《マッスル帝国》
「……くーあねむねむなの」
「……にーたん」
俺が五回のイベントフィールドをやり終えると、怖がったりと色々疲れたらしいクーアとテーアが目を眠そうに擦りながら子供の俺に抱き着いてきた。
「……そうだね。僕も眠くなってきちゃった」
子供の俺は二人の頭をよしよしと撫でながらふぁ、と小さく欠伸をした。
「お姉ちゃん達、皆一緒に寝よ?」
子供の俺は瞳を潤ませて上目遣いにメンバー十人を見つめる。その破壊力はメンバーの心の声が教えてくれた。
(((……か、可愛い~~~~~っ!!!)))
心の中だけでなく表面上も悶える程である。クノ、カタラ、ティアーノの無表情三人娘が嬉しそうにしていたのだから、その威力が窺い知れると言うモノだ。ルイン、リリス、リアナなどはハァハァと息を荒くしていて少し危ない雰囲気であったが。
「「「もちろん(よ)」」」
そして十人は快く子供の俺の要求を受け入れた。……そう言えばアカリには決して話しかけようとしないな。やはりそこは異性のお姉さんに惹かれるからだろうか。中性的で分からないアカリの男説がこれで信憑性を帯びてきたな。
……ということで、子供の俺がギルドマスター権限を使って俺の部屋のベッドを極限まで大きくし(何を勝手なことをしている)、全員が寝転べるベッドにしてから十三人全員で眠りに着いた。
……子供の俺と背後霊と化した俺の感覚はリンクしているので、特に両側にいるレヴィとティアーノの豊満な胸に顔が軽く挟まれると言う状況は十代男子としてかなり危うい。柔らかくて良い――ではなく、危うい。子供になって役得だとか思っていない、決して。
午後一時から起床してビーチバレーの会場である砂浜に向かったのだが、起きた時ティアーノの胸に顔を埋めるように抱き締められていて気持ち良かったとか思っていない。子供になって役得だとは思っていない。子供の俺が味わっている感覚をそのまま味わうのでティアーノの胸がいつもより大きく感じて役得だとか思っていない。
二回戦の相手はシードである《マッスル帝国》だ。その名の通りガチムチマッチョ共が集まるギルドで、試合前に自慢の肉体を披露しようと筋肉を盛り上げてポーズを取っていた。……俺とアカリ以外女性プレイヤーだけの《ラグナスフィア》とは違ってむさ苦しいギルドだと思った。
「ねえ、お姉ちゃん達」
最初から『俺の一人勝ち』でいくようで、子供の俺が前の中央に構えている。その俺が言った。
「あいつら全員消すから、手伝ってくれる?」
「一緒に寝よ?」と可愛く「おねだり」した時とは違い、聞いた者がゾッと底冷えするような冷徹な声で言った。
(((そう言うところも可愛い)))
だが子供の俺によってショタコンを開発されているメンバーはゾッとしなかったようで、何故か「可愛い」と思っていた。……もしかして『王子の口づけ』を使ったのか? いや、そんな素振りはなかった。もしかしたら抱き着いた時にキスを数回していたのかもしれない。だとしたらこいつ程腹黒い子供はいないだろう。ユイの子供時代より腹黒いかもしれない。
「ふん! 残念だが子供に倒される我らではない! マッスル!」
「「「Yeah、マッスル!」」」
ギルドマスターの日焼けした浅黒い肌を持つゴリマッチョが言って、メンバーがそれに呼応する。……何だこの変態集団は。よくこんなにメンバーが集まったな。
「煩いな。それ以上嘗めた口利かないでくれる? お・じ・さ・ん達♪ ――殺すよ」
子供の俺は苛立っているのか怖い笑顔で言うと、冷えた瞳に急変して告げた。……俺はこのような子供ではなかった。寝起きも良い方だった。
「……お、おじ……っ!? いいや、我らマッスル!」
「「「Yeah、マッスル!」」」
ギルドマスターのゴリマッチョはショックを受けていたようだがムキン、と筋肉を一層盛り上げるとメンバーも呼応した。……暑苦しいギルドだな。「マッスル」と言う毎に呼応しなければならないのだろうか。ではこちらで「マッスル」と言ってポーズを取らせれば隙だらけになるのではないか?
「マッスル」
俺がそう思ったと同時、こちらのリアナが軽くだが強烈なサーブを放ってから子供の俺がボソリと呟いた。
「「「Yeah、マッスル! ……あっ」」」
すると相手のギルドメンバー全員がポージングをして、一人がリアナのサーブを顔面で受けた。HPがガクンと減るが、驚いたことに直撃を受けておいてオレンジゾーンまで減らなかった。流石はHPが高くなる《武闘家》と思われるプレイヤー達だ。一撃でここまで耐えたのはこれが初めてだろう。
「ふはははっ! そんなヘナチョコサーブでは我らの筋肉は破れん! マッスル!」
「「「Yeah、マッスル!」」」
ガチムチ共が煩い。いい加減にして欲しいのだが、確かに今までよりダメージが低い。他のメンバーが相手のレシーブを崩すことは出来ないだろう。
「ヘナチョコサーブ? それならこれはどうです!」
リアナは勘に障ったのか『鬼化』を発動してサーブを放つ。
「ふん、だからヘナチョコだと言っておるのだ!」
メンバーの一人が言ってムッキムキの腕でしなやかにレシーブを上げる。……なかなかやるな。
「トォス!」
「そして、マッスルアタック!」
「させると思ってるの、おじちゃん達?」
力強く安定したトスに強烈なアタック。だがそのアタックしたマッチョの前には子供の俺がいて、小さい身体を活かしてアタックを蹴ってそのマッチョの顔面にボールを当て、あらぬ方向へボールを飛ばす。……顔面を狙ったのは指摘しないで欲しい。寝起きが悪いのかかなりお怒りなのだ。
「ぬうっ!」
「甘いよ。子供だと思って嘗めないで欲しいな」
子供の俺は悔しげな顔をするマッチョに冷ややかな視線を向けた。
「はぁ!」
二連続ポイントを経てリアナのサーブ。だがすでにマッチョ達には攻略されている。
「ティアーノお姉ちゃん」
子供の俺は試合中だと言うのにティアーノに抱えられ、ビキニで剥き出しになった豊満な谷間に顔を埋める。……これがティアーノの胸の生の感覚か――ではなく、試合中にお前は何をやっているのだ。子供なら何でも許されると思うな。
「マッスルトォース!」
「うおおおぉぉ、スーパーマッスルアタック!!」
先程よりも強烈なアタックを、ギルドマスター自ら放つ。
「だから甘いって」
子供の俺は呆れたように言って、ティアーノから『跳躍』し『空中跳躍』を二回連続で行って加速し、すぐにギルドマスターの前に現れる。……いや、甘いのはお前だ。先程よりも強いアタックを何の付与もしていない脚一本で受けられるハズがないだろう。
「っ……!」
案の定、子供の俺は顔を顰めた。……しっかり相手の顔面に返したのは流石と言っておこうか。
「……」
ゴリマッチョに何も言えず、蹴った方の左脚を浮かせ右脚で着地する子供の俺。
「……うえぇん。痛いよぉ、リアナお姉ちゃぁん」
子供の俺は片脚でピョンピョンとリアナの下に行き、ギュッと抱き着いて涙目で訴えた。
(((殺すっ!)))
それを見たメンバー全員が相手に対する殺意を抱いた。
「子供相手にムキになって恥ずかしくないんですか?」
「……あっ、いや……」
リアナの鬼の形相に、マッチョ達が圧されていた。……流石は泣く子も気絶するリアナだ。あまりの怖さに気を失うと言う……。本人の前では決して言わないが。
「死んでも恨まないで下さいね!」
リアナは【マグマ・ナックル】、【メテオ・ナックル】、【レオン・ナックル】の併用で渾身のサーブを放つ。サーブと共に溶岩で出来た獅子のオーラが隕石を伴って突っ込んでいく。
「……手助けする」
カタラも怒っているようでティアーノのβテスト時に考えた氷の自在に操るスキル『氷雪凍土』と同等のスキルで熱から炎、溶岩までをも自在に操るスキル『灼熱火山』で溶岩の塊を作り出し、リアナのサーブの軌道上に置いてそれを吸収したサーブが威力を増して、レシーブをしたマッチョの一人のHPを全て消し飛ばす。
「「「……」」」
マッチョ達は唖然として死に戻っていくマッチョを見る。……リアナがキレてしまったか。これは勝負あったな。
新たに二メートルを超える身長を誇るアカリが加わったことにより戦力を増した《ラグナスフィア》は、女性陣の憤怒もあって《マッスル帝国》に一ポイントも取れせずに三回戦進出を決めた。……この時俺は、メンバーがキレさせないと心に誓った。




