守ってくれたんだ。今回の功労者は間違いなく、莉奈だな…」
「そんなことが……莉奈には感謝しないとですね。」
「全くだ。」
「そうだ!莉奈のお願いを何でも聞くというのはどうでしょう?」
「いいですね、何か与えられるよりもそっちの方が莉奈殿も喜ばれるでしょう。」
「そうなのか?」
「はい!もう全く、殿は乙女心なんてわかってないんですから。」
「そ、そんなものなのか……」
何かよからぬことを考えていそうだが、まぁ莉奈に限ってそういうことはあるまい。とりあえず、城に戻って御殿の間に、今回加わった家臣も含め一同を集めた。
「こちら、少弐氏から馬場鑑周、大村氏から遠藤但馬・赤崎伊予だ。皆、これから仲間だ。よろしく頼むぞ。」
「殿。お三方には失礼ですが、本当に信じられるのですか?」
「まぁ、八助の言いたいこともわかる。元とはいえ敵として争ったのだからな。かといって、殺すわけにもいかん。盟約に反するからな。」
「そうですよね、愚問でした。申し訳ありません。」
「いや、いいんだ。三人共、気を悪くせんでくれ。こいつは根は優しいやつなのだ。ただ、心配性なもんでな。家のことを思って、言ってくれてるんだ。この通りだ……」
「いや、頭を上げください。我々もそのことは、重々分かっています。それは、これからの働きでしっかりと証明して見せます。」
「おう!しっかり頼んだぞ。それから、先の戦で手に入れた城である原城は与左衛門に任せる。原城は、これからの熊本港での貿易で、警備の城として使用する。だから、手に入れた大筒を四つ配備する。」
「いいんですか、某が城主で?それに、この城の改修も……」
「あぁ、大変だと思うが、兼任で頼む。」
「わかりました。この与左衛門にお任せを。」
「頼んだぞ。何かあったら、龍造寺家の日野江城に頼めばよい。」
「では、各々通常の仕事に戻ってくれ。残りの大筒は、御船城の防衛に使え。三人は、これから行う熊本城の改修を手伝ってくれ。」
「「「わかりました。」」」
三人と八助、与左衛門、誠達は南門の改修へと向かった。
「おぉ!大分進んでいるみたいだな。」
「はい、殿の書いた図で分からないところのみですね。北門、東門も同様で、残りは西門のみですね。」
「こ、これは、このような門が……」
「そうだな、四方を櫓で囲んでおる。ここに入れば、敵も終わりよのう。」
「あの船もそうですが、我が殿は凄いものをお持ちですなぁ。」
「鑑周、褒めても何も出んぞぉ。まぁ、まずはこの図面を。私と但馬で、南門を。赤崎と八助は東門。鑑周と与左衛門は北門を頼む。」
「わかりました。」
「では、早速始めるぞ。八助、まずわからなかったところを説明してくれ。」
「はい、実は東門のとこの堀なんですが……」
「あぁ、そうだな。坪井川を少し拡張して、二段掘の構えにしろ。一段目は障子堀、二段目は川の水を使った水堀に。あ、橋を架け忘れるなよ。それから、隅には櫓を頼むぞ。東側は基本高くな。だいたい、二段な。」
「二段もですか?それは高すぎではないですか。」
「いいんだよ。八助、俺はな。この城を後世にまで残したいんだよ。その時に戦争の遺物みたいに思われたくない。できれば、『美しい建造物』とか『日本人の誇りに思われる建築物』にしたいんだよ。」
「そういうことでしたか。なら、こちらも頑張らないといけないですね。」
「あぁ、二段の石を積むのは大変だが頼むぞ。」
「はい、お任せください。」
一通り誠の説明を聞き終えた八助は赤崎とともに東門改修しいては、東側の城壁作りに取り掛かりを開始するために向かった。
「では、但馬。我らも南門の改修を始めるとしよう。あまり、無理はするなよ、怪我はまだ治っていないんだから。」
「はっ、わかりました。お気ずかいありがとうございます。でも、自分は大丈夫なので、早速やりましょう。」
「わかった。では、作業を開始する。」
二人は本丸に続く南門の左右の櫓の調整に取り掛かった。八助達が分からなかった所は建築工事(この時代では作事)で緻密な計算が必要なので、そこで、時間を食ったらしい。直ちに、その調整に入った。それと同時に、南門を出てからの通路と二の丸の櫓を但馬に任せた。
二の丸から本丸に向かうまでの通路はできるだけ、直角にして傾斜を高くした。上からの攻撃により少しでも鉄砲の命中度を上げるためだ。
それから、作業は夕刻まで続いた。無事に南門の改修も大詰めをむかえ、南側の改修は川まで続く二の丸、三の丸の改修のみとなった。作業を終えようとする頃、千から莉奈が目覚めたと聞いたので、見舞いに行くことにした。
「気分はどうだ、莉奈。」
「と、殿。なぜここに?」
「いやぁ、よいよい。そのまま横になっておれ。あ、汚れたままきてしまったな。すまんが、勘弁してくれ。」
「いえ。わざわざご足労をしてもらっただけでも有難いです。それで、何の御用ですか。」
「あぁ。見舞いもそうなんだが、お主には先の戦での褒美をやらねばと思ってな。なんたって、私の命を助けた恩人などだから。」
「そんな、恐れ多い。私は殿の侍女です。殿の命を守るのは当然の責務なのです!」
「しかしなぁ、自分の命を投げ捨ててまで、他人の命を守ることはとても勇気のいることだ。だから、遠慮せず何でもいいなさい。」
「わかりました。では、殿が奥様としていたでぇとというものがしてみたいです。」
「ほぅ、それは八助か、それとも与左衛門か?」
「ぃぇ……」
小声で違うという言うと、莉奈はゆっくりと誠の方を指さす。
「へ?私とか?」
コクコクとうなずく莉奈。
「莉奈よ、デートというものはな。好きな者同士がするものだぞ?」
「いいではないですか、殿。」
襖の戸を開けて、入ってきた結月は莉奈とのデートを進める。
「いいのか?」
「えぇ。それとも、殿は莉奈さんのことお嫌いなのですか?」
「いや、嫌いじゃないが……」
「だったら、いいではありませんか。何でも莉奈さんの言うことを聞くのでしょう?」
「あぁ、わかったよ。結月がいいならな。」
「はい。あ、それとひと月分の私のお相手もしっかりとしてくださいね。」
「わかりましよ。では、莉奈よろしくな。」
「はい!ありがとうございます。奥様も。」
微笑んだ結月はそのまま後にすると、それに続いて、誠も部屋を出た。結婚当初は不安だらけの結月だったが、もう随分と慣れたせいか、誠の妻としてしっかりとするようになってきた。誠は今夜は激しい夜になりそうだと思った……