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後編



 夜遅く、三日月の明かりだけが町を照らしていた。


 マルジは暗闇の中を迷うことなく進む。


 アーシャの娘、ナユを拐った連中の隠れ家は町の外れにあった。


「よかった、灯りが消えてる。もう奴らも眠ってるみたいだ」


 100M程離れた建物の影に身を隠しようすを伺う。


「瓶を持った男が机の上で寝ているわよ? 酔い潰れているのかしら?」


「え、見えるのか?」


「……え……見えないの?」


「……」


 不思議そうな顔をされてしまった。


 マルジはアマゾネスの能力の高さに閉口する。


(夜目もきくのか、さすがは産まれながらの狩人だ)


 彼は懐を探り、薬袋の数を確める。

 二袋分のシンシアの粉は確かにあった。


「じゃあ、俺が行って娘さんを取り返してくるから、君はここで待っていて」


「どうして? 私も行くわよ!」


 不満を漏らす彼女の口をマルジは慌てて塞いだ。


「ちょっと、声が大きいぞ」


「……ごめんなさい」


「君が行きたいのもわかる、でもここは俺一人の方が都合がいい」


「どうして?」


「俺の武器はこのシンシアの粉だけだ、こいつを使って襲ってきた奴らを眠らせる。もしそこに君がいたらどうなる?」


「うん?」


「君まで眠ってしまったら、さすがに俺も運びきれないぞ」


「そうか、そうよね。私もあれを吸ってしまうのは二度とごめんだわ」


 ようやく納得してくれたようで、マルジはため息を吐いた。


「じゃあ私は、ここで待っていることしかできないの?」


「うん、でも任せてくれ。必ず娘さんは連れてくるから」


「待って」救出に向かおうとするマルジを呼び止める。「じゃあせめて、これを持っていって」


 彼女は腰に携えた短刀を外し、マルジに寄越した。


「いや、俺はこういうのは使いなれてないんだけど……」


「持っているだけでいいのよ、アマゾネスのお守りのようなもの。代々受け継がれる守護の短刀なの」


「そんな大切なものを、いいのかい?」


「貸すだけよ? とにかく持って行って」


「わかった、ありがとう」


 短刀を受け取りマルジはアーシャを残して、奴らの隠れ家へと向かう。


 息を殺し家の壁を伝いながら、窓を覗き一部屋一部屋ナユの姿を探していった。


(思っていたより人拐いたちの数が多いな)


 ナユを見つける前にどうしても大人たちの姿が目に入る。


 奴らはアーシャの言っていた通り、酒を呑んで酔い潰れているようで、部屋の至るところにアルコールの瓶が転がっていた。


(────っ! いたっ、あの子がナユか……)


 一室でベッドに寝かされる6歳程の少女の姿が目に写った。


 窓に手を添えてぐっと力を入れると、簡単に開いてくれた。

 不用心にも施錠もなにもされていない、しかし今の彼にとってはそれが好都合だった。


 窓からそっと室内に侵入する。


 すると独特な香りがマルジの鼻を突いた。


(……そんな、まさか……)


 室内を見回す。

 それはナユが寝かされているベッドのすぐ側に置かれていた。


(……フシランカの香を焚くなんて)


 彼はすぐにナユの様子を見る。


 息が荒く顔も赤い、額に掌を当てるとやはりかなりの高熱を出していた。


(まずいぞ、まさかこんなに小さな子供にフシランカの香を嗅がせるとは思わなかった)


 フシランカは水辺に咲く美しい花である。


 その花の根を乾燥させ、焚くことにより鎮静の効果が期待できる。


 本来、精神安定の薬として使われているのだが、お香のようにして大量に吸い込むことで、一種の麻薬のような効果をもたらすこともあった。


 フシランカに含まれる微量の毒素が、脳に悪影響を及ぼすのだ。


(ここの奴らはナユちゃんを麻薬中毒にして、暴れさせないようにしたかったんだろうけど……)


 微量とはいえフシランカには毒素が含まれる。

 もしナユのような幼い子供に大量に嗅がせてしまったら。


(このままでは、彼女は死んでしまう)


 すぐにマルジはナユを抱え上げるが、彼女の腕がベッドとロープで繋がれていて運ぶことができない。


 ふと、そこで腰の短刀を思い出す。


(借りといてよかった。さすが守護の短刀だ)


 短刀をロープに突き立て切る。


 使いなれていないこともあり、思ったより時間が掛かってしまった。


 ようやく切断しナユを抱えあげたとき、部屋の扉が開かれる。


「何者だ貴様! おい、侵入者だ!」


 男の声が隠れ家中に響く。


「────しまったっ」


 急ぎ窓にから脱出しようとするも、男から襟を捕まれ倒されてしまう。


「くそっ、馬鹿力め、だから俺は喧嘩は苦手なんだっ」


 息を止め、迷わずシンシアの粉をぶちまける。


 至近距離でおもいっきり吸い込んでしまった男は即座に倒れ、後から部屋に入ってきたその仲間も数秒で眠りに落ちた。


 マルジはナユを抱えてやっと窓から脱出する。


 他の出入り口から出てきた男たちにも、残りのシンシアの粉を吸い込ませてやった。


 しかし、


「くそっ、人が多いっ!」


 予想以上にいた人拐いの連中は、シンシアの粉がなくなったあとも、二人、三人追いかけてくる。


(手持ちの武器なんて、もうこの短刀しかないぞ……)


 殆ど使ったこともない短剣を見て、やるしかないかと覚悟を決める。


「────ぐわっ!」


 立ち止まり振り返ろうとしたとき、背後で男の悲鳴が上がった。


「マルジっ! はやくっ!」


 見ればアーシャが矢を射っていた。


 次々と男たちは倒れ、地面に這いつくばりうめいている。


(この暗闇の中で、さすがだな……)


 マルジはアーシャの元まで戻り、二人揃って走り出した。


「ありがとう、助かったよ」


「足を撃ち抜いただけだから、まだ用心は必要よ?」


 どこまでも優しい人だと、マルジは隣を走る彼女を見た。


 褐色の肌が弱々しい月明かりに照らされて美しかった。



        □□□□□□□□□□



「ねえ、大丈夫なの? ナユは助かるのよね?」


「ああ、必ず助ける。必ずだ」


 森の奥の横穴がある大岩まで戻ったアーシャは、高熱にうなされ苦しむ娘を、ただ見守ることしかできなかった。


 森の湧水から汲んできた水で、布切れを湿らせナユの額に乗せる。


 彼女自身の熱ですぐに温くなってしまうそれを、何度も何度も取り替える。


「ナユぅ、お願いよ、死なないで」


 マルジを見ると鉄鍋を焚き火にかけ、よく分からない草を大量に煮詰めている。


「何をしているの?」


「これはケラム草だ」


 紫色の双葉の草をマルジは見せてくる。


「ケラム草は少量だが毒性のある薬草だ」


「毒? そんなものどうする気なの?」


「確かに毒は毒だが、フシランカの毒素を中和する効果があるんだ。元はの薬草でも、使い方によってはちゃんとしたになるのさ」


 そう言って、マルジは鉄鍋にケラム草を次々と足してゆく。


(私にはよくわからないけど、なんでもいいからお願い、ナユを助けて)


 娘の荒い呼吸を聴いて、母は涙を流す。


「よし、もう少しだ」


 彼は鉄鍋の中身を布の上にひっくり返す。

 そして布を絞りあげ、器の中に紫の液体を絞り出した。


「かなり苦いはずだけど、これを娘さんに飲ませるんだ」


アーシャはそれを受けとる、信頼できる瞳が大丈夫だと言っている。


「ナユ、これを飲んで。ね、お願い」


 ナユは少し口に含むも、すぐに吐き出してしまう。


 何度やっても飲んでくれない。


(このままだと、ナユが……これだけは絶対に飲ませないと)


 アーシャはケラム草の煮汁を自分の口に含んだ。


(うっ……苦い)


 舌先がぴりぴりと痺れる。この毒こそが娘をおびやかす毒を中和してくれるのだと思った。


 アーシャはナユの口を舌で押し開け、口移しでそれを飲ませる。


 吐き出してしまうのを、自分の口で抑えた。


 ナユが少しずつ飲み込んでゆくのを見て、胸を撫で下ろし、数回それを繰り返す。


「うん、充分だと思う」


「ナユは、ナユは助かるのよね?」


「ああ大丈夫、明日の朝には熱も下がっているさ。と言っても、あと数時間もすれば朝日が昇るんだけどね」


 その笑顔を見てアーシャは脱力するように体を横たえた。


 自分の娘に頬ずりをして、その胸に抱いた。



        □□□□□□□□□□



 マルジはうさぎの肉にかぶりつく。


 こんがり焼かれた表面に歯を突き立てると、閉じ込められていた肉汁が溢れだし旨味が口の中に広がった。


 今朝、ナユを連れ帰ると言うアーシャが朝食用としてうさぎを捕って来ていた。


 起きたばかりで肉なんてと思ったのだが、朝から肉を食べるのがアマゾネスの風習だと言われれば、受け取らざる終えない。


 しかしやはり食べる気にもならず、こうして夜になってから焼いて食べているのだった。


 暗闇に沈んだ森の中から、がさがさと音がなった。


 彼女は、この焚き火こそが目的地だというようにまっすぐ歩を進める。


「早いな、もう戻って来たのか……」


「うん」


「娘さんは大丈夫だったかい?」


「うん」


 彼女はゆっくりと焚き火の前に腰を下ろす。

 彼との距離は数十センチと離れていなかった。


 焚き火を見詰めるその横顔を見る。


 大きな瞳で睫毛は長く、火に照された褐色の肌は輝いて見える。


 少し湿った彼女の薄い唇がゆっくりと動いた。


「ねえ、マルジ……」


「うん?」


「たった数時間あなたと離れていただけなのに、なんだか……とっても苦しかったの」


 彼女は決して彼の方を見ない。ただその瞳に、揺らめく炎を写していた。


「これは……いったいなんなの? 私はどうかしてしまったの?」


 膝を抱え胸に寄せ、彼女は顎をうずくめる。


 彼女の着る獣皮じゅうひの衣服がはだけ、深く入ったスリットから肉付きの良い大腿部が覗いた。

 そこに射す影が、彼女の気持ちを代弁しているのだと彼は思った。


「……」


 手を伸ばせば彼女がいる。


 それが何だか不思議なことのようで、俯いて黙ってしまった彼女の髪を撫でる。


 艶のある黒髪に触れると、彼女は怯えるようにして小さく震えた。


「むしろ俺はそのことを聞けて嬉しかったけどね」


「嬉しい? 私は苦しいのよ?」


「うん、俺も苦しかったから……君と離れて苦しかったから」


 彼女は彼を見詰めた、彼は彼女を見詰めていた。


 戻ってきて初めて視線が合ったような気がする。


「好きなんだよ、俺は。君のことが好きでたまらない」


「私はアマゾネスよ?」


「関係ないさ」


「一緒には居られない」


「今、一緒にいる。なんなら俺が君の集落に行ってもいい」


「だ、だめよ。それはだめ、殺されちゃうわ。男人禁制なの」


「え、そこまでか、ハハッ。怖いな」


 マルジはちまたで言われる男の楽園が、空想の現実であることに笑いを溢した。


「じゃあ、俺たちの一緒に居られる時間は、限られてるってわけだ……」


 マルジは彼女に身を寄せ、地面についた手に体重を乗せる。


 彼女の顔が、その唇がすぐそこにあった。


 アーシャも彼の意図を汲んだように、そっと顎を上げる。


 直前に口の中がうさぎの脂で汚れていることを思い出す。しかしここまできたら彼には止めようがない。


 彼女であればきっと許してくれるだろうことを願う。


 焚き火の灯りで岩天井まで延びた二人の影は、そっと重なり一つになった。


 彼女の唇は柔らかく従順だった。


 舌が絡み吐息がかかる。互いの唾液が混じり合い、幾度となくゆき交った。


 彼のとがった舌先は彼女の前歯の稜線りょうせんをなぞる。


 暗闇に沈んだ森の中で、ふくろうの鳴き声だけがその静けさを際立たせていた。










 目を覚ますと見慣れた岩天井があった。


 そこに彼女はもういない。


 彼はうさぎの捕り方を知らなかった。





マルジとアーシャがイチャイチャし続ける話を書きたいなぁと思いできた小説となります。苦いお薬は嫌だけど、アーシャの口移しなら飲んでもいいなぁとか思ったり(笑)

最後までお付きあいいただき誠にありがとうございました。

本作は私の四作目となります。ご感想やアドバイス等お待ちしております。

現実世界でのイチャイチャを夢見ながら。

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