採用!
異界の旅には危険がつきものだ。徒歩で隣町へ繰り出すだけでも道中、2、3度は山賊に襲われ、時には強力な怪物に出くわすこともある。
この世界には冒険家と呼ばれる者たちが各地に点在するダンジョンや異界の更に深部に位置する危険な領域を探索し、そこからの戦利品などで交易が行われ重要な経済活動となっている。
俺も最初は冒険家志望だった。しかしながら現実はそう甘いものではなく、冒険家となる者達は皆一様に特殊な技能や能力があった。
簡単な話、俺にはそれらがなかった。
ダンジョンを探索しようにも恐らくすぐに野垂れ死んでしまうし、現在でも隣町へ移動するだけでも冒険家一行に付き添って行かないと到着する頃には身ぐるみどころか生きているかさえわからない。
ただこの世界を冒険して回りたいという幼い頃からの夢だけは捨てきれず、せめて冒険家や勇者達の手助けをすることができればと思った結果、自分の働く場所は決まっていた。
その場所の名前は「国立ファストトラベル協会」。この世界の冒険家すべてが利用する。この世界唯一の安全な交通機関だ。
今日はそこで働くための重要な選考試験の日だったが、筆記試験などはなく面接も約10分で終了し、その場で採用が告げられた。
あまりにも拍子抜けの結果に何度も夢ではないかと頬をつねるが夢から覚める気配はない。
「本当にこんなのでいいのか……」思わず独り言がこぼれる。
「こんなのでいいのよ」後ろからファストトラベル協会の制服を着た長身の女性が声をかけてきた。
「あ、先程の面接ではどうも……でもほとんど何もしてませんし……」
「うちの試験で最も重要なことがあるのだけれど……」
「と言いますと?」
「冒険者や勇者たちが持つような強力な能力を持たないこと。それだけよ」女性の言うことに理解が追いつかず頭のなかに疑問符がいくつも浮かび上がった。
「まぁ、とりあえず採用おめでとう。私はイリーナ・モロトフ。明日からあなたの教育係よ」
そう告げるとイリーナは静かに微笑んだ。