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隧道

作者: ウミガメ餅
掲載日:2016/11/15

ぱたっという音が右の肩の後ろから聞こえた。しずくが大きな葉に落ちたのか、鳥の糞かもしれない。私は東上さんとトンネルへの山道を歩いている。東上さんはわたしの少し後ろを歩いていた。真夏なのに山は涼しくて、はかない蝉の声が頭のずっと上の方で鳴っていた。東上さんは私より20才歳上で、私の課で課長代理を勤めている。先々月あたりから東上さんは妻子と別居しているらしい。そんなわけで特にこれといった趣味もないこの細身のおじさんは余暇を持て余していたので、一緒にハイキングにいかないかと私を山に誘ってくれた。麓の緑地公園を2人でふらふらして、私がこさえた弁当を2人で食べた。そしてこのあとの予定を決めていなかったのでどうしようかと考えていると、東上さんが思い出したようにこの山の上に行ってみたいトンネルがあったんだ。と提案したので私はそれに賛成した。彼曰くそのトンネルは心霊スポットらしく、東上さんがそういったものに興味があったのかと意外だった。

 私は入社して間もなく東上さんと関係を持った。東上さんは私にとてもよくしてくれた。彼は家族の話をあまりしなかったしそのことについて私から訊ねることもなかった。

「さっき地図を確認した感じだと茄子トンネルまではあと20分ほど歩けば着くと思うよ」

「あと20分くらいね」

 私はいま向かっているトンネルの名前が可笑しかった。茄子トンネルだなんて。名の由来をネットで調べてみても諸説あるみたいで今ひとつ要領を得なかったのもあって。トンネルへの私なりの脚色の幅も広く。より可笑しかった。まるで、マイペースな私と東上さんの関係を象徴するかのようだ。

 逢瀬のきっかけは私が入社して半年ほど経ったころ、なんでも無い仕事帰りに東上さんが飲みに行かないかと誘ってくれたことだった。それからは度々、日々の間隙を縫うようにふたりで身体を重ねた。ありきたりな愛人関係なのだがありきたりなのが私には可笑しかった。東上さんといるのは、すきだ。東上さんの身体も。匂いも、早くも少し白みがかってきたそのこめかみも。

 どれほど歩いただろうか。山に沿ってうねる国道はだんだん狭く急勾配になってきた。私は気温が涼しく空気も清清しいのでまだ余裕だったが、東上さんは少し応えているようだ。微かに喘ぎながら鼻に汗の玉が浮かんでいた。私はそれをポーチから出したハンドタオルで拭ってやった。東上さんは彼特有の左の口端をつり上げるだけのはにかみでありがとうと言った。

 やがて眼前にトンネルが出現した。なんの変哲もない薄汚れたトンネルだ。トンネルは短くて、せいぜい4、50メートル程だろうか。入り口の直ぐ向こうに出口が見えていた。普通の国道なので車の往来もあるらしい。

「なんか案外普通のトンネルだね」

東上さんはうんと軽く頷いた。

「なっちゃんは人柱って知ってる?」

「ああ、それで心霊スポットなんだ」

私たちは並んでトンネルに入った。トンネルは外で見た印象とは裏腹に、入ってみると反対の出口までの距離が果てしなく感じられた側端の闇は深く、壁の根元があいまいになっているようだ、空気が異様にひんやりしていたが、それはさっきまで何か暖かいものが充満していてそれがさっと抜けたような空疎な冷ややかさだった。この感覚を覚えたときに私はとっさに東上さんの手を握っていたらしい。

「東上さんここ何だか良くないよ。公園に降りよ?」

東上さんは何か返事をしていたが何故かよく聞き取る事が出来なかった。

 その時外から雷鳴が轟いた。快晴だがどこからともなくごろごろと遠雷が山に響き、そしてトンネルを震わした。私はなにか尋常ではない冷たくおぞましい気持ちに捕われた。

 東上さんはそれを受けても黙っていた。私は東上さんに縋るように彼の前に回ってその顔を見上げた。しかしちょうど逆光で東上さんの顔は影になっていた。そしてその影にはいままで見た事のないような恐ろしい形相が浮かんでいるような気がした。

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